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2009年9月20日 (日)

芸術の秋-今日は青蓮院(青不動)、院展、塑像展示会の3ヶ所訪問(09/9/20)

 芸術の秋が本格化している。

 これまでに、今年8月にはルーブル展(京都市美術館)を行った。その後、9月8日には「ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える」(京都国立近代美術館)でドローイングによるフィルム・インスタレーションに驚いたものである。

 そして、今日のシルバーウィーク中の日曜日であるが、京都岡崎のあたりを3ヶ所巡ってきた。

 最初は、青蓮院で青不動ご開帳があるので行ってきた。この青不動の青蓮院でのご開帳は創建以来初めてということだそうである(青蓮院以外での公開は、過去3回あるとか)。京都に住んで以来40数年、青蓮院の隣の道は通ったことがあるが、青蓮院に入ることなかった。今日が初めてで豪華なお寺(門跡)であった。そのなかで青不動ご開帳してあった。「青」ということであるが、「真っ青」ではなく、「青黒(しょうこく)」ということで納得した。炎を背にした青不動で大きな迫力ある画像であった。

 お不動さんの画像(絵)は、青蓮院の青不動・高野山の赤不動・三井寺の黄不動(曼殊院には国宝「模写黄不動」があります)があるそうであるが、昨年曼殊院の黄不動を見たので、これで2つ目で、あとは高野山の赤不動だけとなった(三井寺の黄不動は絶対秘仏のようなので拝観できない)。

 今年1-7月には、仏像彫刻で不動明王を彫っていた(今年6/17の記事を参照)。そのため細部は興味を持っていたので、それと比較しながら観察した。その迫力はなかなかのもので、他の一般の不動明王関係の仏画・仏像彫刻などと比較しても違いは大きい。曼殊院の黄不動には炎がなく、その点でも青蓮院で青不動の迫力は大きかったようである。

 青蓮院の次は、京都市美術館で今日から始まった院展に行ってきた。日本画である。別に日本画をやっているわけではないし、やろうとしているのでもない。仏像彫刻をやっていて、仏像などに色を塗れればあ、彩色が出来たらな、と思うようになってきた。そのため、この春から、練習で木彫りの台座の蓮の花を彩色することをやっていた。胡粉、岩絵具など日本画絵具を還暦を過ぎたこの年になって初めて使うことになった。何とか最後までやったが、塗りはこれでよいのだろうか、日本画絵具で描いたらこんなものかどうか疑問がわいてきた。ど素人の私は、日本画絵具で描いたあとの感じが水彩画絵具で描いたような風合いになるものと思っていた。しかし、私の描いた蓮の花の模様は、絵具が盛り上がったなんとも言いがたい、油絵風になってしまった。失敗したのかな、私の絵心の無さがまた出てしまったかなと思っていて、一度日本画の展示会に行かなければと思っていた矢先に院展があった。早々と前売り券を買って今日初日に行ったわけである。

 結果は、私の塗りで大丈夫であるということを自分で判断した。塗り方の拙さはあるが、私の蓮の花の彩色は日本画絵具の塗り方にはなっていることを改めて確認して安心した次第である。

 3ヶ所目は、私の通っている粘土教室の先生が大学の公開講座として塑像(頭像をつくる)の教室を年一度やっていて、その公開講座の参加者の「有志」(有志と描いてあったが、有志とは何かわからない)の作品展を見に行った。実はこの講座、私も昨年初めて参加したが、ある参加者(常連の人らしい)の私に対する暴言があり、そのことをアンケートにも書いたものである。したがって、今日も行きたくはなかったが、先生から案内状をもらっていたし、先日催促もされたので仕方なく行ってみた。

 感想は、モデル(若い男女)を使っているのであるが、全体の作品をずらっと見て、モデルさんはどういう顔をしているのかずらっと見たら想像できると思うでしょう。それが、全く想像できなかった。昨年も同じような感じ=皆さんちゃんとモデルを見て作品を作ったの?、という印象をど素人ながらもったものです。私がど素人なのでそう感じるだけかもしれない。とにかく、塑像の世界は「理解しにくい」。私の通っている粘土の教室と公開講座で先生は同じになるのであるが、粘土の教室はカルチャーセンターなもんで適当に遊ばせていてくれている。

