カテゴリー「住まい・インテリア」の18件の記事

2011年10月 7日 (金)

床上の電気コードに足がとられないように

 いろんな電気製品が増えてきて、節電のこの夏は扇風機まで増えた家も多いことと思う。また、冬になると我が家ではガスファンヒーターを良く使う。ガスファンヒーターにはガスコードと電気コードの2本をつけなければならない。

 このように電気製品などが多くなればなるほど困るのは、床上の電気コードに足を引っかけてしまうことである。我が家も高齢化してきて足が十分にあがらなくて電気コードを引っ掛けることがしばしばあり、何回ひやりとするような状況になってきた。

 それならば、電気コードを床下にでも隠せば良かろうにと思うが、電気製品の利用の仕方を考えるとそうも行かないし、工事をするのも大変だ。

 ここ数年ずっとどうすれば良いか考えていて妙案は浮かばなかった。電気コードを覆うプラスチック製のものがないかホームセンターに探しにいったこともあった。しかし、これはと思うものはみつからなかった。

 先日、台所などでよく使う小さめのじゅうたんが目に入った。60x40cm程度のものである。それを、電気コード、ガスコードの上に置いたらどうだろうかと思い、早速家人の許可も得ておいたところ足が引っかかってしまう可能性がなくなってきた。

 何年も考えていたことが簡単に片付き、以前と比べはるかに快適で喜んでいる。それと同時に、こうした当たり前みたいなことになぜ気がつかなかったのか、と頭の悪さを痛感している次第である。

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2006年2月24日 (金)

最初の開花 馬酔木

 今の家に引越してきたのが、昨年のコールデン・ウィークの真っ只中である。そして、そろそろ一年になろうとしている。引越し後、家の敷地内の樹木、草木について興味を持って、いろいろリストを作成してきたものである。こうして一年近く経ったのではあるが、今年の冬は特に寒く、どうなることかと思っていたが、高断熱のプレハブ家の部屋では、その寒さもやわらいで、改めて、よかったと思っている。

 ただ、ひとつだけ分かっていないのがある。今年のこういう寒さで、敷地内の樹木、草木もほとんど冬の冬眠に入ったままで、このところ寒さが少しやわらいできたものの、いまだに眠ったままである。いつごろの時期から、どういう花が、どういう順序で咲いていくのか、ということについては、未体験のことである。すなわち、2-3月ごろの樹木、草木の動きが未経験のことなのだ。そういうことで、花が咲くのは今か今か、と待っている。私も好きな梅の花は早春の花であるので、それが最初に咲くのでは、と思ってみるもののわが敷地には残念ながら梅の木はない。モクレンの木があるが、それは大きなつぼみをつけたままで、いつ咲こうかという表情をしているものの、桜の少し前の開花の時期なのでまだもう少し先のことである。

 昨年、敷地内の樹木のリストを作っていたときにこんなに早く花が咲くものがあるのか、と思ったのが、馬酔木である。そういうことで、馬酔木の花の開花を今か今かと待っていたのであるが、昨日今日、ついに咲き始めた。その可憐な花を写真に収めたので、見ていただきたい。レンズはTamronの90mm(カメラはニコンD70)です。

椿も昨年11月ごろから季節を忘れたかのように1-2輪咲いていたが、このところ改めて1輪咲いていたので一緒に写真に収めました。

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2006年1月 7日 (土)

新居におけるこの寒い冬の気温と室温の記録

 昨年春、新居を新築し、昨年5月に引越してきた。新居を建てるにあたって最も重要視したことは「高断熱の家」ということであった。このことはすでにホームページに記載している(「とんぼナックの新居建設の記」)。高断熱のおかげだと思うが、昨年の夏は結局、室内最高気温が32℃どまりで、エアコンを稼動させなくても済んだ。

 問題は冬の寒さはどの程度であるかということであった。本来ならば、冬が全部終わって春になったときに振り返ってみるのがよいのであろうが、この冬は昨年12月にすでに通常の真冬以下の気温を記録しているので、今の時点で振り返っても良いであろうと思われる。

