カテゴリー「グルメ・クッキング」の16件の記事

2009年9月 7日 (月)

15年前のホームベーカリーの部品(パンケース、ハネ)交換

 長年、我が家では食パンは家のホームベーカリーで焼いている。14-15年前の製品である。一度も故障することもなく使ってきた。

 最近、焼き上がりのパンをホームベーカリーから取出すときなかなか出てこなくなって四苦八苦することが多くなっていた。パンがホームベーカリーの窯(パンケースというらしい)や、パンケースについている攪拌のためのハネにしっかりこびりついて離れず、取出しにくくなっていた。

 そこで、早速メーカーの「お客様ご相談センター」に電話した。過去にもそこの会社(P社)に別の製品の件で電話をかけて、何度も嫌な思いをしたことがある。今回もそれを覚悟をして電話をしてみた。症状を言ったらすぐに「フッ素コートがだめになっているので、パンケースとハネを交換する必要があります。電気屋さんに言って部品を購入してください」とのことで、かなりいい感じで応対していただいた。ただし、こちらは、「故障なので修理に出す必要があろう」と思っていたのに、「部品を入手して部品を交換してください」という話には驚いた。しかも、もうひとつ部品「主軸受け」というものがあって、パンケースにそれがネジ止めされているらしい。なにしろ、パン焼き作業は家内が15年間やっていて、私は一度もやったことがない。そういう人間が電話で話をするのであるから、時々理解困難なことが出てくる。どうやら主軸受けは大丈夫のようなので、交換の必要な無いが、新規のパンケースに従来の主軸受けをこちらでセットしてくださいとのこと。ネジ止めだけらしいが、なにしろ15年間使い続けてきたのもで、うまくネジが外れて、新しいパンケースに取り付けできるかどうか不安であった。

 だめもとで、パンケース、ハネを注文し、今日入手した。

 早速交換を開始した。パンケースに主軸受けを取り付けようとしたが、主軸受けについているパッキンはいつつぶれるかわからないようなぼろぼろの状態になっているように見えた。しかし、なんとか取り付けが終わった。

 さて、セットされたパンケースをホームベーカリーにセットしようとしたが入らない。どうしたことか。よくみるとわずかに取り付けがずれていた。同封されていたマニュアルらしき小さな紙をよんでみると「パンケースのネジ穴はタップ(ネジ山)は切られていません。(同梱のネジが、ネジ山をきります)」との記載があった。こういう内容は電気製品ではあまり見たことがなくてびっくり。ネジを垂直に締め付けることが必要だったらしい。改めてしっかりと締め直すとなんとかホームベーカリーにセットできた。

 これで大丈夫かと思ったが、主軸受けのパッキンが古かったのでパンケースから水でも漏れたら困るので、もれないことの確認のため、水を入れてみた。そうすると、なんと、パンケースの主軸受けのところから水がわずかながらもれ出ているではないか。パッキンがだめで、ホームセンターで買わなければということを考えていた。

 そのとき、黙って、取り扱い説明書を読んでいた家内が、「もれるのが当然で、取り扱い説明書にもそうかいてある」といいだした。そういう馬鹿なことが、と思ったが、15年前の取り扱い説明書を読んでみると「ご使用に伴い、パンケースの排出口から少量の生地が出てきます。これは、回転部の中に入った生地が回転を妨げように排出させているためで、異常ではありません」とか。なんとややこしや、ややこしや。

 一応これでよし、ということで早速最初の食パンを焼いた。

 単にパンケースとハネを交換しただけであるが、出来上がったパンはふっくら、もちもちとしていて、いままで食べたことない感触のおいしいパンになってきた。なぜだろうか。大成功であった。

 15年前の製品で交換部品がもう置いてないかなとも心配したが、結構15年前のP社の初代の型の部品がその後も共通に使われているので今回部品交換できる、という話であった。ホームベーカリーは長寿の製品のようである。

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2009年5月19日 (火)

マダケの筍料理をしてもらった

 今に家に引越してきて4年になる。引越してきたときから、隣家(Aさん)の竹が我が家に侵入しているらしく、どうしたものかと思い悩んでいた。別のお隣さんもAさんの竹が侵入し、Aさんに伐採の依頼の連絡したこともあるとか。

 我が家の場合はどうしようか思っていて、引越してからは、とりあえず、竹が頭を出してくる頃を狙って、伐採してきた。頭を出してくる初めの頃は手で倒せば簡単に根元から歩キッと折れるのでそれで処理してきた。

 しかし、我が家とAさんとの境界付近の場合は困っていて、それがほっておかれると背丈が高い竹になり、困った個とに、冬場積もった雪で竹が折れて、我が家の敷地に倒れこんでくる、ということがしばしば起こってきた。それでもAさんに連絡するとちゃんと処理をやってもらえるので助かっている。

 今年もその竹が伸びだす時期になってきた。孟宗竹の筍が一般的に八百屋さん、スーパーにおいてあるものであるが、それとは時期が1-2ヶ月ずれていて、特に、雨の後は、竹が伸びだすものである。

