カテゴリー「芸術」の23件の記事

2009年9月20日 (日)

芸術の秋-今日は青蓮院(青不動)、院展、塑像展示会の3ヶ所訪問(09/9/20)

 芸術の秋が本格化している。

 これまでに、今年8月にはルーブル展(京都市美術館)を行った。その後、9月8日には「ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える」(京都国立近代美術館)でドローイングによるフィルム・インスタレーションに驚いたものである。

 そして、今日のシルバーウィーク中の日曜日であるが、京都岡崎のあたりを3ヶ所巡ってきた。

 最初は、青蓮院で青不動ご開帳があるので行ってきた。この青不動の青蓮院でのご開帳は創建以来初めてということだそうである(青蓮院以外での公開は、過去3回あるとか)。京都に住んで以来40数年、青蓮院の隣の道は通ったことがあるが、青蓮院に入ることなかった。今日が初めてで豪華なお寺(門跡)であった。そのなかで青不動ご開帳してあった。「青」ということであるが、「真っ青」ではなく、「青黒(しょうこく)」ということで納得した。炎を背にした青不動で大きな迫力ある画像であった。

 お不動さんの画像(絵)は、青蓮院の青不動・高野山の赤不動・三井寺の黄不動(曼殊院には国宝「模写黄不動」があります)があるそうであるが、昨年曼殊院の黄不動を見たので、これで2つ目で、あとは高野山の赤不動だけとなった(三井寺の黄不動は絶対秘仏のようなので拝観できない)。

 今年1-7月には、仏像彫刻で不動明王を彫っていた(今年6/17の記事を参照)。そのため細部は興味を持っていたので、それと比較しながら観察した。その迫力はなかなかのもので、他の一般の不動明王関係の仏画・仏像彫刻などと比較しても違いは大きい。曼殊院の黄不動には炎がなく、その点でも青蓮院で青不動の迫力は大きかったようである。

 青蓮院の次は、京都市美術館で今日から始まった院展に行ってきた。日本画である。別に日本画をやっているわけではないし、やろうとしているのでもない。仏像彫刻をやっていて、仏像などに色を塗れればあ、彩色が出来たらな、と思うようになってきた。そのため、この春から、練習で木彫りの台座の蓮の花を彩色することをやっていた。胡粉、岩絵具など日本画絵具を還暦を過ぎたこの年になって初めて使うことになった。何とか最後までやったが、塗りはこれでよいのだろうか、日本画絵具で描いたらこんなものかどうか疑問がわいてきた。ど素人の私は、日本画絵具で描いたあとの感じが水彩画絵具で描いたような風合いになるものと思っていた。しかし、私の描いた蓮の花の模様は、絵具が盛り上がったなんとも言いがたい、油絵風になってしまった。失敗したのかな、私の絵心の無さがまた出てしまったかなと思っていて、一度日本画の展示会に行かなければと思っていた矢先に院展があった。早々と前売り券を買って今日初日に行ったわけである。

 結果は、私の塗りで大丈夫であるということを自分で判断した。塗り方の拙さはあるが、私の蓮の花の彩色は日本画絵具の塗り方にはなっていることを改めて確認して安心した次第である。

 3ヶ所目は、私の通っている粘土教室の先生が大学の公開講座として塑像(頭像をつくる)の教室を年一度やっていて、その公開講座の参加者の「有志」(有志と描いてあったが、有志とは何かわからない)の作品展を見に行った。実はこの講座、私も昨年初めて参加したが、ある参加者(常連の人らしい)の私に対する暴言があり、そのことをアンケートにも書いたものである。したがって、今日も行きたくはなかったが、先生から案内状をもらっていたし、先日催促もされたので仕方なく行ってみた。

 感想は、モデル(若い男女)を使っているのであるが、全体の作品をずらっと見て、モデルさんはどういう顔をしているのかずらっと見たら想像できると思うでしょう。それが、全く想像できなかった。昨年も同じような感じ=皆さんちゃんとモデルを見て作品を作ったの?、という印象をど素人ながらもったものです。私がど素人なのでそう感じるだけかもしれない。とにかく、塑像の世界は「理解しにくい」。私の通っている粘土の教室と公開講座で先生は同じになるのであるが、粘土の教室はカルチャーセンターなもんで適当に遊ばせていてくれている。

 以上、我が家から自転車でいける範囲にある3ヶ所をめぐってきた。その中で一番感動したのは「青蓮院で青不動」ということになった。我が家においてみたくなったのは私だけでしょうか。

 なお、院展の京都市美術館ではルーブル展も同時開催中であり(もう最後日に近い)、ルーブル展は相変わらず70-80分待ち、お向かいの京都国立近代美術館ではウィリアム・ケントリッジのフィルム・インスタレーションの展示が相変わらずがらがらの状態のようで、そのなかを3ヶ所めぐってきました。

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2009年7月 8日 (水)

仏像彫刻のお勉強(番外1)-彫刻刀の柄の作製

 仏像彫刻の練習を始めて2年経った。まだまだ下手なものしか作れていない。しかし、その間に彫刻刀の種類・数も増えていってきた。大体彫刻刀を買えば刀に柄がついていて刀も研いであってすぐ使えるようになっている。しかし本来は、彫刻刀を買えば刀だけで柄もついていないし、研いでも無いらしい。

 彫刻刀は京都のあるお店(A店)でよく買うのであるが、今まで購入していたのは一般的な彫刻刀で柄つきのものばかりであった。ところが、今回必要になったのは、曲がり丸刀(中浅丸:サイズ4分)というものである。他のメーカーのものなどでは曲がり丸刀(浅丸)なども柄つきのものも売っているが、A店では柄つきのものは売ってないとか。曲がり丸刀(普通の丸刀、つまり、並丸刀)は柄付きのものがあるそうであるが中浅丸の曲がり丸刀の場合は柄つきがないとか。作業上普通の曲がり丸刀では役に立たないし、またどうしてもA店のものを使いたかったので、柄の部分の自作と刃の研ぎを覚悟して昨日購入してしまった。

 A店のおっちゃんによると柄の部分は適当は端材でよいとかということであったが、私の通っている教室では、仏像彫刻の木取りは先生がやるので手元には端材がない(端材は木取りするときに頻繁に出るようである)。家の中をひっくり返していたら、版画用の桂の板があったので、少々分厚かったが、それを柄に使うことにして、A店のおっちゃんに教えてもらったように昨日製作し、今日他の彫刻刀で柄の部分の形を整えていった。桂の板が分厚かったぶんだけ削るのが大変であったが、なんとか2時間で整えることが出来た。

