カテゴリー「エッセイ」の26件の記事

2008年10月 6日 (月)

還暦前の今の読書志向

 会社を早期退職で辞めて3年ぐらい経つ。その間、職につくこともなく、、毎日サンデーの日々を送ってきた。

 会社を辞めてすぐのときは、結構、新書本などの軽い本(新書本が全部軽いというわけではないが、読むのが遅い私でも1-3日で読み終わってしまう)をたくさん読んでいたようである(もともと小説はあまり読まない)が、最近では読む本の性質が変わってきたようである。

 その間に、団塊の世代に好まれるようにと「カラマーゾフの兄弟」が新訳されたが、団塊の世代ではなく、若い人(特に女性か?)に人気が出たようである。団塊世代の私は、20代の時に読んだカラマーゾフの兄弟を改めて読む気にならなかった。「魔の山」については以前読んだことがなかったので2年前に読んだことがある。しかし、それ以降は、小説の大作は読んでいない。

 そのように、ボツボツ、また、手当たり次第に、乱読しながら、時間つぶし的かなと思っていた。そういうときに、ある人が良寛さんについて書いた本の中に、若い時期、曹洞宗系のお寺で修行した良寛さんが、年取ってから、正法眼蔵の95巻本が江戸末期(後期)に初めて出たので、人から借りてむさぼり読んだ、ということが書いてあった。道元以来500年間埋もれていた部分があるということらしい。それをよんで、私も正法眼蔵に挑戦しようと思い立ったが、そもそも正法眼蔵を理解する素養が無いので現代語訳の全集を読んだ。それが、この春先である。

 しかし、全く理解出来てていなかったので、何を読んだか、後味が悪く、改めて別の全集(ちくま文庫)を今年の4-6月の間に苦しみながら読んだ。結果は、理解で来ているような出来ていないような、という感じ。もともと只管打座を主旨とする教えなので、書物では理解できないのであろうが、それにしても、厳しい状況であった。しかし、今までの長い人生で、こうした書物に親しむ時間もなかったことを思えば、貴重な時間を過ごすことが出来たもんだと思っている。

 その後は正法眼蔵で「古文」に我ながら親しんだせいか、カラマーゾフの兄弟ではなく、日本の昔話の方に興味が行き、今では、「今昔物語」を原文で(岩波文庫)で(注釈つきで)読んでいる。昔から今昔物語は受験勉強(「古文」)で出てきたりはしたが、内容については理解しているとはいいがたかった。こうして改めて読んでみると、文章にリズムを感ずるとともに、昔の人の生き方、生活、世の中の風潮などがいろいろ読み取れて面白いものである。ついついのめりこんでしまった。芥川龍之介を初め、多くの、小説家が、今昔物語を元に多数の小説を書いたのもうなずけるものと理解できる。

 今は、まだ、今昔物語を読んでいるところであるが、次は「平家物語」に挑戦する予定である。

 

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2007年8月29日 (水)

メジロ、スズメなどの飛来・乱舞-我が家の庭

 多くはないがわずかばかりの庭木が我が家の周りにある。長く暑かった天気が続いた後、このところ涼しくなってきた。とはいっても天気は悪く雨も多いのであるが。

 涼しくなってきたせいか、この2-3日、メジロ、スズメの大群(←かなり大げさ)が我が家の庭に飛来するようになった。たまにヒヨドリらしい姿も目撃できる。昨日も今日も昼ごはんが終わって一服しているときに御訪問である。スズメは警戒心が強いが、メジロは警戒がなさそうで、こちらが近くで観察していてもチュンチュンと言って遊んでいる。

 モクレン、カリン、ムクゲ、クチナシ、卯の花の庭木の辺りで遊んだ後、メジロの大群は、近くのモミジ、竹のあたりに移っていった。メジロは遊び放題である。小枝から小枝へ飛び移っていって、世界陸上(今大阪で開催中)でいえばさぞかし走り幅跳びにでもなるのかな。小枝がたわって楽しそうである。そこにスズメの大群が来たが、さすがスズメは重い。我々から見ると小さいスズメであるが、メジロのほうが小ぶりだ。スズメが14cm程度で、メジロが12cm程度とか、それ以上の違いを感じる体の動きだ。