 以上、我が家から自転車でいける範囲にある3ヶ所をめぐってきた。その中で一番感動したのは「青蓮院で青不動」ということになった。我が家においてみたくなったのは私だけでしょうか。

 なお、院展の京都市美術館ではルーブル展も同時開催中であり(もう最後日に近い)、ルーブル展は相変わらず70-80分待ち、お向かいの京都国立近代美術館ではウィリアム・ケントリッジのフィルム・インスタレーションの展示が相変わらずがらがらの状態のようで、そのなかを3ヶ所めぐってきました。

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2009年9月 7日 (月)

15年前のホームベーカリーの部品(パンケース、ハネ)交換

 長年、我が家では食パンは家のホームベーカリーで焼いている。14-15年前の製品である。一度も故障することもなく使ってきた。

 最近、焼き上がりのパンをホームベーカリーから取出すときなかなか出てこなくなって四苦八苦することが多くなっていた。パンがホームベーカリーの窯(パンケースというらしい)や、パンケースについている攪拌のためのハネにしっかりこびりついて離れず、取出しにくくなっていた。

 そこで、早速メーカーの「お客様ご相談センター」に電話した。過去にもそこの会社(P社)に別の製品の件で電話をかけて、何度も嫌な思いをしたことがある。今回もそれを覚悟をして電話をしてみた。症状を言ったらすぐに「フッ素コートがだめになっているので、パンケースとハネを交換する必要があります。電気屋さんに言って部品を購入してください」とのことで、かなりいい感じで応対していただいた。ただし、こちらは、「故障なので修理に出す必要があろう」と思っていたのに、「部品を入手して部品を交換してください」という話には驚いた。しかも、もうひとつ部品「主軸受け」というものがあって、パンケースにそれがネジ止めされているらしい。なにしろ、パン焼き作業は家内が15年間やっていて、私は一度もやったことがない。そういう人間が電話で話をするのであるから、時々理解困難なことが出てくる。どうやら主軸受けは大丈夫のようなので、交換の必要な無いが、新規のパンケースに従来の主軸受けをこちらでセットしてくださいとのこと。ネジ止めだけらしいが、なにしろ15年間使い続けてきたのもで、うまくネジが外れて、新しいパンケースに取り付けできるかどうか不安であった。

 だめもとで、パンケース、ハネを注文し、今日入手した。

 早速交換を開始した。パンケースに主軸受けを取り付けようとしたが、主軸受けについているパッキンはいつつぶれるかわからないようなぼろぼろの状態になっているように見えた。しかし、なんとか取り付けが終わった。

 さて、セットされたパンケースをホームベーカリーにセットしようとしたが入らない。どうしたことか。よくみるとわずかに取り付けがずれていた。同封されていたマニュアルらしき小さな紙をよんでみると「パンケースのネジ穴はタップ(ネジ山)は切られていません。(同梱のネジが、ネジ山をきります)」との記載があった。こういう内容は電気製品ではあまり見たことがなくてびっくり。ネジを垂直に締め付けることが必要だったらしい。改めてしっかりと締め直すとなんとかホームベーカリーにセットできた。

 これで大丈夫かと思ったが、主軸受けのパッキンが古かったのでパンケースから水でも漏れたら困るので、もれないことの確認のため、水を入れてみた。そうすると、なんと、パンケースの主軸受けのところから水がわずかながらもれ出ているではないか。パッキンがだめで、ホームセンターで買わなければということを考えていた。

 そのとき、黙って、取り扱い説明書を読んでいた家内が、「もれるのが当然で、取り扱い説明書にもそうかいてある」といいだした。そういう馬鹿なことが、と思ったが、15年前の取り扱い説明書を読んでみると「ご使用に伴い、パンケースの排出口から少量の生地が出てきます。これは、回転部の中に入った生地が回転を妨げように排出させているためで、異常ではありません」とか。なんとややこしや、ややこしや。