 そういうことで、この11~12月の気温について以下のように検討した。住んでいるところは京都市なので、京都地方気象台の記録が京都市の気温として記録される。京都地方気象台は住所は「京都市中京区西ノ京笠殿町38」となっている。丸太町と御池の間で西大路よりは少し東に入ったところと思われる(http://www.osaka-jma.go.jp/kyoto/kyoto11.html)。私の住んでいるところは左京区なので京都地方気象台の北東にあたる。そして、私の住んでいる地域を口にするだけで、そこは寒いところですね、と皆から異口同音に言われる。じゃあ京都地方気象台と比べ何度低いと思いますか、と質問してもみんな「うむー」と唸ってしまい、1℃、2℃、....という数字を苦し紛れに出すだけで埒が明かない。また、そういう数字も数字だけで、どの程度実感として寒いのかわからないのである。

 そこで、私としては、百葉箱は高価で(10万円以上するらしい)場所も取るので、新居の北側に(陽の当たらないところに)最高最低温度計を置くことにした。ほぼ毎日測定することにした。その結果、グラフのようになった(グラフをクリックすると拡大グラフが表示される)。11月26日から12月29日までの気温である。京都地方気象台と比べ、平均して -0.7℃(最高気温)、-0.8℃(最低気温)の差となった。こういう数字が出たが実感としてどの程度の差かやはりはっきりしない。ただ、みんながおどろおどろしく言うような寒さではないな、という感じで、「少々ひんやりする」という表現が適切かとも思う。

 そういう外気温であったが問題はやはり室内気温である。もともと新居を建てたのはあるハウス・メーカーであるが、そこと契約するまえにインターネットでいろんな体験談を読んでいた。たしか長野県の方だったと思うが、そこでは、そのハウス・メーカーの建てた家で室内温度は10℃以下にはならないという報告があって期待はしていたが、長野県の仕様だと一段の高断熱化(寒冷地仕様)がしてあると思われるので、京都ではどうであるかがやはり心配であった。

 そこで、ほぼ毎日、朝一番(大体は6時半)、私が作業場にしている1階の洋間の温度を測定した。その結果をグラフで示した。明らかに10℃以上の室内温度であった。より正確な状況を示すと、就寝するまではその部屋も暖房しているので20℃前後になっている。その後暖房をOFFにして寝室で寝るのであるが、朝までゆっくりと温度が下がっていっているのである。しかし外気温が -4.0℃(我が家のこの冬の最低気温)まで下がっていても、室内は10℃以下にはなっていないのである。

 いずれにしても、引越し前に住んでいた家では外気温と室内温度にこんな差があったような記憶がない。前の家の寝室では、オイル・ヒーターを12年近く使っていたのであるが、夜中にオイル・ヒーターのバイメタルがON/OFFを繰り返すことは一度も経験したことがなかった。新居でそのオイル・ヒーターのバイメタルが頻繁にON/OFFを繰り返しているのに気づいたとき、このオイル・ヒーターもまともに温度のレギュレーションをしているのだと始めて認識したものである。それほど前の家と今度の新居で大きな差が出てきた。

 今は1月の初めであるが、この冬はすでに十分寒いので、3月までこれ以上の寒さにはならないと思うしひと安心である。これで、一番心配していた暖房面については計画通りにうまくいったと思われる。

 「とんぼナックの新居建設の記」で述べたように、通常の工務店で建築していたら、どの工務店でも断熱材の量がわずかで、また、窓ガラスも複層ガラスではなくせいぜいペアガラスで断熱効果の低いもので、建築後に工務店と大喧嘩をしていたと思われる。実際、どの工務店でも私の希望する断熱材の量は拒否されたし複層ガラス自身も拒否された。ひどいところになるとペアガラスを提案されたこともあるが、それは見かけのみのペアガラスで、一枚ガラス用仕様の窓ガラス枠に無理してガラスを二枚押し入れたいうお粗末なものもあった。

