カテゴリー「芸術」の25件の記事

2011年3月19日 (土)

クレー展に行ってみた

 東日本大震災が発生して8日経った。健康上の理由から1日おきに血圧を測っているが、発生直後から最高血圧が(正常値内ではあるが)いつもより高くなっていた(最低血圧は不変)。それが、だんだんもとに戻ってきた。こういうニュース、テレビ番組だけで健康に影響を及ぼすとは恐ろしいものである。

 テレビの番組も今日辺りから正常番組に戻ったようで、震災のニュースを聞きたいと思ってもすぐには見れなくなった。そのかわりあいかわらず AG(公共広告機構)の宣伝の大合唱でこれでまた血圧が上がるかもしれない。

 今日は久しぶりに暖かい日で、気分転換も込めて、いま京都で開催中に「クレー展」に行ってきた。定年後のこの年になるまでパウル・クレーという画家のことは全く知らなかった。初めての鑑賞である。ただし芸術のことはよくわからないので、「マン・レイ展」に行ったとき同様、詳細は省略する。

 ただ見ていて、この絵を名もない人が描いた場合売れるのだろうか、と心配したが、案の定、クレーの絵もなかなか売れなかったそうである。会場で購入した「パウル・クレー 絵画のたくらみ」に37歳頃になってやっと売れ始める、と書いてあった。そんなモノでしょう。

 また、この人は美術の教育を受けているのかなと思ったら、やっぱり、美術学校を退学している。私も、ある大学のカルチャー教室を途中やめしたことをいつぞやブログに描いたが、クレーの気持ちもわかる気がする。そのせいか、失礼ながら、クレーの絵の雰囲気の絵なら私でも下手くそにでも挑戦して見れそうな気がして、今日はいいものを鑑賞できたとすがすがしい気分になった。それだけ親しみを感じさせる絵だったということだろう。だけど、そんな絵が描けたとしても誰にも褒めて貰えそうにない事だけは覚悟する必要がありそうである。

 最近出版された「シュルレアリスム―終わりなき革命 (中公新書) 」、「芸術新潮〜シュルレアリスムそうだったのか宣言〜」を読んだばかりである。シュルレアリスムの絵画は結構馴染みにくい面があるような印象をもっていた。クレーの絵もシュルレアリスムの範疇に入ると聞いて、ほんとうかと思ったが、そうらしい。クレーの絵ならシュルレアリスムも馴染み易くなりそうである。「マン・レイ展」、「クレー展」とこのところ行っている有名展覧会はどちらもシュルレアリスム、というのは単なる偶然だろうか。

 先日、変な絵を描いてブログに載せたが、このようなものでも次々描いていけば良いのだという変な安心感を持たせてくれた「クレー展」でした。

| | コメント (0)

2010年10月20日 (水)

絵画教室の展示会めぐり

 昨日、市内中心部にあるいくつかのギャラリーの展示会をいくつか巡ってきた。

 そもそも退職後の趣味として彫刻的なこと(木彫、粘土塑像、仏像彫刻)をやっているが、外がも出来れば良いかもしれないと思い、デッサン等にも顔を出したが、どこかの芸術系大学の公開講座で馬鹿にされてあえなく撃沈した(以前報告済み)。

 どこかよさそうな教室はないかと思いいくつかの展示会をめぐることにし、昨日6つカルチャー(絵画)教室の展示会に行ってきた。どれも頑張って描いておられる様子はわかったが、途中から変なことに気が付いてきた。それぞれの教室で、どの絵も描き方が同じであることである。人は本来個性が強いものであるから、それぞれに自己主張的なものがあってもよさそうなものである。しかし、どの絵も「似ている」のである。例えば水彩画でもいろんな描き方ができると思うが、ある教室ではどの絵も同じような構造(?)で、同じような絵の具の使い方をしていて、コピーした作品がいくつも並んでいるのでないかと錯覚するような印象を持った。改めて、他の教室もそういう目で見ると確かにどれも「似ていた」。そして、「私はこれをこう描きたかったのだ」というのが見て取れないのが残念であった。教室にはいろんなレベルのスキルの人がいるとは思うが、技量の差を感じさせることもないのはどうしてなのか、不思議で仕方なかった。多分、先生と称する人が「介入」しすぎなのであろう、と想像した。どこかの公開講座で馬鹿にされた私がそんなことを言うのはおこがましいかもしれないのであるが下手でも釈然としないのであった。