 一応これでよし、ということで早速最初の食パンを焼いた。

 単にパンケースとハネを交換しただけであるが、出来上がったパンはふっくら、もちもちとしていて、いままで食べたことない感触のおいしいパンになってきた。なぜだろうか。大成功であった。

 15年前の製品で交換部品がもう置いてないかなとも心配したが、結構15年前のP社の初代の型の部品がその後も共通に使われているので今回部品交換できる、という話であった。ホームベーカリーは長寿の製品のようである。

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2009年8月24日 (月)

ゼラニウムの鉢を住居にするトノサマガエル-鉢の中で冬眠準備か?

 昨年挿し木をして増やしたゼラニウムの鉢が幾つかある。今年夏以前からトノサマガエルがその中の一つの鉢に居付くようになった。鉢の中では外敵に襲われにくいと思っているのであろうか、今年始めてみる光景である。そういえば我が家の庭にはヘビも出没する。ごくごくまれにではあるが。

 ゼラニウムの鉢の水遣りは家内の日課になっていて、鉢に水をかけるとトノサマガエルがびっくりして飛び出してくる、ということであった。

 そのうちどこかに行ってくれるだろうと思っていた。しかし、まだ夏であるが、短かった夏が過ぎて、このところ秋の気配が立つようになって来た今日この頃、このままだと、トノサマガエルが鉢の中で冬眠するのではなかろうかと思うようになってきた。

 2年前ぐらいの春に、庭にある家庭菜園で畝を掘り起こしていたら、20-30cmの深さのところにトノサマガエルが冬眠しているのを発見した。しかし、クワで掘り起こしていたので、トノサマガエルも傷ついたのかもしれない。あまり動かなかったのをなんとかして、近くの草むらに追いやった、という記憶がある。

 その記憶があるもので、やはり、トノサマガエルは鉢の中で冬眠するのではないかという心配がつのっていたところ、家内の言うには、そのトノサマガエルが土を掘って、少しずつもぐりだした、とか。

 そのトノサマガエルの今日の夕方の表情を写真に撮った。夕方で暗かったので本当に土を掘り出して少しもぐっているのかどうかはわからない。なお写真は暗かったので編集して明るくしている。

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 鉢の中で冬眠しても寒いのでいずれ根を上げるかもしれない。そのときはどういうことになるのか。死んでもらっても困るが、我々ではどうしようもないので様子を見るしかない。家庭菜園、庭いじりをしているといろんな場面に出くわすものだ。

[後記]昨日の夕方の写真ではカエルの状態が良く写っていないので、今朝取り直ししました。土に少し埋まっている状態がわかるかもしれません。もっと埋まっていることもあったようです。

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2009年8月18日 (火)

我が家にもあったサルスベリの木

 今の家に引越してきて4年強になるが、引越してくる前から植わっていた庭木で名前が分からないものがいくつがあった。そういうものも花が咲いたおりに名前が分かるケースが幾つかあった。そのなかには、普通園芸店ではほとんど見かけないものもいくつかあった。例えば、クサキ、ウワミゾザクラ、クマノミズキ、などである。隣家との境界線がはっきりしていないので、これらのものも正確には、我が家の庭木か隣家のものかはわからない。

 こうして、目に入る庭木は全部名前を同定しそれ以外のものは我が家に敷地(或いは隣家)にはないものとおもっていた。この前から、なんだか可愛いピンクがかった紫色の花が咲いているのに気がついた(写真参考)。 近くにはいろんな木が群生しており、この木の幹などは他の草木、庭木にかくれてみえない。おまけに家庭菜園のゴーヤがこの木の付近まで勢い良く伸びていって、幹や枝を隠してしまっている。そういう事情もあってか、この木の存在自体4年間気づいていなかったのだが、花が咲いたのでやっと認識するように なった(家内によると昨年も咲いていたらしいのだが)。