 新居については、あとは、地震の心配である。これもハウス・メーカーのほうは、阪神震災の経験などから太鼓判を押しているようであるが、そういう安全を求めるのは当然としても、二度と阪神震災なみあるいはそれ以上の地震が来ないことを祈るばかりだ。

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  (グラフのクリックで拡大します)

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2005年10月13日 (木)

引越ししていつも聞かれる質問

 今年5月に新居に引越して5ヶ月たったが、いつも聞かれる質問が2つある。ひとつは商品の配達時に家の場所を聞かれることと、もうひとつは電話番号のことである。

 まず、配達時に家の場所を聞かれることであるが、世の中には詳細な地図が販売されており、居住者の苗字を地図に割り当てているものがある。どこがどう販売しているものか知らないが。問題はその地図に我が家が載っていないことである。新規造成地ではなく、土地の区画は以前からあったが、しばらくの間空き家同然だったので、地図上では我が家には苗字を割り当ててなく空白になっているのである。

 配達を依頼した場合にはいつも電話がかかってくる。ひどいのになると、どういう家ですか、アパートですか、マンションですか、一戸建てですかといきなり家の素性を詳細に聞いてきてびっくりする。何を知りたいのかと思ってしまう。個人情報保護法が施行されているにそういう個人情報をなぜ聞いてくるのかとその感覚を疑ったりもする。いぶかしがられているという気持ちになりいやな思いもしたこともあった。そのうち、配達する人も大変なのだとわかり、そういう質問に対しては、お隣さんが何々さん、反対側のお隣さんが何々さん、お向かいが何々さんと、周辺の何軒かの苗字を連呼するようになった。それで初めてわかってくれる人も多く面倒なものだ。引越しして何ヶ月もたつのにまだ地図が更新されないのか、いつになったら更新してくれるのか、と思いながらもこれも個人情報なので我慢するしかないと思ったりもする。個人情報保護法が施行されたので、もし今後このような地図は販売されない、あるいは更新されないとなるとずっとこのままで、やはり面倒だと思ったりもする。

 それに拍車をかけて問題なのは、住所の番地では家が同定しにくいということである。つまり、番地の順番には家が並んでいないということである。なぜそうなるのか、さっぱりわからないが、太平洋戦争で空襲を受けていない町なので更地にはならなかったのも原因のひとつかもしれない。こういう場合は、苗字を記載した地図に同時に番地の数字も記載してくれるほうがずっとわかりやすいと思う。なぜ記載されていないのかも不思議に思われる。1970年代にカナダのトロントに住んだことがある。そこでは家自体に番地が記載してある。どの家でも家の外壁に番地を書いたものを貼り付けてある。その数字だけ辿っていけば間違うことなく住所にかいてある家にたどりつけるという次第だ。日本でも法律で義務づけたらどうだろうかと思う。国会議員や地方議員は外国視察がお好きなようであるが、そういうことを勉強することはないのであろうか。日本もIT化にともない生活圏が拡大しているので、そういうことも真剣に考える必要がでてくるのではなかろうか。

 そういうときに、先日うまく家を探し当ててくる配達担当の赤帽さんがいた。地図を見たら私の苗字がなかったので、空白のところがそうではなかろうかと思ってきたら、表札に私の苗字がかいてあり辿りついた、ということである。日本に住む限りこれぐらいの推理を働かせてないと商売にならない、ということであろうか。こういう賢い赤帽さんがいてほっとしたものである。

 もうひとつの受ける質問は電話番号である。新居に引越しするのを機会に、固定電話は契約しないでひかり電話(NTTの光ファイバー網を使ったIP電話)にしようと考えていた。5月が引越しであり、その当時光ファイバーは開通していたが、ひかり電話が使用可能になるのはもうすこし遅くなるということであった。その間はプロバイダー提供のIP電話を使用した。6月下旬になり、無事ひかり電話が開通した。