 そのうち、メジロは小枝にぶら下がってはひっくり返ったりして、更に遊びの度合いが増していった。単に遊んでいるのか、餌を探しているのか定かではない。しかし、どう見ても食事時間とは感じなかった。

 この前2-3ヶ月間バードカービングでカワセミ、キセキレイ、ゴジュウカラ、スズメなどを作ってきた(参考記事「バードカービング5作目-ゴジュウカラの作製」)。しかし、どれもほとんど正座(??)した姿のものを作っていた(ゴジュウカラのみは少しだけ例外)。羽根を広げている姿とか飛んでいる姿とか、餌をとっている姿とかは作っていなかった。正座姿の鳥を作ってきてどこか面白くない感じもしていた。実際、ゴジュウカラ以降は製作ストップの状態である。かといって抽象的な鳥を作るのも変だ。そういうときにメジロのダンス・遊び姿を見た。バードカービングはこういうものを作らないといけないな、と感じた。しかし、メジロは良いが、スズメは飛んできても相変わらす正座姿で枝に留まり、正座姿で飛び立つ。それはそれで仕方ないが、メジロ以外に「芸」をやってくれると鳥はいるのかなと考えたとき、(無知なのであまり知らないが)残念ながらあまりいないのではと思ってしまう。

 しかし、こういう、メジロの飛来で、楽しい思いをしたのは確かである。メジロ、といえば年寄りには「霞網」を思い出す。どうして霞網を使うのかなと思っていたが、メジロは動作がかわいいから愛好者が多かったのであろう(今では、霞網禁止。捕るのも禁止らしい)。

 我が家に引越して2年少し。今までは、スズメはきても、メジロがこのように楽しんでいる姿は見たことがなかった。そういえば、今年は、庭木の葉っぱも一段と繁っていて、またなぜか、庭木にせよ、家庭菜園にせよ、また家自体に、「蜘蛛の巣」がとにかく多いのである。その蜘蛛の巣を追い払っても次の日にはしっかりと巣が張っている。ゴーヤの植わっているところにも蜘蛛の巣があって、収穫時には毎日蜘蛛の巣に捕らわれながら収穫したものである。蜘蛛の巣が多いということは虫も多いのであろう。そして、鳥もそれを狙ってきたのではないかなということも考えられる。

 2年前に引越してくる前はここまでは期待しなかった。期待以上である。そして、こういうかわいい鳥の姿を見たので、バードウォッチングでも始めようかなという気もふと出てくる。バードカービングの題材になればと思って。そういえばカルチャーセンターでもバードウォッチングの講座があるのでまた考えてみよう。

 

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2007年8月13日 (月)

疑問のある日本的スポーツマンシップ

 私はスポーツ音痴で、スポーツは出来ないし、スポーツのことは極く素人でしかない。

 このところ、高校野球の時期であるが、ほとんど見ない。しかし、ときどき、ニュース、ダイジェストなどで内容を知ることになる。そして、勝利チームの誰かの発言がテレビに載る。勝ったのは「全員野球の結果です」と。一方で敗戦チームの誰かの発言がある。「負けたのは私のせいです」。

 いや待てよ。勝ったほうも全員野球で勝ったのではなく誰かがすばらしい活躍をしたのは隠せない面もあるのではなかろうか。

 負けた方も、発言した人自身の問題(エラーその他)もあろうが、負けたからには、ほかの人も活躍が足らなかったのであろうよ。だから負けたのであろうよ。それを「負けたのは私のせいです」というのはいかがなものか。

 こういう歪んだ精神に子供のときから追いやっていく日本的スポーツマンシップは、もう1年すこしで還暦の私にとっては、若いときから理解に苦しんでいる。

 そういう日本的スポーツマンシップが理解できずに苦労して、病人扱いにされている若者がもう一人いる。あの横綱だ。日本人の私でも日本的スポーツマンシップは分からないのに、(もし横綱に正義感があるとすれば)彼にもわからないだろう。横綱の仮病的な行動はちゃんと説明する必要があろうが、彼にとって日本的スポーツマンシップが理解できるものではない、というのは理解できる(彼がそういったわけではなく、そういっているだろうとの推測)。そして、彼もそれとの葛藤を繰り返してきたのかもしれない(彼が、しゃべらないので正確なところはわからないが)。