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 そこで高枝切バサミを取り出して図鑑で同定を試みると、なんとサルスベリ(百日紅)であった。サルスベリの花は赤紫となっていているので、紫っぽいものはどうなのかなと思ったが、葉っぱや花の形からしてどう見てもサルスベリ、ということになった。我が家にもサルスベリがあることが分かってから近所の庭をいろいろみているとかなりの家でサルスベリを植えていることが分かった。しかしどれも、赤ないし白がほとんどであった。

 今回見つけたサルスベリの木は誰が植えたのかよく分からない木の一つである。

 今年はもう難しいが来年当たり挿し木でも試みようと思う。ただ、群生している中での小さなサルスベリの木なので花が無いときに同定できるかどうかが心配である。

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2009年8月12日 (水)

私はそもそも左利きなのか右利きなのかー絵画の練習で疑問

 私は本来左利きであるが、子供の頃、親に矯正されて、鉛筆、箸などは右手を使ってきた。ちょっと力を使う作業は矯正されてなくて左手を使っている。その境目は、スプーンを持つ手が左手、消しゴムを持つ手が左手、という感じである。ナイフとフォークは我々のような団塊世代ものにとっては年を取るまで(といっても20歳台だが)使うことがなく、20歳台に頭で考えて右利きの人が持つ持ち方、すなわち、ナイフは右手、フォークは左手を使うようにしてきた(自己矯正か?)。

 以上の状態で定年後まで来た。定年後は、趣味として、仏像彫刻や粘土いじりをやっている。これらの作業は力がいるので、当然、左手を使っている。

 しかし、仏像彫刻や粘土いじりをやっていると、どうしても、デッサン、クロッキーを練習しておいた方がよかろう、と思うようになった。そして、このところ、絵画系の勉強に手を出し始めて混乱が始まった。絵画系は子供のときから苦手なのであり、なかなか自ら進んでやろうという感じではなかったし、もちろん下手でもあった。版画は掘りの作業が入るのでそんなに嫌だという感じではなかったのだが、なぜか絵画系はだめだった。

 そういうことで一年前からクロッキーを初めた。今も当然下手なままであるが(美大系の受験生と比べ何たる差があることか)、なぜか困ったことがでてきた。それは、私としてはクロッキーを右手で描いた方がよいのか、左手で描いた方がよいのか、ということでまだ解決していない。

 クロッキーは鉛筆をもちいて描くので私としては「右手」で描くのがよかろうかと思った。細かいところを描くのは文字を書くときと同じように当然右手という感じであったががなぜか描きにくい。しばらくしてから、クロッキーの場合は「左手」で描く方がよいのではと思い、左手でしばらく描いてみたが左手では細かい手の動きができなくてうまくかけない。結局どちらの手で描いても楽にはかけない。

 これと同じことが昔からある。鉛筆は右手に矯正されたが、黒板(今では「白板」か)にチョークで字を書くときは、右手で書いたり、左手で書いたりする。これは小学生のときから今でも同じである。小学生のときに、右手に持っていたチョークを途中で左手に持ち替えて描いて、先生に(今ではばかな教師だったと思うが)「行儀が悪い」というお叱りを受けたことがある(それがいまだにちょっとしたトラウマになっているのかもしれない)。

 チョークで字を書く場合も右手でも左手でもあまり上手な字は書いていないようである。クロッキーの場合も、要するに、右手でも左手でもよいのかもしれないが、下手な絵しか描けていない。この調子だと、「両刀づかい」というよりも、私の場合は、右手でも左手でもろくにかけない、「両刀ともダメ」ということになりそうである。

 クロッキーと同じような経験を最近した。仏像彫刻をやっていると彩色をしたくなるものである。そこで最近、極彩色の勉強を行った。簡単なものを木彫してそれに色を岩絵具でつけるという練習である(つまり繧繝彩色の練習)。同じ木彫りのものを3個作り、色のバリエーションも考えながら基本的には同じように色をつけていく  という作業である。日本画絵具を用いるのは全くの始めてであるし、極彩色で細かい色をつけていくというのも全くの初めてであった。戸惑いながらも筆は「右手」で持つのが当然と思って最初のうちは右手で作業を行った。その次に2つ目、3つ目と作業を進めていくうちに、右手では手が震えやすいということに気づき、知らない間に左手に絵筆を持ち替えていた。結局最後は左手であった。左手ではあったが、細かい作業が本当に左手でできていたのかどうかの疑問は残る。