 刃の部分はかなり研いであって最終的な研ぎをやればよいのかと思っていたら大違いで、厚みが1mm強ありそうで「延べ板」という感じである。それを研いで行って刃の形にして、切れるようにしなければダメのようで、研ぐのにどれくらいかかるかと心配したが、昼食挟んで1時間程度で研ぎ上げることが出来た。完成したものが下の写真である(手前のものが今回初めてつくもので、のみ巻きにおいているのはいままで使ってきたものである)。

Sr00111672_2  本来は、このあとで、柄の部分をカシューか漆で塗るのがよいのであろうが、それは気が向いたらやろうかな。

 この彫刻刀で試し彫りしたが、曲がり丸刀(中浅丸)を購入したのは全く正解で、目的に適っていた。ただ、切れ味はもう少し気に入らない。もうちょっと研ぎをきちんとする必要がありそうである。今後多いに役立ってくれる彫刻刀になりそうである。

 1年前だったら、自作・研ぎを嫌がって、柄付きの普通の曲がり丸刀を買っていたと思う。2年経ったのでなんとかここまで出来るようになった、という次第である。

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2009年6月17日 (水)

仏像彫刻のお勉強8-不動明王座像の練習

この2年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前

仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、
仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、
仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」、
仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習」、
仏像彫刻のお勉強7-阿弥陀如来立像の練習」、などで報告した。

 今回は、不動明王座像の練習がほぼ終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。

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 約5ヶ月かかって完 成したことになる。高さが4寸(約12cm)程度の像になっている。今回も時間はかかったが、焦らず、じっくりやったため、その分勉強が出来たかなと思っている。

 台座・光背はこれからである。いままでは仏像彫刻の練習をいろいろやってきたものの台座・光背については練習をやってこなかった。不動明王の台座・光背の練習が初めてとなる。前回の練習の阿弥陀如来立像については本体完成後、台座・光背なしで、その辺に老いていたら少々かわいそうな感じたしてきたので、不動明王の台座・光背のあとに練習する予定である。

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2008年12月24日 (水)

法隆寺訪問-金堂内部は照明がついて明るくなった

 今、法隆寺にある1つの仏像(A)の彫刻(模刻)やその他の美術品(B)の彫刻(模刻)に挑戦している。

 仏像Aについてはその参考・勉強のために昨年の9月頃、今年の10月に訪問したが、今年10月に訪問したときは目的の仏像が展示してなくて残念だった。

 今日は、主として美術品Bの勉強のため法隆寺を訪問した。目的の勉強はなんとか果たせたので一安心しているところである。

 10月に訪問したときに無かった仏像Aも今日は大宝蔵館に鎮座ましましていたにで、ついでにじっくり見て前回の訪問では出来なかったことがついでに出来た感じである。

 ところで、法隆寺の金堂がしばらくの間工事中であったが、今月の中旬から金堂が公開されるようになった。このことは新聞でも報道された。今日は金堂が目的でなかったので、見るつもりは無かったが、一番最後に念のため一目見ておこうと思って金堂にも行った。

 新聞報道で照明が付いて明るくなった、ということであったが、あまり期待していなかった。しかし、実際に金堂内に入ってみると、かなり明るく、仏像の詳細も判別できたし、今まではほとんど見るのが不可能であった周辺の壁画も見えるようになっていたのには驚いた。金堂内の周辺に配置されている四天王像もかなり存在感を増していた。これで、暗くて何も見えない金堂、懐中電灯の必要な金堂、という悪評もなくなると思う。

 天蓋の部分は私にとってはかなり興味ある部分であるが、明るさは以前よりは当然明るいが、天蓋部分のすぐ下のところを柱(どういう名前の柱か知らない。梁か)が横こぎっていて天蓋の詳細は全く見ることが出来なかった。これは残念なことであった。今後天蓋を拝観することはかなりしんどいことになりそうだ。

 金堂内で数人の人が撮影(動画)をやっていた。照明がついて明るくなったところでの撮影で、金堂の趣きもまた違ってくるのであろうと思う。

 10月の法隆寺訪問に比べ今回は実り多いものとなった。奈良地方朝方マイナス1℃ということであったが、昼間は10℃を越えて、防寒をしていったせいもあって寒くは感じなかった。

 今日は観光客はまばらであった。こういう観光客のほとんどいない落ち着いた法隆寺もよいものだった。

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2008年12月22日 (月)

仏像彫刻のお勉強-楠盤の購入&切断

  この一年間半近く仏像彫刻のお勉強をやって来た(聖観音菩薩仏頭救世観音地蔵菩薩立像釈迦如来坐像聖観音菩薩立像わらべ地蔵阿弥陀如来立像など練習)。

 今まではお勉強だったので材はマツで以上の仏像彫刻をやってきた。いつまでも同じような仏像彫刻をしても面白くなくなって来ているし、飛鳥・白鳳の彫刻もやってみたいなという思いが募ってきている。

 飛鳥・白鳳の木彫では楠材が良く用いられているということであるが、仏像彫刻の教室では楠材は扱っていないらしい(マツとヒノキのみとか)。そこで、自分で材木を購入しようと思ってみて周りの人に聞いてみたところ、材木屋さん・銘木屋さんで買っているとか。しかし、まだ、具体的に何を作るかは決めていないのでなかなか買いに行くこともなかったが、ネットで楠盤を売っていたので、何に使うともなく2週間前に1枚思い切って買ってしまった。

 宅配便で届いたものは長さ約1m、厚さ12cm程度、横幅60cmである。重たいものであろうということは覚悟していたが、思った以上に重たく、配達の人も一人では出来ないので手伝ってくれとのこと。こんなことを言われたのは始めてである。大きいし重たいので一時的にも置くところにも困って屋外の置いては雨にぬれるし家の中は適当な場所が無い。

 当面使う目的が無いし、このままでは死ぬまで玄関に置きっぱなしになる可能性もあったが、奥方様から(いつまでも)玄関においてよいとの許可が出たので、やっと玄関に入れることになった。

 しかし、なんとも邪魔なもので、何とかしなければと思案していたところ、木には赤身と白太という部分があるらしく、彫刻に使うのは赤身らしい。白太は不要と言う事になろうが、白太もなんとか利用している人も多いということも耳に入ってきた。

 そこで、とりあえず、『魚の三枚おろし』ではないが、楠盤を白太と赤身に3分割することにした。思い出してみると購入時に「製材しますか」と聞かれたが、そのときはどういう返事をして良いか分からなかったのでこちらで切ります、と言ってしまったのが悔やまれた。電動工具などは持っていないし、鋸で切れるものかどうか不安でトラウマになりそうであったが、周りの人の話を聞いて何とか鋸での切断に挑んでみようということになった。とくに、小柄で私より10歳近く年配のおばちゃんも、ひと抱えあるような丸太を鋸で切った、という話を聞いてなんとか心強くなった。