 こういう日本的スポーツマンシップは、相撲、高校野球、などだけの現象であろうか。そうではないとおもう。日本の「会社」もその会社ごとのわけの分からない「×××スポーツマンシップ的」なものを設けていて、ちょうど、今回の相撲協会の理事長が「社長などの偉いさん」、親方が「役員、執行役員」に相当し、どこの会社でも似たようなことが行なわれているのではなかろうか。理事長は、人事、制裁についてやるだけやって知らん顔。説明責任その他は親方に任せる。出来のわるい親方が説明できず問題視される。そして、横綱は、自分は何の弁明をする機会を与えられず、制裁(会社では「人事異動」)を受ける。

 あの横綱みたいなものがでてくれば、その行動・発言が、理事長、親方の意に添わなければ「排除される」という姿が日本の社会では一般的ではなかろうか。たとえ、理事長、親方ば全く間違っていたとしても。今回の場合、強い横綱だから排除が困難なだけではなかろうか。たとえ、相撲協会が近代化したとしても、日本の社会が変だから、どういうことに横綱がなったとしても、また、繰り返し起こるような、「日本的マインド」ではなかろうか。

 鈴木大拙は「日本的霊性」という言葉を使って、日本の独特の精神構造を表現したということであるが、もし鈴木大拙が今生きていれば、こういう、日本的スポーツマンシップをどう表現するのであろうか。私の予想では、「日本的霊性」ということばと日本的スポーツマンシップとは別物、として逃げのではないかと思う。それほどまでに、いまだに日本的スポーツマンシップはいびつなもののままであるような気がする。日本中、会社から、政府から、学校から、すべてが狂っていて、それに横綱がひとりで立ち向かっているような気がする(考えてやっているのか、そうでないのか、彼がしゃべらないのでわからない)。こういう状況では鬱にならない方が正常ではない。そういう正常ではない世の中に日本はますます陥っている。そして、「美しい国へ」のごとく間違ったことを言って民意を無視する為政者がいるというのも、今回の横綱問題とどこが違うのか。変な精神構造の人を為政者(会社で言うと社長、相撲で言えば理事長)にしたものだと嘆かわしくなる。


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2006年12月31日 (日)

プレゼント応募に当る楽しみ

今年最後の書き込みです。 「プレゼント応募に当る楽しみ」というタイトルの新規文章を、私のHPサイトの「とんぼナックのエッセイ」に載せました。よろしかったら見てください(→ここをクリック)。以下、同じものを記載する。

 一年半ぐらい前に定年まで数年を残して早期退職し、今は"毎日がサンデー"の日々を送っている。時間があるせいか、気が向いたときなど、いろんなプレゼントの応募、懸賞の応募を行うことがある。定期購読の雑誌や折り込み新聞などを初め、ネット、メールマガジンなどいろんなものがある。

 どうせ当たりはしない、と当たらないことを当然のこととして、だめもとで応募することもたびたびある。したがって、いつが応募締切日で、いつが抽選日かは覚えていない。また、そういう気楽な応募のため、応募数も多くはない。手元には官製はがきも10枚も置いていない(民営化で「官」ではなくなり、「官製はがき」という単語も死語になるであろう)。

 この一年半の間、このように、どれに何を応募した記憶も定かでない状態であり、時々、宅急便屋さん、郵便屋さんが当選のプレゼントを配達してくれたときに応募していたことに改めて気づくという有様である。そういうことは小物のものも含めば何回かはある。退職するまでは仕事に没頭していたためか、こういう経験はしたことがなかった。在職中の数年前思い立って、一時期、朝日新聞のクイズの応募、文芸春秋のクロスワード・パズルなどの応募をそこそこやってみたが、梨の礫で、知らないうちに応募もしなくなっていた。しかし、この一年半は、なぜか、また当たった、また当たったということが続いた。1000円以上すると思われるものとしては、トロピカルフルーツ(マンゴー)、すき焼き用の和牛500g、子供用の実験キット(結構高そうなものである)、園芸用品(植物活力液)、お寺の拝観券(ペア)、などが当たっている。

 プレゼントの応募については、昔、応募魔の主婦があるテレビ番組に出ているのを見たことがあった。正確には覚えていないが、当たる秘訣を披露していたようである。その人のやり方は、応募はがきに、いろんなメッセージ、添え書きを書くのだったように覚えている。抽選する人にアピールするような文章を考えて、また、色もいくつか使ってかわいらしく「作品」を作るのだそうである。そうすると、部屋一杯に賞品で埋められていったということだった。私にはその方法はできない、気の利いたことはかけないと諦め、それができないためにプレゼント応募が当たらないのだとずっと思っていた。