 これと似たようなことが木炭デッサンでも起こっていた。クロッキーのあと木炭デッサンもこの年になって初めてチャレンジしたが、この場合も最初は木炭を右手に持っていたがそのうち、左手がメインになっていた。

 以上のように、どうやら、絵の場合でも利き手は「左」というのが正解かもしれない、という事象は積み重なってきた。しかし、まだ、左手が自由に使えるという状態でもない。これは、まだ、絵になれていないからかもしれない。同じように、今のうちなら右手を鍛えると右手でもうまくかけるようになるかもしれない、という気もしないではない。

 こう考えてみると、子供のとき鉛筆、箸を右手で持つように「矯正」されたメリットは何一つない。左手のまま育ててくれたら苦労することもなかったろうに、と、この年になっても思う。左手だからといって差別されることもなかったのになぜ矯正されたのか、不思議である。

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2009年6月16日 (火)

4年間名称不詳の庭木に花が咲いた-「クマノミズキ」

 今の家に引越してきて4年たつ。引越してきたときに既に植わっていた庭木が幾つかあって、その木の名前を同定をしてきた。花をつける庭木の場合は簡単に名前が分かったが、花がなかなか咲かないものについては名前を同定することが困難であった。葉っぱから名前を決めようと思ってもなかなか容易ではない(ほとんど不可能か)。

 名前が分らない庭木が1本だけ残っていた。4年間も花が咲かなかったためである。その木に今年は花芽がついているのが少し前から分かっていた。しかしなかなか開花ということにはならなくて、いらいらしていたところ、今日めでたく開花しているのを発見した。

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 花が咲けば名前を見つけるのはいとも簡単と思っていたが、図鑑やネット情報をもとに四苦八苦した。それでも30分以内に名前が見つかった。「クマノミズキ」であった(多分間違いは無いと思うが)。4年間、喉に骨が刺さった感じの状態であったが、なんとかスッーとした感じになった。

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2009年5月20日 (水)

鳥インフルのヒト・ヒト感染時は国民は果たして大丈夫だろうか

 新型豚インフルの「水際」作戦が失敗し、拡大しつつある。そもそも、この豚インフルは感染性は弱いものの、強毒性の鳥インフルがヒト・ヒト感染をするように変異した場合の対応のテスト・ケースととらえていた面もあるはずだ。確か新型豚インフルが出現した当初は政府側はそう言っていたように思う。某知事は「いよいよ来るべきものが来たか」というような発言まで行なっていた。

 その「水際」作戦が見事に(予想通り)失敗し、完成経路特定不明のまま感染が広がっているし、また、神戸・大阪の学校閉鎖にも関わらず、生徒たちは、町中をうろるろしている。

 昨日用事があって1時ごろ京都三条京阪の駅で降りたところ、高校生でスポーツクラブのグループとおぼしき集団に遭遇した。毎日が日曜日のものにとっては一瞬まだ春休みだったのか、と思ったが、すぐにそうではない、と考え直しても、京都の高中学校は閉鎖していないはずなので片だなと思った。よく考えてみると、神戸・大阪の閉鎖された学校の生徒たちが集団で京都に来ているのだと分かった(一応想像である、確認は取っていない)。神戸・大阪の学校閉鎖は感染拡大の防止のためにあるのであって、神戸・大阪から京都まで集団で移動することは、閉鎖の主旨が全く分かっていない。このような状態では、閉鎖解除した方がマシである、とも思えるような情けない話になっている。こういう行政側の対応も全く当を得ていない。

 今は、弱毒性のインフルであるからこれでよいのだ、という意見もかなりある。しかし、強毒性の鳥インフル・ヒト・ヒト感染が出てきた場合のテストケースであったことを思い起こせば、弱毒性なのでこれでよかったのだ、という主張は全く意味がない。鳥インフルの場合は今の豚インフルの場合と違う対応が果たしてあるのだろうか、何も見えてこない。今の対応を見ていると強毒性の場合の感染を抑え込む対応が出来ると想像するのは困難と思うようになってきた。