 ひかり電話では市外局番は固定電話の市外局番と同じものが使えるので安心していた。しかし、近くのお店で物を購入したときや、何か連絡をしてもらうのにひかり電話の番号を伝えると必ずといってよいほど質問が来る。市内局番が○○○とはどうしてですか、この地域では市内局番はだいたい△△△となっているのですが、という質問である。ひかり電話にした時に△△△の市内局番はもらえなかったのですと説明すると納得してもらえる。しかし、毎回その説明をするのが面倒なのである。固定電話を契約しているときに、固定電話を廃止しひかり電話にする、というのであれば、固定電話で使用していた市内局番や4桁の電話番号をそのまま継続してひかり電話でも使用できるが、固定電話を契約せずにひかり電話をつけた場合は固定電話風の市内局番がもらえないのだった。説明すると納得してくれるのでややこしくはないのであるが、商売する人はこういうことまで気にしているのか、と当たり前とはいえ、直接には客相手の商売をしていなかったものとしては感心する面もある。

 そういう話とは反対の話も2つほど経験した。ひかり電話が開通するまでプロバイダーのIP電話を利用していたときのことである。そのIP電話の番号は市外局番に相当する部分が050となっている。文房具の通信販売のサイトで生じたトラブルである。自宅電話番号を入力する画面で050から始まる番号を入力したが拒絶されて注文すら受け付けてくれなかった。今でも固定電話に拘る会社とはどういうものかと思ったが、商売したくないらしい会社なのでそのままにした。ひかり電話にしてから再びそのサイトにアクセスしてみた。自宅電話番号にひかり電話番号を入力した。今度は注文が通った。ひかり電話もIP電話なのになぜ今度はOKなのかという感じを持った。相変わらず変な会社であることは確かである。

 もうひとつのケースは、5月か6月にある携帯会社に住所変更の登録をしたときのことである。電話番号の変更も必要になるので自宅電話番号としてIP電話番号を伝えたら、それダメとのこと。固定電話の番号でなければいけないらしい。自宅にはそのIP電話番号しかないと話してもダメの一本やりで、会社の電話番号とか何かないかということであった。そこで、もうすぐ退職するがその会社の電話番号でもよいかというとなぜかOKになった。固定電話神話の虜になっている携帯会社、ということで、携帯会社としては自立できない会社だなと思った。落ち目の会社になるしかない会社だなと思った。実際その会社の業績は良くない。

 以上、引越ししてのいくつかの話題である。いくつか理解に苦しむことがあり、ささやかなものでもこういう改革が出来ないといずれ取り残されているのであろうなと思った。

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2005年9月26日 (月)

新居のグリーンカーテン化とサル出没情報

 今年3月新居が完成し、5月連休に引越してきた。その経緯については「とんぼナックの新居建築の記」に記載した。

 新居の建築で大切にしたのは、高断熱・高気密の家ということであった。地元の工務店と相談していたとき、「次世代省エネ基準」をクリアすることをお願いしたのに対してどこの工務店も相手にしてくれなかった。「公庫基準」はクリアするのがせいぜいで、その間の等級である「新省エネ基準」すら満たしてくれなかった。大手ハウスメーカーの中でもせいぜい新省エネ基準で次世代省エネ基準は無理だというところもあった。結果的に、次世代省エネ基準を満たしていないところはご遠慮願うことになったが、こうして新築した次世代省エネ基準の家がこの夏快適であったかどうか、が一番心配なところであった。今年の夏は暑い夏ではあったが、最高気温も京都にしては36℃台どまりで、覚悟していた38℃までは至らなかった。家の中も高断熱・高気密であるせいか室内温度はさほど変化がなく、外気温が36℃台であっても壁焼けすることもなく、したがって、夕方のある我慢できない暑苦しさ(室内での話)を経験することもなく彼岸を迎えた。そしてクーラーをつけることほとんどなかった(寝室は別である)。引越しする前にすんでいた家では「とんぼナックの新居建築の記」に記載したように毎年暑さでうだっていたのとは大違いであった。