 ところが、このところ当たっている。なにも気の利いたことを書いているわけではない。色をいくつか使って応募葉書を書いているのでもない。なぜか知らないが、当たっているのである。応募している数は前より多いかもしれないが、当選率から言えば今の方がはるかに高い、というか、以前は当たったという記憶がない。このところ応募のときに気をつけていることを強いてあげると、一応、競争率というものを推測することはしているようである。応募母集団の大きそうなものは応募をためらうことが多くなっている。逆に競争率が低そうなものは積極的に応募しているのかもしれない。しかし、競争率は初めからわかっているのではなく、また後になって分かるわけでもない。あくまで推測であって、競争率が高そうでもよく当たったな、とあとで思うこともある。

 最近はネットでの応募も多くなってきた。ネットでの応募は比較的簡単である。応募しやすい。とくに朝日新聞購読者はアスパラというサイトが利用できてプレゼントも多い。しかし、ネットでの応募は簡単にできるというのはみんなも同じ気持ちのようで、結果的に応募母集団の大きくなって行っているのではと思う。従って当然当たったという記憶がない。

 このように、忘れた頃、たとえ100円、200円程度のものであっても、ちょっとしたプレゼントがもらえるのは楽しいものである。こういう欲のない応募というのが一番良いのかもしれない。

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2006年3月16日 (木)

広がってきた趣味-堆肥作り、家庭菜園、料理-今年の抱負

 昨年新居に引越ししてから始めたいくつかの趣味(実益を兼ねたもの)の中に、家庭菜園と料理がある。そして、先日から、家で堆肥作りまで始めてしまった。

 こうした趣味はどうやらひとつの流れになりそうだ。自家製の堆肥で野菜を育てて、それを用いて料理をつくる、という流れである。うまく行けば、知り合いをご招待、ということにでもなったら、私の想定外の話になってしまう。そういう夢物語が現実化するとしても数年後にはなろうが、若干ではあるが、現実味を帯びてきた。

 まずは、それぞれのステップでの今の抱負を以下に書いてみる。

 家庭菜園については、昨年9月ごろ、秋作として、4つくらいの野菜をトライしてみた。このブログにも以前書き込みをしたことがある。結果として、土作りが不十分だったので、生育がいまいちであった。その反省から、昨年11-12月にかけて、それまでの宅地(家が建っていたところ)の土地を40cm程度掘り起こして堆肥も十分にやっておいた。かなり砂地だったので畑としてどう変貌してくれるかが、今年の春作のポイントになっている。今年は、畑も広げ昨年の倍近くの畑面積になっている。そのため、作付けの種類も増やしてみようと思っている。すでにジャガイモは植えたので、来週がタネマキの本番である。忙しくなりそうだ。

 堆肥作りについては、生ゴミ発酵促進剤なるものを利用し、家庭生ゴミを利用して、堆肥を作ろうというものである。初めてのことなのでやってみるしかない。畑があるといってもそんな広さがあるわけでなく、購入した堆肥で十分安いのであるが、畑以外にも、樹木が結構植わっていて、そのための自家製の堆肥としても使う予定である。

 そして、先月から始めた料理教室である。今までは、夫婦とも仕事があり、料理教室に通うほどの(心身の)余裕がなかったので、定年近くなるまで我流の料理であった。その点は、家内にも感謝しているわけであるが、料理教室で勉強してきた料理はやはり美味しいのである。目に見えないコツ、簡単かもしれないが大切なコツを教えてもらえている。食材として、我が家で作った野菜を用いた料理がいつできるか、がひとつの楽しみである。

 料理教室といえば、「パン」の教室があるようである。我が家は、長々と、電気パン焼き機で焼いた食パンを長い間食べてきている。昨年新居に引越ししてから口にあったパン屋を探しているのであるが、近くにはなさそうである。ということで、食パン以外のパンも家庭でつくろうかと思っているところで、そのうち月一回のパン教室もにも通いだそうかと思っているところである。