 強毒性の鳥インフル・ヒト・ヒト感染が起こった場合は、今の政府・行政の対応では、国民は「冷静に対応するように」といわれながら『座して死を待つ』しかないのかもしれない。

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2009年5月19日 (火)

マダケの筍料理をしてもらった

 今に家に引越してきて4年になる。引越してきたときから、隣家(Aさん)の竹が我が家に侵入しているらしく、どうしたものかと思い悩んでいた。別のお隣さんもAさんの竹が侵入し、Aさんに伐採の依頼の連絡したこともあるとか。

 我が家の場合はどうしようか思っていて、引越してからは、とりあえず、竹が頭を出してくる頃を狙って、伐採してきた。頭を出してくる初めの頃は手で倒せば簡単に根元から歩キッと折れるのでそれで処理してきた。

 しかし、我が家とAさんとの境界付近の場合は困っていて、それがほっておかれると背丈が高い竹になり、困った個とに、冬場積もった雪で竹が折れて、我が家の敷地に倒れこんでくる、ということがしばしば起こってきた。それでもAさんに連絡するとちゃんと処理をやってもらえるので助かっている。

 今年もその竹が伸びだす時期になってきた。孟宗竹の筍が一般的に八百屋さん、スーパーにおいてあるものであるが、それとは時期が1-2ヶ月ずれていて、特に、雨の後は、竹が伸びだすものである。

 今年は、我が家の敷地内に植えてあるクレマチス・モンタナの区画の手入れということでその区画に関しては畑の土を購入して以前よりはましな区画にしていた。この2-3日雨が降ったが、そのあとで、クレマチスモンタナの区画に行ったところ、あろうことか、隣のAさんのところ由来とおもわれる竹がその区画を狙ったかのごとく2個頭を出しているではないか。雨後の筍、というものである。例年ならば、筍の頭を折って廃棄物処理するはずである、なぜか今年は、食べてみようということになった。家内も以前から食べてみたら、と言っていて、食べられるかどうか分からないが、試しにと言ったところ、早速、家内はそれを生のまま口にした。当然渋みはあったらしいが、どうやら死ぬことも救急車でかつぎこまれることもなく「毒見」としては、オーケーであった。

 次の問題は味である。これは調理してみなければ分からない。そこで、孟宗竹の筍と同じようように糠で処理したものが下の写真である。

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これを材料に料理してもらったのが、下の写真である。

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 今晩の夕食のひとつに出てきた。結構、美味な料理になったものでした。

 3-4年前からこの事実を知っていたら、3-4年前からこの季節の味が楽しめたものに、知らなかったため捨ててばかり出来たことが残念である。

 この竹の正体は、どうやら、一般的な「マダケ(真竹)」のようである。はじめは「破竹」かともオも他が、Wiki などの記載を見てみて、皮の色具合から、破竹ではなくマダケと今は思っている。

 もう少し残っているので、明日は、木の芽和えでもしようかな、という話になっている。その木の芽も我が家の敷地内にあるもので、マダケの出てきたところの近くに植えているものである。

 

 

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2009年5月 4日 (月)

早速住基カードでの「本人確認」を断られた

 運転免許証を持っていないものにとっては、本人確認の書類を持って歩くことは面倒である。そこで、先日(4月24日ころ)、写真つきの新住基カードを入手した。この新住基カードは、総務省に撚れば、「本人確認機能を強化した新しいICチップつきの住民基本台帳カード」ということになる。

 住基カードで本人確認をやってみた。最初は、ある大学の図書館利用証の発行時に本人確認(住所確認?)が必要であった。住基カードを出したところ、何も言わずOKであった。

 2回目の住基カードの使用の機会が今日来た。携帯電話の機種変更である。ある携帯電話会社(ここではX社ということにする)のショップのことである。携帯電話の機種変更をうるさく迫ってくるX社である。古い機種を使っているせいである。電話機能以外は一切いらない。しかも電話をかけることも少なく、かかってくることもない。それでも機種変更しろとうるさい。