 そして、今日やっと白太と赤身の境界線の切断を実行した。狭い玄関での作業となった。下の写真は途中まで切ったところである。

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 約2時間かかってやっと切断できた。購入してからのトラウマ(心配)が一気に解決した感じである。しかし、まだ完了はしていない。3枚おろしの片側だけがやっと終わったところなのでもう一方を切り落とす必要がある。今年中には何とかしたいと思っている。

 製材(?)したあとの使い道は今のところまだ決めていないが、少し温めていた案があるので、そちらの方の仏像彫刻に使えたらな、と思っているところである。

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2008年12月16日 (火)

仏像彫刻のお勉強7-阿弥陀如来立像の練習

  この一年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前

仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、
仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、
仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」、
仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習」、などで報告した。

 今回は、阿弥陀尿来立像の練習がほぼ終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。台座・光背はこれからであるが、本体は細かいところの修正、白毫・肉髻珠の埋め込みを除いてはほぼ終了したと思っている(台座・光背については諸事情のため当分先のことになりそうである)。約6ヶ月かかって完成したことになる。高さが8寸(約24cm)程度の像になっている。

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 今年の春、聖観音菩薩立像を作ったとき、教室の先生から、「『ひとりで勝手に』 やってきたものに対してどうこういうわけにはいかない」、ということで添削してもらえなかった、という苦い経験をしたので、その後遺症で少々やる気をなくしたこともあり、また、今度はしょっちゅう先生の意見を求めにいったため、6ヶ月の時間がかかってしまった。時間はかかったが、焦らず、じっくりやったため、その分今まで以上の勉強が出来たかなと思う。

 この6ヶ月間の後半には、「60の手習い-クロッキー、デッサンの勉強」で描いたように、「初めてのクロッキー」とも格闘していたので、その成果を少しでも反映しようと思い、顔、手については今まで以上に力を入れて作ったので、今までよりかはましなものになってきたかなと自己満足している。

 今までは立像換算で6寸(18cm程度)の仏像の練習が多かったのであるが、今回は8寸(約24cm)のものを作らせてもらった。長さでは33%増でしかないが、容積では2倍以上のものを作ったことになり、そのため細かいつくりの制作が楽になったことも自己満足につながったかなと思っている。

 次の予定としては、不動明王座像(4寸。立像換算で8寸)に挑むことになる。また、次の次についても相談したが、仏像彫刻の教科書に載っていないある仏像を作ってよいか尋ねたところ快諾を得られたのでホッとするとともに、喜んでいる次第である。次の次の仏像については不動明王座像作成中に、資料集め、下絵の作成をしなければいけないことになり、その詳細については、不動明王座像が出来上がった頃に紹介できればと思っている。

 教室の他の先輩方も、いわゆる仏像らしい仏像を彫刻するのは少々飽きてきて、いろんなもの、例えば、幕末の志士の像、子供の像、など、いろんなものを作りたがっているようで、それはそれで良い方向だと思う。しかし、仏師である先生はそれを今は我慢しているかもしれないが、いつまでも我慢できるかどうか定かではない。

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2008年10月 8日 (水)

法隆寺再訪

 昨年の今頃、久しぶりに法隆寺を訪れた。昨年が人生で3回目だったかと思う。もともと金堂に置いてあった小さな仏像(「仏像H」と以下略)(昨年は大宝蔵院に置いてあった)の彫刻をするのに先立って下調べをするためであった。

 それから一年経ち、その仏像Hの彫刻もほぼ完成近くなってきて、最後に不明な点を確認する目的で法隆寺に行った。ある人から先日、その仏像Hが大宝蔵院に展示されていなかったといっていたので、電話で確認してみたところ「あります」との返事であったので安心していった。

R00110121 平日のため観光客は少ないだろうと思っていったが、思っていたよりも更に少なかった。しかし、特に小学生の修学旅行生と思しき団体で混雑していた(写真参考)。しかし、小学生は一箇所にじっとしていることが苦手なので、すぐ場所が開くので、拝観するのに邪魔にはならなかった。これが、年配の人だと動きも悪いし一箇所に踏ん張るので困ったものである。

 現在金堂は修理中で、金堂の中のかなりの仏像が上御堂や大宝蔵院(一般の公開及び「法隆寺秘宝展」)に展示してあり、明るい場所で拝観出来たのは幸せであったかもしれない。

 今回の再訪の第一の目的である仏像Hについては大宝蔵院にあるということであったが、昨年置いてあった場所に行ってみたが、似たようなものは置いてあったがそのものは置いてなかった。彫刻の最後を詰めをするための勉強が出来なくなってしまった。わざわざ法隆寺を再訪した理由がなくなってしまった。

 しかし、その横をふと見ると、鳳凰の像が置いてあるのにはびっくりした。いま制作中の仏像Hの次は鳳凰が候補に挙がっていたところであった。いずれは制作するのだろうと思って、じっくり見させてもらったのは思いがけなかったので有り難かった。

 最後に「法隆寺秘宝展」に行ってきて、今年6月の奈良国立博物館での「法隆寺展」を見逃したものなので、その際展示されていた、金堂の四天王像が展示してあった。奈良国立博物館とは違って全く人気(ひとけ)の無いところでの拝観となった(別料金が必要なので、修学旅行生は全く寄り付いていない場所である)。

 ただ、係りのおっさんが、客がほとんどいないせいか、沖縄歌謡(なきなぁ~さ~い~わらい~なぁ~さい~、・・・・・、の曲)を大きな声で口ずさんでいるのには、怒ってやろうかと思ったが、逆切れせれて殺されると困るので客のほうが我慢していたら、かなり経って、おっさんは我々の存在を察知したのか歌うのを止めた。この間、鼻歌ならまだしも、歌の練習のような感じの大声であった。法隆寺の関係者が、他人にはいろいろあれは禁止、これは禁止と制約を加えるのに、自らが、そういう、場にふさわしくない行動をとるとは法隆寺であるが、いずれ、その財産をつぶしてしまいかねない落ちぶれた寺になるのであろうかと心配し、びっくりしてしまった。こんな寺社はかつて見たことがなかった。修学旅行生だけが拝観するお寺でしかなくなるのかもしれない。

 奈良国立博物館の「法隆寺展」には行かなかったが、四天王像の写真が多いので法隆寺展の図録は欲しいと思い、古本屋で探していたが見つからなかった。お土産売り場に丁度その図録を売っていたので、喜んで購入した。いつか機会があればと彫刻したいと思っているのでその参考になるかもしれない。また、鳳凰の写真も幾つかあり今後の参考になる。