 あとは、食材として魚となろうが、これについては近くの魚屋さんが料理屋さんにも販売しているところがあり、そこで買えば美味しいものが手に入る。実際に近くの住人で、1回で1万円以上もする魚を購入している人、サラリーマンがいるらしい。家庭で調理して、みんなに振舞っているとかという噂である。将来的には、そういうようなものもできればよいかもしれない。そのためにはまだまだ料理教室をがんばって、「男の料理教室」を少しでも極める必要があろうか。現在通っている料理教室は「基礎科」であり、あと1ヶ月程度で終了するので、その後は、「男の料理教室」へ進むべきかどうか迷っているところである。

 以上の様にして、全くの初心者から少しずつ幅が広がってきている。今年一年がまた勝負になるのかも知れない。こうして、堆肥作り、野菜作り、料理作り、パン作り、となればもうひとつ足りないものとして「芸術」である。自分で作った陶器で料理を楽しむ、ともなれば、蜀山人の世界か、北大路魯山人の世界か。また、先日のテレビで、宮本亜門がそんな生活をしているようなことが紹介されていた。私自身は当面デザインの方の勉強をしようとしているので、デザインを愛でながら、料理を食する、というような形になるのであろうか。会社生活をしているときには想像すらしなかった生活が段々出来上がってきているような感じになってきた。

 家庭菜園やガーデニングにしても、野菜作り以外に、もうひとつアイデア、花園作り、がある。このアイデアは後日またブログで紹介できたらと思う。

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2006年3月15日 (水)

ピラカンサにヒヨドリの来訪

 昨年新居に引越しして、新居の敷地内にいろんな草木、樹木があることをあらためて認識した。そして、その名前の同定を昨年夏、秋に行なっていたことは以前このブログにも記載した。そのなかで、なかなか名前が判明しなかったのはピラカンサである。昨秋のいつか園芸店でみていたら、家の庭に植わっているのに近いものを見つけた。近いといってもどこか違う雰囲気であった。しかし、とりあえず園芸店でその名前を控えておいた。「ときわさんざし(ピラカンサ)」であった。しかし、じっくりと見ていてやはり別物と思って、ときわさんざし(ピラカンサ)を手がかりにインターネットで探していたところ、家の庭のものとそっくりのものがでてきた。同じ「ピラカンサ」であった。一瞬ときわさんざしとは違うのにと思ったが、インターネットで書いてあるピラカンサは、「たちばなもどき」と書いてあった。たちばなもどきの方のピラカンサであった。ときわさんざしとたちばなもどきはどちらもピラカンサではあるがどこか違うと思ったものの致し方ない。

 家のピラカンサはもともと実は黄色だったが(従って「橘もどき」とつけられたのだろうか)、次第に赤色を増していった。冬は、樹木にも花も実もつかないので、このピラカンサのみが赤色濃く、周囲に存在感を増していた。結構長々と存在を主張していた。この実も温かくなったら実を落としていくのだろう。いつごろどういう風に実を落としていくのだろうか、と思っていた。

 今年は冬は寒く、鳥の声も久しく途絶えていた。今年は2月からぽかぽかと暖かい日があって、次第に少しずつ鳥の声も聞けるようになって来た。我が家にも鳥がやってきているようで、春も近いものと思っていた。

 ある日、家内が声を上げて、鳥がピラカンサを食べている、と。私も外をみると楽しそうに食べている。どこまで食べるか食べさせてやればと思った。ナンテンの実がやはり鳥の害にあうので近所でも実にネットをして防止しているところも多い。しかし、近くにはピラカンサは見かけないので一般に対策をしているのかどうか。バラ科なので対策するには難しい木であるのは確かである。

 その後も何回もそのトリがピラカンサを食べにきている。トリの名前の同定をしなければと思い、簡単な図鑑を購入して調べたら「ヒヨドリ」であった。鵯越という言葉は知っていたので珍しい鳥が来ているものだと思ったが、インターネットで調べると一般的な普通のトリとのことでがっかりした。このトリがヒヨドリだと同定する前に、家の近くの林の方から「カッコウ、カッコウ」と鳴いている声を聞いたような気がしていた。カッコウもいるものだと思っていたので素人の私にはいろいろと期待が膨らんでいた。ピラカンサを啄ばむトリも珍しいものかなと期待していた分だけ少々がっかりであった。