 その帰り際に、どこかの大学(偏差値の高い大学)の同好会の新人展をやっていたので、立ち寄ってきた。その大学には美術系の学科はないので、みなさん全くの趣味でやっているはずである(卒業後も「絵」の方向に進み人はいないとか)。彼らの絵を見てホッとした。今までのもやもやが晴れてきた。彼らの絵はみんなそれぞれ画風(?)が違うし、それぞれの絵で何を書きたかったのか読み取れそうな絵ばかりであった。どこかの教室の「総コピー展示会」とはまるきり違うものであった。技量そのものは芸術系大学の学生とは違うと思うがそういうものを感じさせないものになっていた。偏差値の高い大学だけに「絵画は頭で描くもの」なのかなと思った。どこかの芸術系大学の公開講座で私を馬鹿した先生は某有名芸術系大学出身のものであるが、明らかに人間的には劣った人と思わざるをえない(教える資格なし)し、そういう人に人をひきつける絵がかけるわけがない、と思わざるをえなかった。

 結局、昨日の展示会巡りでは、私のふさわしい教室は無かった、ということになろう。そういう「カルチャー教室」に参加した場合、私は揉め事を起こしそうである。残念なことである。趣味として彫刻的なこと(木彫、粘土塑像、など)をやっているが、それらもカルチャー教室かそれに近い感じの教室でやっている。しかし、そこでの作品はみんなばらばらで個性があるのである。絵画と彫刻ではなぜそんなに違うのか不思議で仕方ない。

 

| | コメント (0)

2009年12月 2日 (水)

仏像彫刻のお勉強9-山田寺仏頭の練習

 仏像彫刻を主にカルチャー教室でやっているが、それ以外にも興味あるものを家で彫っている。最初として以前「わらべ地蔵」を作った。

 今回は「山田寺仏頭(興福寺)」を作ってみた。

 カルチャー教室で仏像彫刻を始めた2年前頃仏頭の練習もしたが、そのときは6cm程度のもの(立像で1尺に相当する頭の部分)を作った(「仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」など)。その当時はテキスト(「仏像彫刻のすすめ」)とにらめっこで、プラモデル的に彫っていた。全体をちゃんと見ながら彫るということをやっていなかった。その後、幾つか立像、座像を作ったが、段々、必ずしもテキスト通りに彫らなくても良いことがわかってきた。

 そこで、今の時期に、改めて仏頭の練習をすることにした。しかし、以前よりは大き目のもので練習することにした。以前から山田寺仏頭に興味があったので、13cm程度のもの(立像で2尺に相当する頭の部分)を作ることにした。最初の頃の練習の2倍のものであるが、立方体では8倍になる。

Dsc_0569edit11Dsc_0571edit11Dsc_0573edit11

 なんとか本物の雰囲気が出るように、と思って彫ってきたが、どうでしょうか。

|

2009年9月20日 (日)

芸術の秋-今日は青蓮院(青不動)、院展、塑像展示会の3ヶ所訪問(09/9/20)

 芸術の秋が本格化している。

 これまでに、今年8月にはルーブル展(京都市美術館)を行った。その後、9月8日には「ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える」(京都国立近代美術館)でドローイングによるフィルム・インスタレーションに驚いたものである。

 そして、今日のシルバーウィーク中の日曜日であるが、京都岡崎のあたりを3ヶ所巡ってきた。

 最初は、青蓮院で青不動ご開帳があるので行ってきた。この青不動の青蓮院でのご開帳は創建以来初めてということだそうである(青蓮院以外での公開は、過去3回あるとか)。京都に住んで以来40数年、青蓮院の隣の道は通ったことがあるが、青蓮院に入ることなかった。今日が初めてで豪華なお寺(門跡)であった。そのなかで青不動ご開帳してあった。「青」ということであるが、「真っ青」ではなく、「青黒(しょうこく)」ということで納得した。炎を背にした青不動で大きな迫力ある画像であった。