これですべてが万々歳であったかというと、すこし心配がある。外気温がもう一段高かった場合は部屋によっては暑苦しさを感じていたと思われる。どういうことかというと、敷地内には何本もの植木が植わっている。これは30年以上前から植わっているもので、モクレンにいたっては相当の高木になってきていた。そういう植木が近くにある部屋と、近くに植木がない部屋とで凌ぎやすさがどうやら違いそうなのである。近くに植木がない部屋では外気温が38℃にもなるとそうとか暑苦しくなりそうだ。

 今年の夏もニュースその他で、都会のヒートアイランド現象の対策としてグリーンのカーテン化の試みが報道されていた。グリーンのカーテンとはつる性植物のカーテンのことらしい。近所を見渡すとそういうカーテンを儲けている家もあった。しかし、そういうカーテンについては来年また考えるとして、近くに植木がない部屋については、一種のグリーンのカーテン化として早く植樹をしなければ、ということになった。彼岸過ぎるまでは植樹には適さないし、園芸店に出向いてもめぼしいものはおいていない。したがって、彼岸まで待って植木を購入した。造園家であったらどこに何を植えてということをいろいろ考えるのであろうが、園芸店においてあるもので、適当に、本当に適当に数本選んだ。それが、ハナミズキ、ヨシノザクラ、プルーンとビックリグミであった。なんという組み合わせか、まあそれは言わないことにした。このように第一弾の手当ては終了した。第二弾はもともと植えたかったウメの木の物色して植えようと思っている。今回は入手出来なかったのだった。

 こうして植木もそろった。敷地内に少しではあるが設けていた家庭菜園も9月のはじめから4種類のタネをまき本葉がそろそろ出てきている。生まれてこの年(57歳近く)になるまで全く菜園をしたことはない全くの「若葉マーク」である。どうなることか。全くの我流で、ときどき本とつきあわせてやっているが、無事育ってくれることかどうか。失敗談でもあればまたブログのネタになるのであろう。

 そういう家庭菜園(以下、畑と書く)で双葉、本葉がでてくるのを楽しみにしているのであるが、この1ヶ月の間、2回程度、畑が荒らされているのである。最初の時はネコが畑を歩いたのかなというような足跡であった。しかし、先日の分は違った。足跡ははっきりとはわからないのであるが、畑の盛り土がところどころ崩されている。発芽して双葉が大きくなったところはごっそりと崩されていた。ネコにしてはいたずらがひどい感じであった。気持ちが悪いが我慢してそのままにしていた。

 数日後、近くの理髪店できいた話。最近、朝6時ごろサルが10-20匹出没したという話であった。子を抱いたサルもいたとか。場所的に比叡山に近いことからサルの出没はありうることと思っていた。時期的にもサルの出没時期と畑が荒らされていた時間が近いのである。さては我が家にもサルが出没したのかのだろうか。引越してくるまで知らなかったが、こういうことは年に数回はあるらしい。我が家より500メートルはなれた有名なお寺のあたりはしょっちゅう出没しているそうで、そのあたりの畑ではサルとの格闘しているそうである。京都の街中ではあるが、とうとうサルの話が現実的になってきた。家内からは畑あらしの犯人をみつけるようにとの命令が出いている。ロボットで、侵入者がいたら通知してくれるというものが販売されたか、販売されるらしい。そういうものが今あればと思ってしまう。

 そういう騒ぎはあるものの「若葉マーク」の私としては、畑の苗が育ってくれるのをただただ祈っている。そして、植樹した木が大きくなり、サクラ・ハナミズキが咲き、グミに実がつくことを。

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2005年9月 3日 (土)

新居での玉虫(ヤマトタマムシ)

 今の新居に引越ししたのが今年の5月であった。新居には、少しばかりではあるが、園芸ができる場所(畑?)を確保していた。引越し後、家の中の整理でばたばたしているときに、今度は、長年勤めていた会社を7月に早期退職してしまった。次の予定は全く無いまま、早い目の「定年」後の生活に入った。しかし、この間、畑のことは放ったらかしで、雑草も生えるままになっていた。野菜類は春に種まきなどをするものが多く、夏はほとんどないことを言い訳にして。そして、団塊世代の人間のいち早い定年であるが、退職後・退職後の晴耕雨読とは名ばかりでさぼってばかりしている状態であった。