 とにかく、写真は撮っているのでのせたいと思う。少々ピンボケっぽいが。

 たちばなもどきの実はほとんどヒヨドリに食い尽くされたようである。

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2006年3月 8日 (水)

花粉症の最悪月間が始まった

 思考停止の1ヶ月が始まってしまった。

 花粉症の症状が出るのは大体2月20日前後であるが、それがかなり強烈になり始めるのは毎年3月8日である。これは長年の経験で、日付まで頭の中にインプットされてしまっている。今日が3月8日である。これが1ヶ月間続くのである。 

 以前のブログにも書いたように、効く薬がないため、苦痛の1ヶ月となるのであるが、思考停止にもなる1ヶ月間である。もともと思考がないのであろうが、さらに酷くなるのである。対症療法的に飲んでいる薬のせいである。

 今年は昨年の何分の一かの飛散量ですみ、楽な年という予想であるが、今日の症状を見る限り決して楽な年にはなりそうにはない。昨年を上回っている感じである。昨年5月に今の新居に引越ししてきたので理由はないが期待を込めて今年は症状が緩和されるということを期待したがどうやらそうは行かないようである。

 花粉の飛散量といえば、一週間前に、「飛散花粉量実測値公表の要望」としてブログに書いた。京都関係では、そのときは、ウェザーテックの京都右京区葛野研究室のサイトがあって、それが役立つということを書いた。その後、環境庁が環境省花粉観測システム「はなこさん」というサイトを設けているのを思い出してそのページの使い方などを勉強していた。その中で、「京都府立医科大学」という観察地点のデータがかなり綿密な、タイムリーなデータを出してくれることが分かった。指定局の時系列表(当日) 、指定局の時系列グラフ(過去7日間) など役立つ情報が整備された形で提供されていた。「花粉予報」的な、あまり意味のない情報よりは、よっぽと役に立つ情報が得られるものである。ひとつ気になることがある。測定地点での測定方法、データの表示方法を理解していないせいか京都右京区葛野研究室のデータと京都府立医科大学のデータでデータが一致していないのである。観測地点が違うからといっても、数十倍も数値が違っていればどう理解してよいかまごつく。しかし、私の症状は京都府立医科大学のデータの方に合っていそうだから、そちらを優先的に見ている。

 ともかく、データの公表の要望は一歩前進した形で解決したようである。しかし問題はこの花粉症にどう対処していくかである。毎年のことながら大変である。お医者さんと相談して処方してもらった薬だけでは楽になっていないのが現実である。昨晩は空気洗浄機を運転したが、寒いだけでいまいち効果がなかったような気がする。五里霧中という感じである。明日は料理教室である。講習中に鼻をかんでばかりでは困るのでどうしようかな。明日の講習中には症状が悪化していないことを祈るばかりである。

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2006年3月 2日 (木)

飛散花粉量実測値公表の要望

 先日、私の花粉症について書いた。今年の花粉の量はどの程度か、ということについては、平年より少ない、という予報のみでていて、実際どの程度花粉が飛散しているかよく分からない。

 毎日の予報は、「猛烈に多い,  非常に多い, 多い,  やや多い, 少ない 」のような区分で、非常に飛散量が多いと予想されている年でも、少ないと予想されている年でも、たとえば猛烈に多い,  非常に多い、などと同じように予報が報道されていて、実際の患者としては、どの程度覚悟しておけばよいかはなはだ困難である。それよりかは、気温、降水確率のように数値でもって予報してもらう方がよっぽとありがたい。

 花粉予報が最近はTV, 新聞, インターネットといろいろのメディアを通じてされるようになったが、その予報があたったかはずれたか、さっぱり分からない。天気予報が当たらないというのは、今は常識的になっている。長期予報にいたっては、それを報道するのがよいのかどうか、公費の無駄遣いてきなところがある。とくに今年の冬の長期予報は典型的な「はずれ」であり、後世に残る記録的な「はずれ」の例となろう。

 それとおなじで、花粉予報も、いまのままでは、出すだけ無駄であり、患者をいたぶっているとしか思えない。予報が外れてもよいが、予報その真偽がどうであったか、も含めて報道すべきである。