 このように、半ばがっかりしたが、半ば来た甲斐があったという感じの一日であった。目的の仏像Hが無かったので、今後、誰かに教えてもらって「善処」するしかなかろうと思う。いずれにしても趣味でやっていて、完成すれば「お蔵入り」になってしまうので好きなように制作すればよい。

追記:法隆寺のような展示物が多く、その移動の激しい寺では、現在の展示品のデータベース、一時移動しているときは現在の存在場所も記したデータベースを作るべきて、電話でいい加減な返事をしてもらいたくないものである。その展示場にいた係りのおっさんにも聞いてみたが、全く役立たずであった。法隆寺の誰が展示物の管理、統率をしているのか知りたいものである。拝観料をたんまり取るのであれば、そういうサービスをやるのが当然であり、法隆寺のHPの貧弱さも困ったものである。沖縄歌謡を歌っていたおっさんといい、信仰の聖地としては、あるまじきことがあるお寺のように感じ、これでは仏教自体が衰退しても致し方ないなとあきらめざるを得なかった。観光客に対しても先人の遺徳を引き継いだ対応をしていないなと感ずるしかなかった。

 

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2008年9月24日 (水)

仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習

 仏像彫刻の教室に通っているが、いろいろと先生の対応に疑問を持つことが多くなっており、あまり、やる気がしなくなってきて制作のペースも落ち、このところブログに載せることも無くなっている。

 NHKの趣味悠々で一年前に「仏のこころを彫る」(2007年9-10月)とう講座があり、そのなかに、わらべ地蔵の制作があった。このNHKの講座自体は見ていないのであるが(録画はしているが)、いずれ作ることもあろうかと思って素材だけは購入していた(素材の販売は短期間で終わるので、予定が無くても買っておかなければいけないこともある)。

 素材購入後もわらべ地蔵の制作には取りかかっていなかったのであるが、数ヶ月前から気の向いたときに少しずつ家で彫りだした。そして、今日ほぼ完成した。高さ10cm程の地蔵さんである。

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 NHK趣味悠々での写真と比べて少々趣きの異なったものになってしまった。「わらべ」地蔵であるが、結構大人びた地蔵さんになったものである。「合掌地蔵」と名前を変えたほうがよいかもしれない。

 仏像彫刻というような伝統工芸では形が決まっていて、その通りにしなければ、彼らに言う「造形美(=形式美)」にならないそうだ。その辺の理解が仏像教室の先生と違っているところで、どうしても自分の思い通りに彫ってしまう。そうすると、勝手にやりよって、と面と向かって言われる。それならそれで、伝統工芸のいう形式美の講義でもあったらよさそうなものであるが、その辺はほったらかして、教科書を見てやれ、というやり方。教科書の写真を見てやったつもりでも、伝統工芸のいう形式美と違う、おかしい、と言われる。それなら単に、先生自身の造形美に従え、というになろう。従うためには子供みたいにいちいちお伺いを立てなければならない。なんとも変わった教室である。

 今回のわらべ地蔵は、教室で作っているのではないので勝手にやれたのであるが、やはり、形としては変なところが多々ある。特に手が小さくなってしまった。また。顔つきもNHK趣味悠々での写真とは違っているが、それはNHK趣味悠々の先生の例題が好きではないことにもよる。

 思ったよりも結構時間がかかって終了したが、こういう小さいものでも大変なのだということを改めて認識した。大きいものの方が楽な面もあるような感じもあった。しかし、まだまだ技術的には未熟なので、伝統工芸の形式美をモットーとする教室ではあるが、もっともっと勉強が必要のようである。

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2008年9月 5日 (金)

石膏塑像(頭像)の着色

 以前、ある大学の公開講座へ行って塑像作り(石膏像)をしたことを報告した(「初めての塑像(頭部のみ)づくり」)。制作したものは実物大よりは少し大きい感じのサイズである。そのときは石膏像は着色していなかった。そのときの写真を参考のために再び掲載してみる。

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 その後、着色した方がよかろうと思いながらもどういう方法があるか素人なので分からず、教えてもらえる人もいないので困っていたが、「さびカラー」という商品があることを知り、それを用いて着色することにした。石膏像そのままであればよかったのであるが、ニスを塗ってしまっていたので、マニュアル通りやってもうまく行かず(マニュアルも理解できていなかった)、苦労したが、なんとか着色した。買い求めたものは、赤銅色で黒さび、と言うものであったが、出来上がった感じは、「真鍮色でこげ茶さび」という変な感じになってしまった。それでもとても石膏像とは思えないメタリックな感じは出ているのでとりあえずはこれでよしとすることにした。着色像は以下の写真である。

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 とりあえずはこれでよしとしたが、本当にこれでよかったのかどうか、微妙なところがあり、どうしようかと思っているところである。別の色に塗りなおそうかなどとも考えてみるのであるが、素人なので着色方法をほとんど知らず思考が止まったままである。

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2008年8月 9日 (土)

初めての塑像(頭部のみ)づくり

 あるところで塑像(頭部のみ)づくりの講座があったので初めて参加した。以前から一度は塑像(頭部)づくりをして見たいと思っていた。10週のコースで、この猛暑の中(とくに7月)冷房も無いところで制作していくのは大変であった。初めてなのでひと通りのステップがちゃんとできるかを目標にした。最終的には樹脂ではなく石膏で制作した(初めてなので石膏の清楚さを生かしたかったので)。その結果が下の写真である。

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 大きさは首のところから30cm弱なので、実物よりはごくわずか大き目か、と言うところである。どこかのサイト(HP)に「似ている、似ていないはこだわらないようにしよう。形が正確に表現されると自然と似てくるものです」、と書いてあったので、それを頼りに最後まで気楽にやった。また細部もこだわらないでやっていった。

 周りの経験者達と比べて良いかどうか分からないが(多分酷い出来でしょう)、経験者達の作ったものがモデルさんとあまり似ていないものになっているのは不思議だった(私のが似ているかどうかは別にして)。経験者達はほんとうにモデルさんを必要としたのだろうかと思った。モデルさんはなくても全く同じものがつくれたのではないかとも思った。また、わたしに美的センスがないからであろうかなととも思ったが、経験者達のようなものは今後も作りたくはないので、次回もし同じ講座が開かれれも参加するのは遠慮したくなっているところである(心境の変化があれば参加するかもしれないが)。

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2008年6月19日 (木)

仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習

  この一年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前「仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、「仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、「仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、「仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」などで報告した。

 今回は、聖観音菩薩立像の練習が 終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。約4ヶ月かかって完成したことになる。高さが約18cm程度の像になっている。上からの角度での写真なので少々身長が短く見えるようだ。

