カテゴリー「趣味」の63件の記事

2011年7月25日 (月)

塑像(頭部のみ)づくり-再チャレンジ

 3年前に、ある教室で塑像(頭部のみ)づくりをやりました。その時はまずまずのできかなと思っていましたが、3年の間にあらが目立ってきたので今回再チャレンジしました。

 今回も、まず粘土でモデルの頭部を作り(1日3時間を5回で)、その後石膏で型取り・鋳込みという作業でした。

 写真は、出来上がった作品を横から写したものです。Smalldsc_15971_4

 前回は無手勝流でとにかく出来上がればよい、ということでやったが、今回はあらかじめ塑像関係の教科書を読んで行った。そのせいか、前回と較べてましで塑像らしくはなったようで、先生からもお世辞の言葉を頂いたものの、どこか納得できていない、釈然としない、という気持ちです(そのため写真は横から取りました)。

 どこがどうにおかしいのか、時間をかけて考えてみるしかなさそうです。

 作品の出来は別にして、1日3時間の作業を立ちっぱなしで行う、というのは今回は結構きつかった。前回はそんなに感じなかったのですが。3年の歳月で老化がますます進んだのか。作品の出来きがどうこう言う前にそちらのほうが心配になってきます。

 今回の教室は建物がリフォームがされていて、床がコンクリートになっていた。リフォーム前は板張りだった記憶がある(作業の後に床に油をひいていた記憶があるので)。床がコンクリートの場合は疲労が蓄積する、というで、靴をかえるとか、いろいろ対策していったのですがあまり効果はなかったようです。他の人もリフォーム後は疲れやすくなったということを言っているらしい。そのため、休憩時間をしっかり取ったが、それでも、2-3日後まで疲労が残るという感じでした。

 頭部の塑像は永遠のテーマらしく、なかなか難しいものらしいが、また、チャンスがあったら目標を決めて参加しよう。

 他の参加者の作品をちらちら見ながら制作していたのであるが、どこかモデルさんとは違ったものをお作りになっている人も幾人もおられるようでした(多分私の目が節穴だったのでしょう)。かなりベテランの人のものを見てもそう思いました。そんなものでしょうか。少しは似ているところもあってよいのではと思いました。ド素人の下手な私には全く理解できない近づきがたい世界という印象を改めて持ちました。私の場合は下手なのでどうしても似てきません(似せようとはしていますが)。そういうことで、この何週間かずっと疎外感を感じながらひとりでさびしく制作していました。

 蛇足ですが、作品は家においても邪魔だからと思っていたら、老後の趣味で絵を描いている家内が、光・影の様子をとらえるのに使いたい、ということで利用価値が出てきましたが、こんな塑像で果たした大丈夫なのでしょうか心配です。

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2011年5月17日 (火)

切り絵にチャレンジ

 この2年間は年賀状は干支の置物を粘土で作って素焼きし、着色してきた。虎と兎である。しかし、来年は龍となるが、どうも龍は粘土では自信がない。粘土で作るには複雑だし、せっかく作ってもいろんな箇所がぽろぽろ折れそうだ。

 どこかの陶芸教室のサイトで生徒が粘土で作った龍の写真を載せていた。うまく作っていたが、こちらのイメージに合っていない。技量的にもその写真以上のものを作れそうにもない。

 ということで困っていた時に、NHK教育で「誰でもできるはじめての切り絵」の放送をやっていた。放送を見ていて、これならなんとかで龍もできそうだ、という気持ちになった。

 そこで、この一週間かかって、龍の切り絵が下手ながらもなんとか我慢できる程度に完成した。思った以上に時間がかかった。写真をuploadしたかったのであるが、来年の年賀状に使うかもしれないので来年になってuploadしたいと思います。

 先の先ですが、再来年は巳年で龍よりも頭を悩ませそうです。蛇は粘土や切り絵で作るにはイメージがわかない。

 

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2011年4月 7日 (木)

素焼き粘土像の練習3-舞妓さん

 粘土で舞妓さんを作り、素焼きして、着色してみました。20cm程度の高さの作品です。塗りのほうは淡彩色風にと思って塗り始めましたが、極彩色風になってしまいました。

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2011年1月22日 (土)