 お不動さんの画像(絵)は、青蓮院の青不動・高野山の赤不動・三井寺の黄不動(曼殊院には国宝「模写黄不動」があります)があるそうであるが、昨年曼殊院の黄不動を見たので、これで2つ目で、あとは高野山の赤不動だけとなった(三井寺の黄不動は絶対秘仏のようなので拝観できない)。

 今年1-7月には、仏像彫刻で不動明王を彫っていた(今年6/17の記事を参照)。そのため細部は興味を持っていたので、それと比較しながら観察した。その迫力はなかなかのもので、他の一般の不動明王関係の仏画・仏像彫刻などと比較しても違いは大きい。曼殊院の黄不動には炎がなく、その点でも青蓮院で青不動の迫力は大きかったようである。

 青蓮院の次は、京都市美術館で今日から始まった院展に行ってきた。日本画である。別に日本画をやっているわけではないし、やろうとしているのでもない。仏像彫刻をやっていて、仏像などに色を塗れればあ、彩色が出来たらな、と思うようになってきた。そのため、この春から、練習で木彫りの台座の蓮の花を彩色することをやっていた。胡粉、岩絵具など日本画絵具を還暦を過ぎたこの年になって初めて使うことになった。何とか最後までやったが、塗りはこれでよいのだろうか、日本画絵具で描いたらこんなものかどうか疑問がわいてきた。ど素人の私は、日本画絵具で描いたあとの感じが水彩画絵具で描いたような風合いになるものと思っていた。しかし、私の描いた蓮の花の模様は、絵具が盛り上がったなんとも言いがたい、油絵風になってしまった。失敗したのかな、私の絵心の無さがまた出てしまったかなと思っていて、一度日本画の展示会に行かなければと思っていた矢先に院展があった。早々と前売り券を買って今日初日に行ったわけである。

 結果は、私の塗りで大丈夫であるということを自分で判断した。塗り方の拙さはあるが、私の蓮の花の彩色は日本画絵具の塗り方にはなっていることを改めて確認して安心した次第である。

 3ヶ所目は、私の通っている粘土教室の先生が大学の公開講座として塑像(頭像をつくる)の教室を年一度やっていて、その公開講座の参加者の「有志」(有志と描いてあったが、有志とは何かわからない)の作品展を見に行った。実はこの講座、私も昨年初めて参加したが、ある参加者(常連の人らしい)の私に対する暴言があり、そのことをアンケートにも書いたものである。したがって、今日も行きたくはなかったが、先生から案内状をもらっていたし、先日催促もされたので仕方なく行ってみた。

 感想は、モデル(若い男女)を使っているのであるが、全体の作品をずらっと見て、モデルさんはどういう顔をしているのかずらっと見たら想像できると思うでしょう。それが、全く想像できなかった。昨年も同じような感じ=皆さんちゃんとモデルを見て作品を作ったの?、という印象をど素人ながらもったものです。私がど素人なのでそう感じるだけかもしれない。とにかく、塑像の世界は「理解しにくい」。私の通っている粘土の教室と公開講座で先生は同じになるのであるが、粘土の教室はカルチャーセンターなもんで適当に遊ばせていてくれている。

 以上、我が家から自転車でいける範囲にある3ヶ所をめぐってきた。その中で一番感動したのは「青蓮院で青不動」ということになった。我が家においてみたくなったのは私だけでしょうか。

 なお、院展の京都市美術館ではルーブル展も同時開催中であり(もう最後日に近い)、ルーブル展は相変わらず70-80分待ち、お向かいの京都国立近代美術館ではウィリアム・ケントリッジのフィルム・インスタレーションの展示が相変わらずがらがらの状態のようで、そのなかを3ヶ所めぐってきました。

| | コメント (0)