Sdsc_00291 Sdsc_00301 Sdsc_00331  

 約4ヶ月かかって完成したが、その間参考書を片手に教室の先生の指導を受けながらの実施したつもりである。しかし聖観音菩薩立像は私にとって結構複雑だったので必死にやっていたら先生に見てもらうチャンスをほとんど逃してしまった(それでも初期の段階で1-2回はみてもらっている)。最後に私としては更に改善するための添削してもらうつもりで先生に持っていったら、「完成したものを持ってきても指導することは出来ない。いままで『ひとりで勝手に』やってきたものに対してどうこういうわけにはいかない」、ということで添削してもらえなかった(教室代金はちゃんと払っているのだから言い方もあろうとは思うが)。会社勤めをしていたときでも上司をコントロールするのが下手なものだったのであるが、退職後もこのような事例で教室の先生の機嫌を損ねるとは思わなかった。

 以上のように、どこまで出来たのか先生に批評してもらうこともできなかったので残念だが、私としてはうまく出来た仏像と思うので写真つきで投稿したわけである。写真ではお見せしにくいのであるが、暗いところでこの仏像をこっそりと見ると、(上の写真のような明るいところでみるのと違って)、なかなか良い雰囲気が出るのが不思議である。そして、ほっとする。

 今後もあまり先生に相手にされそうにないが、相談の結果、次の練習としては阿弥陀如来立像を行なうことにした。

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2008年4月29日 (火)

京都・東寺の春の特別公開(2008)

 平成20年の春季京都非公開文化特別拝観(4/26~5/6)が行なわれているが、先日の東福寺(ブログ記事はこちら)、曼殊院(ブログ記事はこちら)に続き、今日は東寺に行ってきた。

 今回の非公開文化特別拝観は五重塔内部(初層のみ)の拝観(下の写真参考。写真はすべてクリックで拡大します)と言うことであったが、この内部は時々公開しているので、今回が「特別拝観」となっているのは違和感があった。

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 しかし、京都に住んで40年になるが東寺には宝物殿に一度行ったことがあるだけで、金堂、講堂、五重塔などの拝観はしたことがなく、「初めての拝観」ということで、特に、講堂の「立体曼荼羅」をメインのターゲットとして行ってみた。

 

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(↑金堂)

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(↑講堂)

 講堂の立体曼荼羅はやはりどの仏像にしても完成度が非常に高く、他の仏像にでは、私でも頑張れば真似が出来るかもしれない、と思うところあるが、講堂の仏像は、なかなかあそこまでは彫れない、とまいってしまうほどの完成度に驚いた。各種明王像、四天王像、梵天、帝釈天など国宝級のものは特にすばらしかった。特に、彫ってあるのかどうか分からない感じで彫ってあり、そして、その木彫の微妙な流れが見事にかつ自然に表現されているところにはただただ感心し唖然とするだけであった。40年も来ていなくてもっと早く来たらよかったのにという言い方が出来るかもしれないが、最近始めた仏像彫刻の練習があって始めて理解した面もあることは否定できないので、やはり、今の時期でよかったのかもしれない。

 金堂には、薬師如来、日光菩薩、月光菩薩が置いてあった。金堂の内部はさほど暗くなくて仏像の詳細まで観察することが出来た。日光菩薩、月光菩薩ともに、今やっている聖観音菩薩立像に似ていたので、今後の練習に直接役に立ちそうである。

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 最後に特別拝観の五重塔の内部の拝観をした。いつもはJRの線路から良く見渡せる塔であるが、敷地内からの姿(上の写真。クリックで拡大)はまた違った趣がある、現在の五重塔は江戸時代初期のもの(家光の寄進で建てられたもの)であり比較的新しいと言える。柱に描かれている金剛界曼荼羅諸尊などはかなり古びていて、高野山大塔の内部の絵(6年前に行ったときは製作中であった)の方が迫力があって、今回の方が見劣りした感じがあった。一般に古いものの方が強い印象を受ける場合が多いのであるが、高野山大塔だけは違って製作中のものでも迫力を感じたし、今回の五重塔の内部はそこまでいたっていない感じがした。もっと詳細にみれば違うのかもしれないが、私の拙いセンスではそう思ったものである(違っていたらまた要勉強)。

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 全部終わって東寺からでると、なぜか鳥が逃げもせず五重塔を背景にたたずんでいた。サギの仲間であろう。白いからシロサギか。しかし、シロサギという名前の鳥がいるのではないらしい。人なれした感じがしたものである(広角のカメラのGR Digitalで写したので遠くにいるように見えるが、実際は5mほどの近くにいた)。五重塔の特別拝観のことでも知っていたのだろうか。

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2008年4月28日 (月)

京都・曼殊院の春の特別公開(2008)

 平成20年の春季京都非公開文化特別拝観(4/26~5/6)が行なわれているが、先日の東福寺(ブログ記事はこちら)に続いて、今日は曼殊院に行ってきた。曼殊院は我が家の近くである。こちらに引越してきて3年になるが、その間、拝観で訪れたことは2回くらいでいずれも紅葉にシーズンである。そのときは人ごみも多くて、落ち着いて拝観するような雰囲気ではない。曼殊院の庭園の紅葉を愛でるだけで、その紅葉も年によってはいまいちで、もう今後はわざわざ拝観料を払ってまで見るようなものではないなと思っていた。

 しかし、曼殊院には重文の茶室「八窓軒」があり、珍しいものだということを聞いたことがあったので、もう一度は行って見ないとと思っていた。しかし、通常は、八窓軒は予約をして、しかも別料金を払って拝観すると言う仰々しいものであるので二の足を踏んでいた。 今回の特別拝観では、その八窓軒も公開してあるとのことで改めて訪れてみた。

 曼殊院へ行く坂道を上がっているときに、非公開文化特別拝観の看板があった。紅葉のシーズンは、この辺に来れば人と車でごったがやしているが、今日は閑散としたものであった(下の写真。写真はいずれもクリックで拡大)。

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 いつも紅葉が美しい南側の塀、勅使門の左側の塀のモミジは、下の写真のように青々としていて、すがすがしいものであった。

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 曼殊院の庭園はいつもはモミジの紅葉で綺麗であり、今回は春なので新緑以外は何にもないだろうと思っていたところ、下の写真(2枚)のように、ツツジの大木が綺麗な花をつけていた。樹齢350年の霧島ツツジとか。曼殊院は延暦年間(728~806)に比叡の地に創建されたそうで、その後場所を移動し、今の所に造営されたのが1656年であるとか。このツツジは創建当初から植わっている霧島モミジという計算になりそうである。

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 今回の公開は、国宝不動明王像(黄不動)、重文是害坊絵巻、重文古今和歌集(曼殊院本)、上ノ台所、重文茶室「八窓軒」、他であった(重文是害坊絵巻は見落としたかな)。