 9月が近づいてきて、そろそろ秋口の種まきするシーズンであるということになって、まだ、暑い中、一念発起して、手付かずにしていた畑を整備して、種まきができるようにと準備していた。新居では、いくつもの動物が飛来してきて、季節の折々に、いろんな楽しみを与えてくれている。いろんな草木が生えていて、家内もそれぞれの名前の同定に毎日必死に図鑑とにらめっことしている。そして、いままで、騒々しかったセミも何とか静かになり、秋の虫がそろそろ合唱を開始したような時期となってきた。

 畑仕事もひと段落した今日、今日の作業の状況を家内と確認するつもりでぶらぶらしていたときに、何かの昆虫の飛来があった。近くの駐車してあった黒いワゴン車に一旦止まった。大きめの昆虫であった。あまり昆虫一般に造詣がないが、カナブンのような感じもするが、カナブンよりは大きく、そして、カナブンよりスマートで、また、色が綺麗であった。すぐにワゴン車を飛び立って、しばらくその場のへんを何周も飛び回った。飛んだ時の色も綺麗であった。その時、家内が「タマムシだ」と叫んだ。近くで、ワゴン車の持ち主だろうか近くで建築工事をしていた人もちょうど昼休みで休んでいたが、我々の注目物に目を奪われていた。
 何とかして捕まえたいとは思ったものの、虫の好きなようにしていた。そのうち、どこかに飛んでいってしまった。 すぐ家に入りインターネットで検索してみた。「ヤマトタマムシ」に違いないと思った。体長もちょうど3-4cmであった。参考サイトはhttp://www.tbs.co.jp/seibutsu/zukan/insect/htmls/insect_29.htmlである。そのサイトの記載を引用させてもらうと、「きらびやかな色合いは、鳥をおびえさせる効果があると言われる」というくだりがあった。まさに、トリをおびえさせるほどの豪快な舞であった。
 住んでいるところは、京都市内である。その街中で、タマムシが見られようとは。かつて、法隆寺の玉虫厨子のわずかに残った玉虫の綺麗さに感動したもので、厨子全体が玉虫に覆われているをの見たらどんな感じになるだろう、想像もできない、と思ったものだった。その玉虫の宙の舞を拝見させていただいて、朝からの畑仕事が報われたような感じになった。

 そして今日は、畑には、以前ブログにかいたアマガエル(どうやら「ニホンアマガエル」だったようだ)のほかに、トノサマガエルも訪問してくれていた。

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2005年8月20日 (土)

新居でのツクツクボウシ

京都五山の送り火も終わり、この一週間、ツクツクボウシが新居で聞けるようになりました。また本格的ではなかったものの、今日当たりはしきりに鳴き出しました。ツクツクボウシが鳴くと秋がやってくると思っていましたが、その通りのようです。

こうして、今年の新居での夏は、ヒグラシに始まってツクツクボウシで終わりかかっています。

新居には緑が多いのでヒグラシからツクツクボウシが聞けますが、町の中、ヒートアイランド化している下町・オフィス街では、それこそ、アブラゼミの大合唱です。その他のセミのかげもありません。生態学的にどういうすみわけになっているのでしょうか。ヒートアイランドに強い遺伝子でも持っているのでしょうか。いつも不思議に思うことです。新居でもアブラゼミの声は結構聞きますが大合唱という感じではありません。

参考:ツクツクボウシ

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2005年8月17日 (水)

京都五山の送り火見学と思い出

 昨日約25年ぶりに京都五山の送り火をみた。30年前の大学生のころは大文字保存会のメンバーのお宅に下宿していたこともあって時々大文字に登ったりしていた。今では、送り火の当日は登山禁止になっている思われるが、その当時は大文字の送り火というものは山に登ってすべてをみることができた。人の丈ほどある井桁につみあげた薪・護摩木に火をつけるのであるが、そばでみているとけっこう迫力のあるものであった。その当時でも火床の維持は大変で、半年もまえから整備をしているようであったが、何をしているのかは下宿人にはさっぱりわからないままであった。終了後、時々鯖寿司のおすそ分けをいただき、京都の名物のひとつである鯖寿司を、これが鯖寿司かと思いながらおいしく食べたものだった。