2009年6月17日 (水)

仏像彫刻のお勉強8-不動明王座像の練習

この2年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前

仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、
仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、
仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」、
仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習」、
仏像彫刻のお勉強7-阿弥陀如来立像の練習」、などで報告した。

 今回は、不動明王座像の練習がほぼ終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。

Sdsc_03551

Sdsc_03571

Sdsc_03611

 約5ヶ月かかって完 成したことになる。高さが4寸(約12cm)程度の像になっている。今回も時間はかかったが、焦らず、じっくりやったため、その分勉強が出来たかなと思っている。

 台座・光背はこれからである。いままでは仏像彫刻の練習をいろいろやってきたものの台座・光背については練習をやってこなかった。不動明王の台座・光背の練習が初めてとなる。前回の練習の阿弥陀如来立像については本体完成後、台座・光背なしで、その辺に老いていたら少々かわいそうな感じたしてきたので、不動明王の台座・光背のあとに練習する予定である。

| | コメント (0)

2008年12月24日 (水)

法隆寺訪問-金堂内部は照明がついて明るくなった

 今、法隆寺にある1つの仏像(A)の彫刻(模刻)やその他の美術品(B)の彫刻(模刻)に挑戦している。

 仏像Aについてはその参考・勉強のために昨年の9月頃、今年の10月に訪問したが、今年10月に訪問したときは目的の仏像が展示してなくて残念だった。

 今日は、主として美術品Bの勉強のため法隆寺を訪問した。目的の勉強はなんとか果たせたので一安心しているところである。

 10月に訪問したときに無かった仏像Aも今日は大宝蔵館に鎮座ましましていたにで、ついでにじっくり見て前回の訪問では出来なかったことがついでに出来た感じである。

 ところで、法隆寺の金堂がしばらくの間工事中であったが、今月の中旬から金堂が公開されるようになった。このことは新聞でも報道された。今日は金堂が目的でなかったので、見るつもりは無かったが、一番最後に念のため一目見ておこうと思って金堂にも行った。

 新聞報道で照明が付いて明るくなった、ということであったが、あまり期待していなかった。しかし、実際に金堂内に入ってみると、かなり明るく、仏像の詳細も判別できたし、今まではほとんど見るのが不可能であった周辺の壁画も見えるようになっていたのには驚いた。金堂内の周辺に配置されている四天王像もかなり存在感を増していた。これで、暗くて何も見えない金堂、懐中電灯の必要な金堂、という悪評もなくなると思う。

 天蓋の部分は私にとってはかなり興味ある部分であるが、明るさは以前よりは当然明るいが、天蓋部分のすぐ下のところを柱(どういう名前の柱か知らない。梁か)が横こぎっていて天蓋の詳細は全く見ることが出来なかった。これは残念なことであった。今後天蓋を拝観することはかなりしんどいことになりそうだ。

 金堂内で数人の人が撮影(動画)をやっていた。照明がついて明るくなったところでの撮影で、金堂の趣きもまた違ってくるのであろうと思う。

 10月の法隆寺訪問に比べ今回は実り多いものとなった。奈良地方朝方マイナス1℃ということであったが、昼間は10℃を越えて、防寒をしていったせいもあって寒くは感じなかった。

 今日は観光客はまばらであった。こういう観光客のほとんどいない落ち着いた法隆寺もよいものだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月22日 (月)

仏像彫刻のお勉強-楠盤の購入&切断

  この一年間半近く仏像彫刻のお勉強をやって来た(聖観音菩薩仏頭救世観音地蔵菩薩立像釈迦如来坐像聖観音菩薩立像わらべ地蔵阿弥陀如来立像など練習)。

 今まではお勉強だったので材はマツで以上の仏像彫刻をやってきた。いつまでも同じような仏像彫刻をしても面白くなくなって来ているし、飛鳥・白鳳の彫刻もやってみたいなという思いが募ってきている。