 国宝不動明王像(黄不動)、重文古今和歌集(曼殊院本)については珍しいものをと思ったが、いずれも複製品が常時おいてあるので、始めてみたような感じがしなかったのは残念である。しかし、紅葉シーズンの雑踏もなく、また、ボランティアの学生が詳しく説明してくれたので来た甲斐はあったのかなと思う。

 重文古今和歌集(曼殊院本)はいま作ったのかと間違うほど年代が感じられず綺麗で立派なのには驚いた。それに比べ複製品は古臭くてひどく、とても同じものとは思えなかった。本物と複製品とが逆ではないかと思ってしまいそうな感じであった。

 重文茶室「八窓軒」はなるほど面白いものであった。外の庭の光を取り入れているので会うが、庭の緑とか、取り入れていて、かなりの工夫がなされているようであった。時間単位で雰囲気が変わるそうで、別の時間にも来て見たいような感じであった。特に、朝と夕方とは逃したくない。

 「上ノ台所」もいつもは公開していないという学生ボランティアの説明であったが、以前にも見たことがあるので、変に思い、土産販売をしていたおばちゃんにきいたたところ、毎年紅葉のシーズンには期間限定で公開してあるとか。それで納得。

 もう一つ目に付いたのは、各部屋の片隅に生け花が置いてあることであった。紅葉のシーズンには気づかなかった。春で花が多いので生け花も生えるのであろうが、曼殊院には立花図が多く、約300点の図のうち108点が重文に指定されているとか。江戸初期の二世池坊専好のものもあるそうである。そういう関係で生け花が多かったのであろう。

 その他、各種仏像、曼荼羅図(金剛界、胎蔵界)、襖絵、書、絵巻、などなどたくさんのものがあったが書ききれない。これらのものは(庭の以外は)いつもの通り写真撮影できないので残念であったが、仏像については、仏像彫刻(木彫)をやっている私にとってはまたしても参考になった感じである。

 

 

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2008年4月26日 (土)

東福寺の春の特別拝観-法堂

 2008年の春季京都非公開文化財特別拝観が今日から始まった。今日は東福寺に行ってきた。

 京都の紅葉の名所である東福寺は、過去20年以上近くに住んでいて、紅葉で有名な通天橋は何度も行っていて、その他の場所に名ほとんどいったことがなかった。国宝の山門には一度行ったことがあるが、特に、本堂については中に入らせてもらったことがない。今年は、本堂の特別拝観をしているということなので行ってきた。案内では、 法堂(はっとう)の特別拝観となっていて最初、法堂とは「僧侶が仏教を講義する建物の事」ということなのでどういうところで勉強(?修行)しているのかという興味があったが、東福寺のHPの境内案内では法堂は出てこなかった。いろいろ調べて、東福寺の場合は、仏殿兼法堂で本堂と呼ばれることが分かり、あのいつもは入れれもらえないあの巨大な本堂の中を拝観することが分かった。

 もう一つの興味として、最近、仏像彫刻をやっていて、禅寺である東福寺の仏像(および肖像)について見てみることであった。

 東福寺はほとんど紅葉のときしか行っていなくて、今日のように新緑の季節は始めてであった。いつも紅葉を撮影するときのスポットである「臥雲橋からみた通天橋およびモミジ」のシーンが下の写真である(以下写真はすべてクリックで拡大)。今日はモミジが新緑でアオアオしている。2つめの写真は下を流れる小川付近の景色である。いずれもすがすがしい感じで、紅葉のときとは趣が違っている。また、境内も、紅葉シーズンのざわめきとは対照的に静かで落ち着いたものであった。

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 下が特別拝観の案内看板の写真である。向こうに見えるのが拝観する本堂(仏殿兼法堂)である。龍吟庵も公開してあったが行かなかった。

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 特別拝観だけあって、拝観料も特別の額になっている感じがしたが、次はいつのことかわからないので我慢して入っていった。予想通り、仏殿と法堂としての座敷があるだけで、がらんとしたたてもので、天井には堂本印象筆の龍図があった。禅寺であるせいか線香の臭いはなかった。

 本尊は釈迦如来立像で、その横に、迦葉尊者像、阿難尊者像があって、この3体が今年3月に重要文化財に指定されたばかりであるとか。そして、その前に四天王像があり、うち1体は運慶作らしく、他の3体は慶派の作、とボランティアの大学生は言っていた。予想通り、内部は暗くて、遠くにあり、いずれも詳細は分からなくて、仏像彫刻をやっているものとしては心残りであった。

 その他、建物のサイドには、いくつもの肖像彫刻があり、開山である聖一国師、達磨大師、臨済禅師、百丈禅師などがあった。これらは暗いながらも近くから拝観でき、彫刻としても参考になった。

 東福寺は大きなお寺であると思っていたが、「摂政九条道家が,奈良における最大の寺院である東大寺に比べようとして,また、奈良で最も盛大を極めた興福寺になぞらえようとの念願で,「東」と「福」の字を取り,京都最大の大伽藍を造営した」(東福寺のHPより引用、一部改変)とのことで、なるほどと思ったものである。有名なモジジの木については別の謂れがあるようであるが、今は省略する。たしか中国由来のモミジとか。

 東福寺というのはどこか外からばかり見ていて、中から見ることのしにくいお寺という感じがあったが、こういう特別拝観を経験してみると近く感じてくるものである。もっとも管長が日曜法話を毎月1回やっているのでそれに参加すると近しく感ずるのかもしれないが、日曜日の早朝でありちょっとしんどい面がありそうである。

 京都非公開文化財特別拝観にはいままでほとんどいったことがないが、今年はもう少し行ってみようと思っている(期間はゴールデンウィーク中のようである)。

 

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2008年3月20日 (木)

仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習

Dsc_00311  このところ仏像彫刻のお勉強をやっている。今までやってきたことを以前「仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、「仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、「仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、などで報告した。

 今回は、釈迦如来坐像の練習が 終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。高さが約12cm程度の坐像になっている。約2ヶ月かかって完成したことになる。坐像は始めての練習であったが、立像と違い、コロコロとして手から転げ落ちてしまうこともシバシバで立像とは違った扱いにくい面があったが、何とか終了した。

 作品全体に手垢が付いて少々汚れが目立つが、練習ということで気にしないことにした。頭髪の螺髪を彫っているときに手垢がかなり付いてしまった。本来ならば、螺髪は仏頭で練習しておかなければならなかったのであるが、そのステップを省略していきなり掘って四苦八苦したため汚れてしまった。

 次は聖観音立像の練習ということで早速制作を始めたところである。

 

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2008年1月30日 (水)

仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習

 このところ仏像彫刻のお勉強をやっている。今までやってきたことを以前「仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、「仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」などで報告した。