仏像彫刻のお勉強10-半跏像の練習(蝋での制作)

 「仏像彫刻のお勉強」の10番目のuploadになりますが、今回は木彫ではなく、試みに蝋で「半跏像」を作ってみたものをuploadしました。像高は27cm程度です(総高は32cm程度です)。鋳造すればよいかもしれないのですがコストがかかりそうなのでこのままにしておこうと思っています。

Smalldsc_1374cameraraw3

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2010年10月20日 (水)

絵画教室の展示会めぐり

 昨日、市内中心部にあるいくつかのギャラリーの展示会をいくつか巡ってきた。

 そもそも退職後の趣味として彫刻的なこと(木彫、粘土塑像、仏像彫刻)をやっているが、外がも出来れば良いかもしれないと思い、デッサン等にも顔を出したが、どこかの芸術系大学の公開講座で馬鹿にされてあえなく撃沈した(以前報告済み)。

 どこかよさそうな教室はないかと思いいくつかの展示会をめぐることにし、昨日6つカルチャー(絵画)教室の展示会に行ってきた。どれも頑張って描いておられる様子はわかったが、途中から変なことに気が付いてきた。それぞれの教室で、どの絵も描き方が同じであることである。人は本来個性が強いものであるから、それぞれに自己主張的なものがあってもよさそうなものである。しかし、どの絵も「似ている」のである。例えば水彩画でもいろんな描き方ができると思うが、ある教室ではどの絵も同じような構造(?)で、同じような絵の具の使い方をしていて、コピーした作品がいくつも並んでいるのでないかと錯覚するような印象を持った。改めて、他の教室もそういう目で見ると確かにどれも「似ていた」。そして、「私はこれをこう描きたかったのだ」というのが見て取れないのが残念であった。教室にはいろんなレベルのスキルの人がいるとは思うが、技量の差を感じさせることもないのはどうしてなのか、不思議で仕方なかった。多分、先生と称する人が「介入」しすぎなのであろう、と想像した。どこかの公開講座で馬鹿にされた私がそんなことを言うのはおこがましいかもしれないのであるが下手でも釈然としないのであった。

 その帰り際に、どこかの大学(偏差値の高い大学)の同好会の新人展をやっていたので、立ち寄ってきた。その大学には美術系の学科はないので、みなさん全くの趣味でやっているはずである(卒業後も「絵」の方向に進み人はいないとか)。彼らの絵を見てホッとした。今までのもやもやが晴れてきた。彼らの絵はみんなそれぞれ画風(?)が違うし、それぞれの絵で何を書きたかったのか読み取れそうな絵ばかりであった。どこかの教室の「総コピー展示会」とはまるきり違うものであった。技量そのものは芸術系大学の学生とは違うと思うがそういうものを感じさせないものになっていた。偏差値の高い大学だけに「絵画は頭で描くもの」なのかなと思った。どこかの芸術系大学の公開講座で私を馬鹿した先生は某有名芸術系大学出身のものであるが、明らかに人間的には劣った人と思わざるをえない(教える資格なし)し、そういう人に人をひきつける絵がかけるわけがない、と思わざるをえなかった。

 結局、昨日の展示会巡りでは、私のふさわしい教室は無かった、ということになろう。そういう「カルチャー教室」に参加した場合、私は揉め事を起こしそうである。残念なことである。趣味として彫刻的なこと(木彫、粘土塑像、など)をやっているが、それらもカルチャー教室かそれに近い感じの教室でやっている。しかし、そこでの作品はみんなばらばらで個性があるのである。絵画と彫刻ではなぜそんなに違うのか不思議で仕方ない。

 

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2009年12月 2日 (水)