 そのためには、毎日の観測データを報道してもらわないと困るのである。しかし、寡聞にして、毎日の観測データが報道されていることは知らない。もしご存知の型がおられたら教えて欲しいものである。唯一知っているのは、キッセイ薬品のサイトで、測定した花粉量も伝えてくれている。しかし、このデータがリアルタイムになっていないのが残念である。数日前のデータが欲しい。また、そのサイトでは花粉の予想は出ていない。したがって観測データと花粉予報とをつき合わせて調べることが出来ない。何らかの方法で、花粉予想した結果が当たっていたのかどうかの方も同時に表示してもらったら分かりやすいものである。

 ここまで書いた段階で、改めて花粉情報についてインターネットで検索してみた。ウェザーニュースに花粉チャンネルがあるのを見つけた。私は京都に住んでいるので、京都のところを見ると、葛野研究室というのがあって、「ポールン・ロボット」というものが、花粉量を測定しているようである。今年の過去データも出ていた。非常に分。これで、ひとつの問題点は解決した。

 しかし、ただちょっと待てよとなった。この10日間程度、花粉予報として「非常に多い」というのがすでに何日かでている。しかし、ポールン・ロボットによると毎日そんなに多くはなかったことになる。やはり予報と実測値が一致していない。

 なぜこうして、私が、花粉予報ではなく、飛散花粉量実測値を知りたがっているか、というと、花粉症の患者、たとえば私が抗アレルギー剤を飲んでいるとしよう。もし、その人が花粉の症状が出なかったとする。その場合、花粉が実際は飛んでいなかったのか、あるいは、飛んでいても薬が効いて症状がでなかったのか、分からない。幸か不幸か、私にとっては以前に書いたように抗アレルギー剤が効いたような記憶がないので、今までは、花粉飛散実測値なるものは不要であった。しかし、少しでもQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が改善された生活をしたいと思っているので、そのための対応策を考える情報(飛散花粉実測値)すらないということはいかがなものかと思う。そしていたずらに「間違った」花粉予報を繰り返されるのみでは、患者だって、人間だよ、馬鹿にしないでよといいたくもなるものだ。

 ウェザーニュースのサイトでポールン・ロボットで観測され、その情報を提供してもらえるのはありがたい。なぜ、公の機関がそういうことが出来ないのであろうか。小さな政府を目指す現政権のため切り捨てられているのかとも思いたくなる。しかし、小さな政府を目指す結果がデフレの時代に「増税」とはどう見ても納得がいかないものだ。

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2006年3月 1日 (水)

私の長年の花粉症と今年の期待

 花粉症の季節が今年もとうとうやってきた。だいたい2月20日が危険日である。花粉症になったのはいつごろであろうか。学生のときには、この季節、風邪もよく引いていたので、風邪か花粉症か不明であり、また世の中もあまり花粉症という話もしていなかったようなのでよく分からない。しかし、どうやら学生のときから花粉症であったような感じがある。

 花粉症だとはっきりしたのは、会社にはいってからであり、会社に入ったことにより、花粉症が発生したのか、と思っても悪くないくらいのよいタイミングで花粉症が悪くなっていった。

 その後ずっーとこの季節、花粉症に対しては眠くなる市販薬で対処していたが、眠たいばかりではなく、これらの市販薬を飲むとなぜかしんどくなるという状態であった。また、くしゃみで夜は寝れず、目をこすりすぎて目の周りはボロボロになっているというのがいつものことで、これらのことが最大の問題点であった。

 そのうち、夜中に花粉取りのため空気清浄機を回し始めてから、夜眠れないというのはかなり解消していった。いまでこそ、花粉対策のエアコンもあるかもしれないが以前はなかった。10年以上前に簡単な空気清浄機を購入していた。そして空気清浄機の運転は微弱にして夜中じゅう運転すると花粉症はまあまあおさまった。しかし、運転を少しでも強くすると、今度は冬の冷気循環のため風邪を引きやすくなってしまうという困ったこともときどき起こってしまった。

 空気清浄機があれば大分楽であるが、それが使えない場所ではどうしようもない。市販の対照療法薬では改善されない。飲むとしんどくなるので飲むのは控える。そうすると、目のかゆみ、鼻づまりはひどくなる、という繰り返しであった。

 ここ数年、花粉症治療用の薬を医院でもらうようになった。花粉症が出る前から飲んでおくという抗アレルギー薬である。2月20日が発症日なので、1月の末から飲んでいても、2月20日前後に必ず発症してしまうということが続いていた。発症前から飲んでおくというのはどうも理解に苦しむ話であるが、その薬が効いたという人が多いことも確かなようである。私の場合はいままで2種類くらい薬(結構メジャーなもの)を替えてもどちらも効かなかった。