 今回は、地蔵菩薩立像の練習が今日一応 終了した(写真)。正月を挟んで2-3ヶ月かかったがやっと完了したという感じである。身長が6寸(約18cm)のお地蔵さんである。

 袈裟、衣などの襞が多くて大変だったが、何とか、少しずつやっていった。そのほか、顔とか、錫とか、手とか、大変なところが多くて出来るかなと思っていたが、何とか最後までいけた。

 完成すればうれしいもので、特に、先生から合格の言葉を聞いた後は、教室からの帰り道でなぜかうきうきしてしまう。いくら年取っても若いときと同じものなんだなと、喜んでよいのか人間がまだ出来ていないのかなと思ったほうが良いのか。

 次は釈迦如来坐像の練習となる。これは6寸の坐像で見た目はかなり小さい(高さ10cm強となる)。大きいのも大変だが、小さいのも細かくて大変です。

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2008年1月19日 (土)

千手観音の制作(粘土いじりの教室)

 以前(2006年)、「東福寺音舞台」と称したコンサートがあり、それがテレビ放映され、そこで踊っていた中国芸術団の「千手観音」に感激したものである。ブログには、東福寺音舞台-「千手観音」、と題して2006年10月3日に載せた。

 現在、粘土いじりの教室に通っているが、その題材として、この感動に基づいた千手観音を作ってみようと思い制作したものが写真の像である(写真はクリックで拡大)。

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 粘土いじりではまだうまく手が動かないのでかなり恥ずかしいのものになったが、恥をしのんでブログに載せました。釉薬は教室の先生につけていただきました。顔の部分は出来が悪いし、釉薬もついていません。いずれ、絵具(水彩?/アクリル?)で彩色しなければならないと思っているが、出来が悪いので50歩100歩かとも思う。写真を撮るときに忘れたのであるが、手には、華などをつける穴があり、その穴に造花を差し込めばかわいらしくなるのに、差し込むのを忘れました。

 再制作のチャンスがあればこの失敗(?)を元に作り直してみようかと思っている。顔の部分のほかに、腕の部分もいじってみたい。顔の部分の作り方がまだわかっていないようで集中的に練習が必要かもしれない。

 

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2007年12月13日 (木)

粘土作品展示会の受付担当が終了

 今週、粘土作品の展示会をやっている(「粘土作品の展示会出展」)が、その展示会の受付担当の日が昨日で、4時間受付を担当してきた。初めの時間調整では、一人で担当するようになっていたが、行ってみると、もうひとり応援に来てくれていて、また、教室の先生もおられて、助かった。来てくれた人は思ったよりは多かったし、先生を中心に話も弾んでいたようだった。

 受付担当は基本的にはお茶を出してとか記帳をお願いするとかが役割であろうが、今回の展示会は20名強の人の出展であるものの、お互いのメンバーのバックグラウンドもほとんど知らないままであったので、客のいない時間には先生からそういう面の話も聞くことが出来て参考になった。

 展示したギャラリーの近辺にはギャラリーが多く、ギャラリーめぐりをしていると思われる人もいたようである。そういうギャラリーめぐり、というものがあることを最近出版された岩波新書「写真を愉しむ」という本のなかで知ったばかりで、著者の写真評論家の人もやっている、ということだった。そういうギャラリーめぐりも、今後いろんな趣味をやるときに、刺激を受ける、情報を得るという意味でいいものだと思ったものである。

 いままでは展示会というものもあまり行ったことも無く、行ったとしても、客もほとんどいなくて、いたとしても静かに展示を見ているという感じであったが、今回先生と一緒にいてみなさん結構いろんな話をしているのが分かった。今後、ギャラリーめぐりのコースを考えても良いかなと思っているところである。

 「写真を愉しむ」の中に展示会の出展の仕方にいろんなやり方があることを書いていて、出来ればまず個展を2-3回やったほうが良いようなことを書いていた。写真の場合は作品が比較的多く作れるので(グループ展ではなく)個展も有り、かなとは思ったが、今回の体験からして、個展でも開こうものなら、最低でも6日間、ほとんどひとりで受付をやらなければいけないのかと思うと、大変なことであると実感したものである。まあともかく展示会のことを考えるよりも作品を楽しむほうが先決かな。

 

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2007年11月 7日 (水)

仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習

Sdsc_00221_2  このところ仏像彫刻のお勉強をやっている。今までやってきたことを以前「仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」で報告した。

 いままでは、全身像についてはやっていなかったが、このところ初めての全身像の練習として「救世観音菩薩」風の像の練習を行なっていて、昨日一応終了した(写真)。練習用に改変してあるので本物の救世観音とはかけ離れたものになっている。しかし初級者の練習としては、顔、足、手、など今までやっていたことの復習であったし、また、全身を彫りだすことも新たに加わった例題であった。あくまで練習なので出来の良し悪しは別である。

 次は地蔵菩薩像の練習となる。

 

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2007年10月22日 (月)

阿修羅像(頭部)の石膏像の作製

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 趣味として彫塑関係の教室に時々通っていて、この数ヶ月、興福寺の阿修羅像をもとに、頭部(のみ)の石膏像を作っていた。手順として、(1) 粘土で阿修羅像(頭部)を作製し、(2) 石膏で型取り(雌型)したあと、(3) 粘土部分をはずす。(4) この石膏の型に石膏を流して石膏像(雄型)を作製する、という順序でやってきた。途中、雌型を作った後の粘土部分を捨てないで素焼きにしたことをブログで報告した(「阿修羅像(頭部)の粘土像」)。

 その後、雌型に石膏を注入して雄型をつくっていたが、メス型と雄型の分離がうまく行かなくて、作品にいろんな種類の傷がついてしまった。また、もともとの粘土の残りも結構雄型についていて汚いものになった。本来は真っ白に近いものでなければおかしいのであるが大分汚れてしまった。

 雌型-雄型分離で悪戦苦闘した時に付いた傷などはあとで石膏で修正しサンドペーパーなどで磨いて何とか作品(?)に仕上げた。出来上がったものが写真である(クリックで拡大します)。首の部分はもともと作製してないが、写真で首の部分に見えるのは「台座」のつもりで後から付け加えたものである。

 6月くらいから月2回のペースで4ヶ月かかって作って来た。もともとすべてが下手であるうえに顔が3つあるのでなかなか大変であった。最後の段階では目、鼻、口などの部分の作製はうまくいかなくて、時間ばかり経って、もういいやと中途半端なところで終えてしまった(従って写真もディーテルがわかりにくいように上から写したものを使いました)。

 ど素人の変な阿修羅像頭部になった。大学の授業で採点されるとしたら不合格だったろう、と思うのであるが、初心者の(初級の)趣味の教室として個人的に楽しんでやっているのでこんなものでよいのではないでしょうか。