 8月16日が送り火の当日であるが、夏といってもそろそろ天候が不安定になる時期であり、毎年やきもきするもので、ひと雨あった後は薪の燃える勢いも心細く途中で消えないかなと心配するものである。ある年は、作新学院の若きエースであった怪物江川卓選手が台風が接近している中で行なっている試合が気になって仕方ないまま、大文字の登山見学をしたものであった。このように、私にとっての大文字は、遠くから見るものではなく、近くで見学するものであった。

 その後、市内の中心部のマンション(?)と称する2階建てのアパートに一時住むことになり、その屋上(3階に相当する)で毎年、五山の送り火を楽しんだ。その当時は、京都市内は視界をさえぎるものもなく、五山の全部が低い屋上からでも見学できたものであった。

 そのアパートを離れて約25年になるが、毎年8月16日は気になるものの改めて見学に行くほどのことには思わず、テレビ・ニュースで報道されるのでそれをみては見物にいったような気分になった。そして知らぬ間に時間が経ったものである。

 今年は、新居もできて引越しした。近くに、松ヶ崎の妙法の送り火があり、久しぶりで見物に行くことにした。妙法の字は北山通りからすぐ手が届くような感じの山にあり、また「妙」「法」の2文字で妙法の送り火となるが、あまりに近すぎて2文字を同時に見ることはできない、2つの山の周縁を回るように移動しなければみることはできない、ということは下調べでわかっていた。また、北山通りからは大文字は山に隠れて見えないし、他も見えるはずが無いということで、「妙」か「法」のいずれかが見えればそれで十分という覚悟でカメラ・三脚を片手に見物に出かけていった。そして「法」の字がみえる場所で待機した。

 今年の送り火は雨の心配がなく8時10分の時間通りに「法」の字が点火された。5分ぐらいみんなもその様子を見ていたであろうか。その直後「民族大移動」が始まった。多くの人が「妙」の字がみえる場所に移動を開始したような動きであった。初めてのことで何がなんだかわからなまま、人の動きについて行った。5分程度ですべてが終わってしまうのに、また「法」から「妙」に移動するには、近いとはいえ10分は十分かかる距離なのに、と思いながらついていった。途中では逆方向に移動している人たちにたくさん出会った。やっと「妙」の字が目の前に大きく浮かび上がった。ばんざーぃであった。しかし、火の勢いはすでにかなり衰えていた。逆向きに移動していた人は「妙」から「法」への移動であったのか。

 向きを変えて遠くを見ると、期待していなかった「船形」が目に入ってきた。「妙法」に5分遅れの点火であるせいかまだ最盛期ではっきりと目に入ってきた。

 このように京都五山の送り火の見学の仕方にはいろいろある。直接登山してみる見方(現在では当日の登山は禁止であることが残念)、五山の全部を展望する見方、今年のように追っかけしてみる見方。どの見方にせよスケールの大きい火祭りであり、霊験あらたかなきもちになるとともに晴れ晴れする思いがするものであるが、今年経験した「追っかけ送り火」もこの道の通のやるような感じであり、風情のあるものであった。

参考:http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/gozan/02.html

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2005年8月15日 (月)

新居の酸性雨と政治雑感

 みどりの多い環境のよい新居に引越してきて数ヶ月経とうとしている。敷地内の草木についてはいろいろ目を楽しませてくれるような日々を送っていた。

 そのうちアサガオがたくさん花を咲かせるようになってきた。ある朝、咲いた花の数を数えていた。そのときに異変に気づいた。明け方雨が少し降ったようである。アサガオの花に水玉がついていた。よく見ると、花びらで水玉のついているところの色が変わっていた。どの花もそうなのかと思って20個くらい咲いているアサガオを観察したところ、白いアサガオ、青色のアサガオ、赤色のアサガオの全部で花の色が変わっていた。まさか、酸性雨ではと思ったが、酸性雨なんか昔の話ではないかと思いつつ、インターネットで検索した。やはり、酸性雨が原因であった。「アサガオは酸性雨のリトマス紙」という言葉があるほど有名な現象であり、小中学生の格好の教材(?)にもなっているよう感じであった。DSC_0036B実際に、水玉をリトマス紙で測ってみたところ明らかに酸性であった。