 そのうち、市販の対照療法の薬が一変した。大体のこの類の市販薬に含まれている塩酸フェニルプロパノールアミンが使用禁止となった。平成15年の8月のことである。飲んでしんどい思いをしたのはこの成分のせいかと変な因果関係を考えてみたり、また、この成分がなくなったら、効き目も少なくなるのでは、と心配しながらも、この成分が世の中の薬からなくなってからは、飲んでしんどいという感じは確かになくなった。とりあえず対症療法的には、抗アレルギー薬よりは効き目があるような感じになった。しかし、花粉量が多いときは、その薬の効果も限定的で、目の痒さ、くしゃみ、鼻づまりは相当なものである。

 このように長年、花粉症を患ってきて、昨年春、新居に引越しし、昨年夏会社を退職した。こういう変化があって、今年の花粉症の季節がやってきた。2月20日には発症しなかったものの、2月22日ころから、目がむずむず痒くなってきた。通いつけの医院も引越しで当然変わった。先生には、最近の私の花粉症の状況を説明し、いままで効かなかった抗アレルギー薬は止めてもらって別の抗アレルギー薬をもらった。目と鼻の薬は、抗アレルギー薬は効かないので、ステロイドが入ったものをもらった。今年発症してから約1週間たつ。すでに気象情報の中の「花粉情報」では「非常に多い」というのが何回かでている。しかし、今年の場合は、今回始めての抗アレルギー薬は欠かさずのんでいるせいかどうか分からないが、夜中に空気清浄機を回さなくても十分に寝れているのである。朝時々鼻水が出ることもあるが、それも昨年使用していて残っていた抗アレルギー薬の目薬・鼻噴霧薬で一応収まるのである。ステロイド入りの目薬・鼻噴霧薬の出番は今のところない。

 今はまだ花粉の量が少ないので以上のような気楽なことが言っておられるのかもしれない。3月上旬-中旬に最盛期になるので、そのときは悲鳴を上げているかもしれない。そのときはステロイド入りの目薬・鼻噴霧薬の出番でどういう効き目を示すかである。

 しかし、花粉症が悪くなったのは会社にはいってからであるという認識をいまだに持っているので、昨年夏に退職したため今年の花粉症はこのまま程度がましである、となることを密かに願っている。

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2006年2月24日 (金)

最初の開花 馬酔木

 今の家に引越してきたのが、昨年のコールデン・ウィークの真っ只中である。そして、そろそろ一年になろうとしている。引越し後、家の敷地内の樹木、草木について興味を持って、いろいろリストを作成してきたものである。こうして一年近く経ったのではあるが、今年の冬は特に寒く、どうなることかと思っていたが、高断熱のプレハブ家の部屋では、その寒さもやわらいで、改めて、よかったと思っている。

 ただ、ひとつだけ分かっていないのがある。今年のこういう寒さで、敷地内の樹木、草木もほとんど冬の冬眠に入ったままで、このところ寒さが少しやわらいできたものの、いまだに眠ったままである。いつごろの時期から、どういう花が、どういう順序で咲いていくのか、ということについては、未体験のことである。すなわち、2-3月ごろの樹木、草木の動きが未経験のことなのだ。そういうことで、花が咲くのは今か今か、と待っている。私も好きな梅の花は早春の花であるので、それが最初に咲くのでは、と思ってみるもののわが敷地には残念ながら梅の木はない。モクレンの木があるが、それは大きなつぼみをつけたままで、いつ咲こうかという表情をしているものの、桜の少し前の開花の時期なのでまだもう少し先のことである。

 昨年、敷地内の樹木のリストを作っていたときにこんなに早く花が咲くものがあるのか、と思ったのが、馬酔木である。そういうことで、馬酔木の花の開花を今か今かと待っていたのであるが、昨日今日、ついに咲き始めた。その可憐な花を写真に収めたので、見ていただきたい。レンズはTamronの90mm(カメラはニコンD70)です。

椿も昨年11月ごろから季節を忘れたかのように1-2輪咲いていたが、このところ改めて1輪咲いていたので一緒に写真に収めました。

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