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2007年9月11日 (火)

涼しい日々-秋の始まりか

 昨日は一日中天気が悪かったが、最高気温、最低気温はかなり下がった。今日は天気は持ち直しさわやかな一日となった。京都の町中の気象台の最高気温は32.2℃であったが、同じ市内ではあるが我が家の最高気温は27.9℃で4.3℃も差が出てしまった。これだけの差が出るのは、2年間最高、最低気温を記録してきたが、初めてのことである。

 先週までは家庭菜園の秋作のことで頭が一杯で、少々早い目ではあるが、ホウレンソウ、チンゲンサイ、コマツナなどの種蒔をしてしまったが、こうして、涼しくなると、もう1週間待てばよかったと思う。しかし、気象庁の予報は当てにならないし、農作業には、気象庁という存在は邪魔でしかない。

 ということで、これからは、ホウレンソウ、チンゲンサイ、コマツナの生育を見守るのであるが、9月、10月といえば「芸術の秋」でもある。

 芸術とは縁のない者であるが、暇つぶしに、趣味として、芸術もどきのことに手を出している。バードカービングはこれまでもこのブログでも紹介したが、最近は仏像彫刻の教室に通いだした。10月からは半年間別の仏像彫刻の教室にも顔を出すので、頭がこんがらがりそうである。また9月の後半には、ピンホール写真の集中講習会に顔出す予定ある。その合間を見て「一人遊びのバードカービング」を行なうことになりそうである。職を持っていないのだから大丈夫であろうが、頭はだんだん廻らなくなっているので、てんてこ舞になりそうである。

2007年9月11日 (火)

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2006年11月 4日 (土)

街角のクリスト&ジャンヌ=クロードもどきの造形物

 先日、クリスト&ジャンヌ=クロードの講演会があったので行ってきた。

 クリストが瓶や椅子などの日常的なものを「梱包」することから芸術活動を始め、その後クリスト&ジャンヌ=クロードの名前で活動を展開し、美術館や海岸などを包み込んで行った。90年代に入ってはベルリンの国会議事堂を覆い隠した、ということである。

 クリスト&ジャンヌ=クロードの作品については以下のHPを見てもらうのが分かりやすいので以下のアドレスにアクセスしてみてください。

http://christojeanneclaude.net
http://christojeanneclaude.net/wr.html
http://christojeanneclaude.net/wfwt.html
http://christojeanneclaude.net/wk.html

(参考)クリスト&ジャンヌ=クロード DVD-BOX

 私自身はクリスト&ジャンヌ=クロードの作品についてはほとんど知らなくて、ベルリンの国会議事堂の梱包についてその当時TVニュースでも大きく取り上げられていたのをぼんやりと思えている程度である。ベルリンの国会議事堂の梱包の時から、こういうものがアートとしてどう理解したらよいかわからないところがある。講演会を聞いてみても理解できたとは言い難い。大変な、費用のかかる事業であることは理解できるが。

 今日も街角を歩いていてふと見上げるとクリスト&ジャンヌ=クロードの作品に似たような造形物のぶち当たる。マンションの改装工事、新築住宅の建設工事中の造形物である。しかもクリスト&ジャンヌ=クロードと同じように一時的な(期間限定)の造形物である。こういうものとクリスト&ジャンヌ=クロードの「梱包」とはどこが違うのであろうか、と一瞬思う。街角の造形物はアートではないかも知れない。しかし、その違いはどこにあると説明したらよいのであろうか。片方が美しくて、片方は全く美的ではない、ということであろうか。それとも、片方には、作者の美的センス(あるいは感性)が入っていて、片方にはそんなものは片鱗も入っていない、ということであろうか。

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2006年10月28日 (土)

「錦市場で若冲を捜そう」に行ってみました

 今、京都国立近代美術館では「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」やっている。伊藤若冲の生まれたのが今の京都錦市場通りにあった青物問屋であることから、「錦市場で若冲を捜そう」という催し物(10/20-28)が開かれているという新聞記事があったので、河原町に出たついでに、錦市場まで足を伸ばしてみた。若手アーチスト、京都工芸繊維大学の学生らが、絵画、Tシャツ、オブジェなどを約40店舗に並べているという事であった。5店舗のスタンプを集めるスタンプラリーもあるということであった。

 あの狭い錦市場、所狭しとものを並べている各店舗で展示会的な催し物が行なわれる、しかも約40店舗で、ということはどんな感じのものであろうかという好奇心が先立っていたことは確かである。

 実際行ってみたがいつもの錦市場と同じ趣であった。最近は、店舗が昔と違って、観光客向けになっていて、外国人の観光客とおぼしき人も以前と比べずっと増えているのに改めてびっくりした。そして、市民の我々(私と家内)もお店の人からは観光客呼ばわりされる。錦市場は「市民の市場」ではなくなったのかと思い残念に思ってしまう。

 さて、芸術作品はどこにあるのだろうか。「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」のポスターが貼ってあるお店を見つけ、お店の前できょろきょろしてみる。お店に人は、最初お店の客と思っているような顔をしているが、商品には興味を示さないでそのうち通り過ぎていくのをみてやっと察して「これが作品ですよ」といってくれた。もっと早く言ってくれれば良いのにと思っても、お店は商売が主なので仕方ない。言われた所を見ると、何やら「芸術品」がおいてある。ああ、これかぁ、と思うがじっくり鑑賞するのもお店の邪魔かなと思ってそそくさと立ち去ってしまう。鑑賞しにくい場所においてあるのはなぜなのであろうか。致し方ないとは思いつつも、実行委員会は何をしているのかなと思ってしまう。

 ほかの店ではどういう展示かな、と「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」のポスターを頼りに作品展示店を突き止め、作品を探す。お店の前でどれが作品か、あれかこれかと迷ってしまう。お店の前で邪魔しているようで、気が引ける。またしても、そのまま、お店を立ち去ってしまう。

 こういうことを約5つくらいのお店で繰りかえし、若冲が生まれたと思しき場所まで行き着かないうちに「もうやめ」と宣言し終了してしまった。結局、「芸術作品」は何があったのだろうか、ほとんど記憶には残っていない。また、スタンプラリーにしても、そのお店で、「何か」を買わなかればスタンプを押してもらえないらしい。「何か」というのは、「芸術作品」なのか、お店の「商品」なのか、いまだに分からない。

 不思議な催し物であった。後味が悪いので、懐かしい筆柿を見つけたのでそれを買って帰った。もともと渋柿ではない柿であったが、少し渋が入っている柿であった。柿までが渋っているような最後まですっきり行かない催し物であった。全くわけの分からないひと時であった。

   

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