 酸性雨が社会問題になって何十年経つであろうか。それなりの努力がされたであろうが、酸性雨の問題は国境を超えた問題になっているようにも聞いたことがある。日本だけでは解決困難な問題となっているようである。しかし、酸性雨の問題自体は厳然として存在しているし、環境破壊などに通ずる深刻な問題である。行政の側の無作為的なものを感じても不思議ではないだろう。

 ここで思い出すのは、エイズと今改めて問題視されているアスベストの問題である。エイズの場合も、それがウイルスの感染病ということがわかった後においても、血友病患者に対して輸血治療を実施していた。患者は当然エイズを発症するであろうと、少しでも勉強したことのある人であれば容易に想像されるようなことを平気で実施していた。それしか血友病患者を救う道はないということで。あまりにもかわいそうではないか、別の方法はないかと思ったものではあるが。それがお役人の無作為であること、そして、御用学者の企業よりの無作為であることがわかったのはその後大分たってからであった。

 アスベストの問題も、それが過去に一旦問題視されたときは、それ以外に手段はないとか、解体のとき以外は大丈夫だとか、問題の先送り、経済優先、くさいものには蓋、という対応であり、無作為的なものを多くの人が感じていたのではないだろうか。

 酸性雨、アスベスト、エイズ以外にもまだ表面化していない問題が隠れていないだろうか。ホルマリンの問題も本当に解決したのであろうか。今回、新居を新築するときに、ホルマリンの量を極力減らした部材が用いられていることをハウスメーカーからしきりに聞いた。しかし、ホルマリンをゼロにすることはできないということだそうである。その限度域は本当に安全なのであろうか。アスベストと同様に、それしかないとか、それをはずすと経済が停滞するとか言う理由で無作為状態が生まれてはいないだろうか心配しているのである。この数年、グローバリゼーション、構造改革と称して、効率化を合言葉に、為政者にとって敵となるような意見を抹殺してしまう、という経済優先の風潮が政治的に浸透しつつあり、リーダーシップを発揮するには多数決で敵の意見を抹殺するのが正義であるかのごとく扱われている。政治の世界ではそういう風潮は権力闘争なので当然だと居直ってそれを支持する風潮があり、また、支持率からみても、そういう風潮を支持している数字が出ている。そういう風潮ではなく、マイナーな意見に謙虚に耳を傾け、無作為状態にならずに、真摯に問題に対応して解決していこうとする姿勢が失われようとしないことを祈るだけである。フロンガスも一時問題視された。これは国際的な動きとして対応しようとしているので、経済優先のグローバリゼーションから外れるため遅々とはしているがなんとか目的のものに対応しているようである。

 国民の税金は、国民が健康な幸せな人生を送られるようにも当然使われるべきである。しかし、いろんな問題があるにもかかわらず、そういうことに蓋をし、何に税金が使われているかわからない状態で、「小さな政府、小さな政府」と連呼し、相手を抹殺してしまう、という手法をとるのは、たとえそれが、違法ではないとしても、どこか違うんじゃないの、と言いたくもなるであろう。

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2005年8月11日 (木)

一羽のトリの訪問

とんぼナックのhomepage中の「とんぼナックのエッセイ」に、ブログ記事「新居のスズメ 」 2005年8月 3日 (水)を書き直したエッセイ「一羽のトリの訪問」を載せましたので、興味があれば見てください。

http://homepage1.nifty.com/tombonak/essay/essay_index.html

http://homepage1.nifty.com/tombonak/essay/essay_bird.html

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