 しかたないので、用事のついでに、X社系列のショップに行ってみた。機種変更にポイントも利用可能で、ポイントがいくらたまっているかをみるのに本人確認が必要であった。そのときに住基カードを出したら、「X社本社から、住基カードはダメです、との指令です」ということ。ダメな理由はショップの方でも分からない、とのこと。まさしく理解不能などこかの国のごとくである。ポイントもみれないのであれば、機種交換も無理なので、そそくさとお店から撤退した。

 住基カードを本人確認に使えないようなX社に将来性に疑いがでる。別の会社に変えようかな、とお店をでるときにいったような気がする。

 総務省のお墨付きのカードであり、しかも、私の写真つきICチップつきの新住基カードであっても「本人確認に『日本の役所』の書類はダメだ」といっているような会社は、いかんとも理解しにくい。X社のお国はどこなのか、といいたくなる。CMでは動物も家族(父親=つまり日本人、でしょう)の会社は、「本当の日本人」を差別しているとしか言い様用がない。

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2009年5月 1日 (金)

京都春の古本市に行ってきました(09-5-1)

 京都では年に3回古本市がある。正確に言うと古本市ではなく「古書大即売会」である。春は大体5月初め、夏は8月中旬、秋は11月の初め、という年3回である。今回は、みやこめっせという屋内会場で開催されており、他の2回は屋外で開催される。

 ここ数年毎回参加してみて、3回のうち春の古本市が一番充実している感じがしている。会場が屋内であるせいか、本屋さんも出店しやすいのか、本も多いし、また、内容のいい本が多い。このところ、夏、秋は何も買わないで帰ってくることが続いていたので、今回こそは何とかしていいものを探そうという気持ちがあった。

 その春の古本市は今日から始まったが、その今日の未明に、新型インフルエンザの疑いのある人が出たと厚労省の発表があった。ついに、日本にも、ウイルスが侵入しているかもしてない、という心配が出たし、人の大勢集まる会場だし、本もほごれているので、会場ではマスクをすることにした。

 数日前に、ドラッグストアでマスクを購入しようと思ったら既にほとんど売り切れ。みんな早々と対応されておられる。

 これはみんなが「冷静に」対応した結果でしょうと思うが、ちなみに、このところ、放送関係、政府関係者がテレビで「冷静に」という単語を発するごとにカリカリしている。全く何も意味する内容が無い「冷静に」という単語をいかにも物知り顔に発している連中の神経が分からない。コメンテーターが『こういう話には「冷静に」対応することが必要で・・・』と新しいニュースに対してどうコメントしてよいか分からないまま、慌てふためいて『「冷静に、冷静に」対応する必要があります』、などといっているのは、徒然草の世界を思い出すようで、おかしくて仕方ない。とにかく、「冷静に」という言葉をつかわないで、冷静に考えて、もっと適切な意味にある単語を発してほしい。

 ということでマスクは購入できなかったが、家に花粉症対策のためのマスクがなんとかあったので「冷静に」それをもっていくことにした。会場前でマスクをつけて入ったところ、同じように、「冷静に」マスクをしている人もちらほら出会って、変に少し安心した。

 春の古本市としては、例年になく人も多かったようで、また、皆さんたくさん購入しておられたようであった。その理由をつらつら考えて、今年はゴールデンウィーク中家にいる人が多いためなのか、テレビが面白くないのでその代わりのものを探そうとやってきた人が多いのか、団塊の世代が退職し暇で仕方ないので古本を求めにやってきたのか(私もその範疇に入るのかもしれないが)、などの理由が浮かんできたが、客にインタビューするわけにもいかない。

 とにかく、私も2時間じっくり探して(例年なら1時間強程度か)、8冊9000円分購入した。じっくり探した割には購入したものが少なく、また、レパートリーを見てもきわめて狭い幅に集約されているな、という感じが多いしている。まあ『深く』読書をしている証しでしょう、と家内に慰められて帰ってきた次第であった。

 

 

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