 飛鳥・白鳳の木彫では楠材が良く用いられているということであるが、仏像彫刻の教室では楠材は扱っていないらしい(マツとヒノキのみとか)。そこで、自分で材木を購入しようと思ってみて周りの人に聞いてみたところ、材木屋さん・銘木屋さんで買っているとか。しかし、まだ、具体的に何を作るかは決めていないのでなかなか買いに行くこともなかったが、ネットで楠盤を売っていたので、何に使うともなく2週間前に1枚思い切って買ってしまった。

 宅配便で届いたものは長さ約1m、厚さ12cm程度、横幅60cmである。重たいものであろうということは覚悟していたが、思った以上に重たく、配達の人も一人では出来ないので手伝ってくれとのこと。こんなことを言われたのは始めてである。大きいし重たいので一時的にも置くところにも困って屋外の置いては雨にぬれるし家の中は適当な場所が無い。

 当面使う目的が無いし、このままでは死ぬまで玄関に置きっぱなしになる可能性もあったが、奥方様から(いつまでも)玄関においてよいとの許可が出たので、やっと玄関に入れることになった。

 しかし、なんとも邪魔なもので、何とかしなければと思案していたところ、木には赤身と白太という部分があるらしく、彫刻に使うのは赤身らしい。白太は不要と言う事になろうが、白太もなんとか利用している人も多いということも耳に入ってきた。

 そこで、とりあえず、『魚の三枚おろし』ではないが、楠盤を白太と赤身に3分割することにした。思い出してみると購入時に「製材しますか」と聞かれたが、そのときはどういう返事をして良いか分からなかったのでこちらで切ります、と言ってしまったのが悔やまれた。電動工具などは持っていないし、鋸で切れるものかどうか不安でトラウマになりそうであったが、周りの人の話を聞いて何とか鋸での切断に挑んでみようということになった。とくに、小柄で私より10歳近く年配のおばちゃんも、ひと抱えあるような丸太を鋸で切った、という話を聞いてなんとか心強くなった。

 そして、今日やっと白太と赤身の境界線の切断を実行した。狭い玄関での作業となった。下の写真は途中まで切ったところである。

Ssr001105511

 約2時間かかってやっと切断できた。購入してからのトラウマ(心配)が一気に解決した感じである。しかし、まだ完了はしていない。3枚おろしの片側だけがやっと終わったところなのでもう一方を切り落とす必要がある。今年中には何とかしたいと思っている。

 製材(?)したあとの使い道は今のところまだ決めていないが、少し温めていた案があるので、そちらの方の仏像彫刻に使えたらな、と思っているところである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月16日 (火)

仏像彫刻のお勉強7-阿弥陀如来立像の練習

  この一年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前

仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、
仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、
仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」、
仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習」、などで報告した。

 今回は、阿弥陀尿来立像の練習がほぼ終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。台座・光背はこれからであるが、本体は細かいところの修正、白毫・肉髻珠の埋め込みを除いてはほぼ終了したと思っている(台座・光背については諸事情のため当分先のことになりそうである)。約6ヶ月かかって完成したことになる。高さが8寸(約24cm)程度の像になっている。

Sdsc_00491_2

Sdsc_00481

 今年の春、聖観音菩薩立像を作ったとき、教室の先生から、「『ひとりで勝手に』 やってきたものに対してどうこういうわけにはいかない」、ということで添削してもらえなかった、という苦い経験をしたので、その後遺症で少々やる気をなくしたこともあり、また、今度はしょっちゅう先生の意見を求めにいったため、6ヶ月の時間がかかってしまった。時間はかかったが、焦らず、じっくりやったため、その分今まで以上の勉強が出来たかなと思う。

 この6ヶ月間の後半には、「60の手習い-クロッキー、デッサンの勉強」で描いたように、「初めてのクロッキー」とも格闘していたので、その成果を少しでも反映しようと思い、顔、手については今まで以上に力を入れて作ったので、今までよりかはましなものになってきたかなと自己満足している。

 今までは立像換算で6寸(18cm程度)の仏像の練習が多かったのであるが、今回は8寸(約24cm)のものを作らせてもらった。長さでは33%増でしかないが、容積では2倍以上のものを作ったことになり、そのため細かいつくりの制作が楽になったことも自己満足につながったかなと思っている。