仏像彫刻のお勉強9-山田寺仏頭の練習

 仏像彫刻を主にカルチャー教室でやっているが、それ以外にも興味あるものを家で彫っている。最初として以前「わらべ地蔵」を作った。

 今回は「山田寺仏頭(興福寺)」を作ってみた。

 カルチャー教室で仏像彫刻を始めた2年前頃仏頭の練習もしたが、そのときは6cm程度のもの(立像で1尺に相当する頭の部分)を作った(「仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」など)。その当時はテキスト(「仏像彫刻のすすめ」)とにらめっこで、プラモデル的に彫っていた。全体をちゃんと見ながら彫るということをやっていなかった。その後、幾つか立像、座像を作ったが、段々、必ずしもテキスト通りに彫らなくても良いことがわかってきた。

 そこで、今の時期に、改めて仏頭の練習をすることにした。しかし、以前よりは大き目のもので練習することにした。以前から山田寺仏頭に興味があったので、13cm程度のもの(立像で2尺に相当する頭の部分)を作ることにした。最初の頃の練習の2倍のものであるが、立方体では8倍になる。

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 なんとか本物の雰囲気が出るように、と思って彫ってきたが、どうでしょうか。

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2009年10月31日 (土)

素焼き粘土像の練習2-筒型土偶の模刻

  以前、粘土いじりの教室で作った『素焼き粘土像の練習1-土偶(ビーナス)の模刻』の報告をした。「素焼き粘土像の練習2」として、箱型土偶として分類される土偶をも模刻してみた。全く同じものの模刻ではなく、少し変形させて、花瓶としても使えるようにしてみた。焼きあがったものが下の写真(クリックで拡大)。

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 釉薬をつけて本焼きしているが、なぜか水が漏れている。仕方ないのでドライフラワー、造花を入れてみた。なんとか我が家でも存在感があるものになりそうである。

 

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2009年8月31日 (月)

素焼き粘土像の練習1-土偶(ビーナス)の模刻

 粘土いじりの教室で良寛さんの粘土像を幾つか作ってきた(坐像かくれんぼ子供と一緒大の字書を読む、など)。そのシリーズもネタ切れになったので、いろいろ既にあるものを見て作ったり(即ち、模刻したり)、いろいろ気分に応じて制作してみようと思っているところである。いずれにしても教室の時間内、即ち1時間半以内で作れるもの、という制約があるので、簡単なものしか出来ないのであるが、なんとか楽しむことが出来ればと思ってやっている。

 今回は、土偶で国宝のビーナスを作ってみた(下の写真)。高さ20cm程度のものである。

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 素焼きのものに着色したものであるが、素焼きのままだと、なんだかボケていてピンと来なかったが、全体が一色ではあるが、写真のように着色すると、かわいらしい像になってきて我が家の新たな一員になった感じである。

 1時間半という制限時間があったので、時間がなくて頭部にある模様を忘れてしまった。仕方なく絵具で模様を書き入れた。やはり、模様は書き入れるのではなく彫り込んだ方が良いようである。


 

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2009年8月12日 (水)

私はそもそも左利きなのか右利きなのかー絵画の練習で疑問

 私は本来左利きであるが、子供の頃、親に矯正されて、鉛筆、箸などは右手を使ってきた。ちょっと力を使う作業は矯正されてなくて左手を使っている。その境目は、スプーンを持つ手が左手、消しゴムを持つ手が左手、という感じである。ナイフとフォークは我々のような団塊世代ものにとっては年を取るまで(といっても20歳台だが)使うことがなく、20歳台に頭で考えて右利きの人が持つ持ち方、すなわち、ナイフは右手、フォークは左手を使うようにしてきた(自己矯正か?)。

 以上の状態で定年後まで来た。定年後は、趣味として、仏像彫刻や粘土いじりをやっている。これらの作業は力がいるので、当然、左手を使っている。

 しかし、仏像彫刻や粘土いじりをやっていると、どうしても、デッサン、クロッキーを練習しておいた方がよかろう、と思うようになった。そして、このところ、絵画系の勉強に手を出し始めて混乱が始まった。絵画系は子供のときから苦手なのであり、なかなか自ら進んでやろうという感じではなかったし、もちろん下手でもあった。版画は掘りの作業が入るのでそんなに嫌だという感じではなかったのだが、なぜか絵画系はだめだった。