 次の予定としては、不動明王座像(4寸。立像換算で8寸)に挑むことになる。また、次の次についても相談したが、仏像彫刻の教科書に載っていないある仏像を作ってよいか尋ねたところ快諾を得られたのでホッとするとともに、喜んでいる次第である。次の次の仏像については不動明王座像作成中に、資料集め、下絵の作成をしなければいけないことになり、その詳細については、不動明王座像が出来上がった頃に紹介できればと思っている。

 教室の他の先輩方も、いわゆる仏像らしい仏像を彫刻するのは少々飽きてきて、いろんなもの、例えば、幕末の志士の像、子供の像、など、いろんなものを作りたがっているようで、それはそれで良い方向だと思う。しかし、仏師である先生はそれを今は我慢しているかもしれないが、いつまでも我慢できるかどうか定かではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

法隆寺再訪

 昨年の今頃、久しぶりに法隆寺を訪れた。昨年が人生で3回目だったかと思う。もともと金堂に置いてあった小さな仏像(「仏像H」と以下略)(昨年は大宝蔵院に置いてあった)の彫刻をするのに先立って下調べをするためであった。

 それから一年経ち、その仏像Hの彫刻もほぼ完成近くなってきて、最後に不明な点を確認する目的で法隆寺に行った。ある人から先日、その仏像Hが大宝蔵院に展示されていなかったといっていたので、電話で確認してみたところ「あります」との返事であったので安心していった。

R00110121 平日のため観光客は少ないだろうと思っていったが、思っていたよりも更に少なかった。しかし、特に小学生の修学旅行生と思しき団体で混雑していた(写真参考)。しかし、小学生は一箇所にじっとしていることが苦手なので、すぐ場所が開くので、拝観するのに邪魔にはならなかった。これが、年配の人だと動きも悪いし一箇所に踏ん張るので困ったものである。

 現在金堂は修理中で、金堂の中のかなりの仏像が上御堂や大宝蔵院(一般の公開及び「法隆寺秘宝展」)に展示してあり、明るい場所で拝観出来たのは幸せであったかもしれない。

 今回の再訪の第一の目的である仏像Hについては大宝蔵院にあるということであったが、昨年置いてあった場所に行ってみたが、似たようなものは置いてあったがそのものは置いてなかった。彫刻の最後を詰めをするための勉強が出来なくなってしまった。わざわざ法隆寺を再訪した理由がなくなってしまった。

 しかし、その横をふと見ると、鳳凰の像が置いてあるのにはびっくりした。いま制作中の仏像Hの次は鳳凰が候補に挙がっていたところであった。いずれは制作するのだろうと思って、じっくり見させてもらったのは思いがけなかったので有り難かった。

 最後に「法隆寺秘宝展」に行ってきて、今年6月の奈良国立博物館での「法隆寺展」を見逃したものなので、その際展示されていた、金堂の四天王像が展示してあった。奈良国立博物館とは違って全く人気(ひとけ)の無いところでの拝観となった(別料金が必要なので、修学旅行生は全く寄り付いていない場所である)。

 ただ、係りのおっさんが、客がほとんどいないせいか、沖縄歌謡(なきなぁ~さ~い~わらい~なぁ~さい~、・・・・・、の曲)を大きな声で口ずさんでいるのには、怒ってやろうかと思ったが、逆切れせれて殺されると困るので客のほうが我慢していたら、かなり経って、おっさんは我々の存在を察知したのか歌うのを止めた。この間、鼻歌ならまだしも、歌の練習のような感じの大声であった。法隆寺の関係者が、他人にはいろいろあれは禁止、これは禁止と制約を加えるのに、自らが、そういう、場にふさわしくない行動をとるとは法隆寺であるが、いずれ、その財産をつぶしてしまいかねない落ちぶれた寺になるのであろうかと心配し、びっくりしてしまった。こんな寺社はかつて見たことがなかった。修学旅行生だけが拝観するお寺でしかなくなるのかもしれない。

 奈良国立博物館の「法隆寺展」には行かなかったが、四天王像の写真が多いので法隆寺展の図録は欲しいと思い、古本屋で探していたが見つからなかった。お土産売り場に丁度その図録を売っていたので、喜んで購入した。いつか機会があればと彫刻したいと思っているのでその参考になるかもしれない。また、鳳凰の写真も幾つかあり今後の参考になる。

 このように、半ばがっかりしたが、半ば来た甲斐があったという感じの一日であった。目的の仏像Hが無かったので、今後、誰かに教えてもらって「善処」するしかなかろうと思う。いずれにしても趣味でやっていて、完成すれば「お蔵入り」になってしまうので好きなように制作すればよい。

追記:法隆寺のような展示物が多く、その移動の激しい寺では、現在の展示品のデータベース、一時移動しているときは現在の存在場所も記したデータベースを作るべきて、電話でいい加減な返事をしてもらいたくないものである。その展示場にいた係りのおっさんにも聞いてみたが、全く役立たずであった。法隆寺の誰が展示物の管理、統率をしているのか知りたいものである。拝観料をたんまり取るのであれば、そういうサービスをやるのが当然であり、法隆寺のHPの貧弱さも困ったものである。沖縄歌謡を歌っていたおっさんといい、信仰の聖地としては、あるまじきことがあるお寺のように感じ、これでは仏教自体が衰退しても致し方ないなとあきらめざるを得なかった。観光客に対しても先人の遺徳を引き継いだ対応をしていないなと感ずるしかなかった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月24日 (水)

仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習

 仏像彫刻の教室に通っているが、いろいろと先生の対応に疑問を持つことが多くなっており、あまり、やる気がしなくなってきて制作のペースも落ち、このところブログに載せることも無くなっている。

 NHKの趣味悠々で一年前に「仏のこころを彫る」(2007年9-10月)とう講座があり、そのなかに、わらべ地蔵の制作があった。このNHKの講座自体は見ていないのであるが(録画はしているが)、いずれ作ることもあろうかと思って素材だけは購入していた(素材の販売は短期間で終わるので、予定が無くても買っておかなければいけないこともある)。

 素材購入後もわらべ地蔵の制作には取りかかっていなかったのであるが、数ヶ月前から気の向いたときに少しずつ家で彫りだした。そして、今日ほぼ完成した。高さ10cm程の地蔵さんである。

Dsc_00291

 NHK趣味悠々での写真と比べて少々趣きの異なったものになってしまった。「わらべ」地蔵であるが、結構大人びた地蔵さんになったものである。「合掌地蔵」と名前を変えたほうがよいかもしれない。

 仏像彫刻というような伝統工芸では形が決まっていて、その通りにしなければ、彼らに言う「造形美(=形式美)」にならないそうだ。その辺の理解が仏像教室の先生と違っているところで、どうしても自分の思い通りに彫ってしまう。そうすると、勝手にやりよって、と面と向かって言われる。それならそれで、伝統工芸のいう形式美の講義でもあったらよさそうなものであるが、その辺はほったらかして、教科書を見てやれ、というやり方。教科書の写真を見てやったつもりでも、伝統工芸のいう形式美と違う、おかしい、と言われる。それなら単に、先生自身の造形美に従え、というになろう。従うためには子供みたいにいちいちお伺いを立てなければならない。なんとも変わった教室である。

 今回のわらべ地蔵は、教室で作っているのではないので勝手にやれたのであるが、やはり、形としては変なところが多々ある。特に手が小さくなってしまった。また。顔つきもNHK趣味悠々での写真とは違っているが、それはNHK趣味悠々の先生の例題が好きではないことにもよる。

 思ったよりも結構時間がかかって終了したが、こういう小さいものでも大変なのだということを改めて認識した。大きいものの方が楽な面もあるような感じもあった。しかし、まだまだ技術的には未熟なので、伝統工芸の形式美をモットーとする教室ではあるが、もっともっと勉強が必要のようである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)