 そういうことで一年前からクロッキーを初めた。今も当然下手なままであるが(美大系の受験生と比べ何たる差があることか)、なぜか困ったことがでてきた。それは、私としてはクロッキーを右手で描いた方がよいのか、左手で描いた方がよいのか、ということでまだ解決していない。

 クロッキーは鉛筆をもちいて描くので私としては「右手」で描くのがよかろうかと思った。細かいところを描くのは文字を書くときと同じように当然右手という感じであったががなぜか描きにくい。しばらくしてから、クロッキーの場合は「左手」で描く方がよいのではと思い、左手でしばらく描いてみたが左手では細かい手の動きができなくてうまくかけない。結局どちらの手で描いても楽にはかけない。

 これと同じことが昔からある。鉛筆は右手に矯正されたが、黒板(今では「白板」か)にチョークで字を書くときは、右手で書いたり、左手で書いたりする。これは小学生のときから今でも同じである。小学生のときに、右手に持っていたチョークを途中で左手に持ち替えて描いて、先生に(今ではばかな教師だったと思うが)「行儀が悪い」というお叱りを受けたことがある(それがいまだにちょっとしたトラウマになっているのかもしれない)。

 チョークで字を書く場合も右手でも左手でもあまり上手な字は書いていないようである。クロッキーの場合も、要するに、右手でも左手でもよいのかもしれないが、下手な絵しか描けていない。この調子だと、「両刀づかい」というよりも、私の場合は、右手でも左手でもろくにかけない、「両刀ともダメ」ということになりそうである。

 クロッキーと同じような経験を最近した。仏像彫刻をやっていると彩色をしたくなるものである。そこで最近、極彩色の勉強を行った。簡単なものを木彫してそれに色を岩絵具でつけるという練習である(つまり繧繝彩色の練習)。同じ木彫りのものを3個作り、色のバリエーションも考えながら基本的には同じように色をつけていく  という作業である。日本画絵具を用いるのは全くの始めてであるし、極彩色で細かい色をつけていくというのも全くの初めてであった。戸惑いながらも筆は「右手」で持つのが当然と思って最初のうちは右手で作業を行った。その次に2つ目、3つ目と作業を進めていくうちに、右手では手が震えやすいということに気づき、知らない間に左手に絵筆を持ち替えていた。結局最後は左手であった。左手ではあったが、細かい作業が本当に左手でできていたのかどうかの疑問は残る。

 これと似たようなことが木炭デッサンでも起こっていた。クロッキーのあと木炭デッサンもこの年になって初めてチャレンジしたが、この場合も最初は木炭を右手に持っていたがそのうち、左手がメインになっていた。

 以上のように、どうやら、絵の場合でも利き手は「左」というのが正解かもしれない、という事象は積み重なってきた。しかし、まだ、左手が自由に使えるという状態でもない。これは、まだ、絵になれていないからかもしれない。同じように、今のうちなら右手を鍛えると右手でもうまくかけるようになるかもしれない、という気もしないではない。

 こう考えてみると、子供のとき鉛筆、箸を右手で持つように「矯正」されたメリットは何一つない。左手のまま育ててくれたら苦労することもなかったろうに、と、この年になっても思う。左手だからといって差別されることもなかったのになぜ矯正されたのか、不思議である。

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2009年6月17日 (水)

仏像彫刻のお勉強8-不動明王座像の練習

この2年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前

仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、
仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、
仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」、
仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習」、
仏像彫刻のお勉強7-阿弥陀如来立像の練習」、などで報告した。

 今回は、不動明王座像の練習がほぼ終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。

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 約5ヶ月かかって完 成したことになる。高さが4寸(約12cm)程度の像になっている。今回も時間はかかったが、焦らず、じっくりやったため、その分勉強が出来たかなと思っている。

 台座・光背はこれからである。いままでは仏像彫刻の練習をいろいろやってきたものの台座・光背については練習をやってこなかった。不動明王の台座・光背の練習が初めてとなる。前回の練習の阿弥陀如来立像については本体完成後、台座・光背なしで、その辺に老いていたら少々かわいそうな感じたしてきたので、不動明王の台座・光背のあとに練習する予定である。

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