 今年は、我が家の敷地内に植えてあるクレマチス・モンタナの区画の手入れということでその区画に関しては畑の土を購入して以前よりはましな区画にしていた。この2-3日雨が降ったが、そのあとで、クレマチスモンタナの区画に行ったところ、あろうことか、隣のAさんのところ由来とおもわれる竹がその区画を狙ったかのごとく2個頭を出しているではないか。雨後の筍、というものである。例年ならば、筍の頭を折って廃棄物処理するはずである、なぜか今年は、食べてみようということになった。家内も以前から食べてみたら、と言っていて、食べられるかどうか分からないが、試しにと言ったところ、早速、家内はそれを生のまま口にした。当然渋みはあったらしいが、どうやら死ぬことも救急車でかつぎこまれることもなく「毒見」としては、オーケーであった。

 次の問題は味である。これは調理してみなければ分からない。そこで、孟宗竹の筍と同じようように糠で処理したものが下の写真である。

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これを材料に料理してもらったのが、下の写真である。

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 今晩の夕食のひとつに出てきた。結構、美味な料理になったものでした。

 3-4年前からこの事実を知っていたら、3-4年前からこの季節の味が楽しめたものに、知らなかったため捨ててばかり出来たことが残念である。

 この竹の正体は、どうやら、一般的な「マダケ(真竹)」のようである。はじめは「破竹」かともオも他が、Wiki などの記載を見てみて、皮の色具合から、破竹ではなくマダケと今は思っている。

 もう少し残っているので、明日は、木の芽和えでもしようかな、という話になっている。その木の芽も我が家の敷地内にあるもので、マダケの出てきたところの近くに植えているものである。

 

 

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2008年7月25日 (金)

緑のカラーピーマン(幼果)の料理

 カラーピーマンを今年の家庭菜園で試しに栽培している。もともとカラーピーマン(パプリカ)を栽培してみようと言うことになったのは、サラダのいろどりとしてパプリカが時々食卓に上っていたのがきっかけである。

 しかし、いざカラーピーマンの種蒔をしたあとでその栽培が難しいことが判明。未熟果の時の緑から色が赤色や黄色に変わっていくのに時間(1ッ月か?)がかかりその間にトラブルに見舞われるらしい(→まだ未経験なので定かではない)。

 そこで、種苗メーカーから勧められているのは、緑のままで収穫することである。家庭菜園を楽しんでいる分にはそれでもよいか、と思っていたが、問題は、緑の未熟カラーピーマンが美味しいかどうかである。もし美味しかったら別に色が付かなくても未熟果のままでよいことになろう。

 先日からわずかばかり(種苗メーカーから勧めに従い)緑のカラーピーマンを収穫している。収穫したものをどのように調理するかであるが、今日、ピーマンの肉詰めで、ピーマンの代わりにカラーピーマンをつかったもの、カラーピーマンの肉詰め、が食卓に出てきた。結構美味しいものになっていた。カラーピーマンは緑色とはいえ肉厚で柔らかいので、ピーマンの肉詰めよりかはずっと美味しいと思った。この分ならば肉詰め以外の料理にも十分使えるだろうと思う。緑の未熟カラーピーマンとして商品としてもやっていけるのではなかろうかと、一ユーザーとしては思ったものである。しかし、商品となると「(実際の味とは無関係の誰かが勝手に決めた)規格がどうとかああとか」うるさいのでしょうね。

 今のところ何とか無事にいてくれているカラーピーマンであるが、今後完熟するまであと約1ッ月。無事でいてくれるかどうか。今日も京都地方は37.7℃。我が家の最高気温は38.2℃(気象台よりは1-2℃低いのが普通であるのであるが今日は違った)。6苗あったカラーピーマンのうちの1苗は昨日この暑さのせいかつぶれてしまった。とはいえ、緑のカラーピーマンでよいのであれば、来年もピーマン代わりにカラーピーマンを栽培してみたい気になってきたところである(過去にピーマン自体を栽培してみようと思ったことは無かったが)。

 

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2007年12月 3日 (月)

一個残った使い道の無い花梨の実

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 今年の春は我が家に庭の花梨の花がたくさん咲き、花梨の実の収穫時は大変になるだろうと思っていた。100個以上実がつきそうな感じであった。

 そのうち、実がまだ小さいころからぼろぽろと落ち始め、初秋時分には20個程度になっていた。それでも、この実が大きくなる頃はどう処分したものかの頭が痛かった。昨年は、初めてのことだったので花梨酒にしたが、結局あまり飲まないで廃棄処分になってしまった。

 11月になってきて、大きくなった実が、風などが強く吹けばれば次々に落ちてくるようになった。しかし、ことしは、花梨酒にする気はないので、奥さんに頼んで、花梨ジャムにしてもらった。ところが、りんごジャム、あんずジャムなどとくらべ、あまり食の進まないものでしかなく、続けて食べるのはしんどい、ということになった。

 仕方ないので残った落ちた実はそのまま置いていたが、段々腐ってきて多くのものが廃棄処分となった。枝についている実も次第に残り少なくなり、いま、一個だけになった(写真参考)。この実は花梨の枝にぶら下がっているのではなく、花梨の枝に座っているようなので落ちにくいのだろうと思う。重さは測っていないがおそらく700-800gはあるものと思われる。しかし使い道が無い。そのうち落ちるだろう。落ちたら廃棄処分の運命か。何か良い利用の仕方は無いものですかね。

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2007年10月20日 (土)

花梨の落果('07-Oct20)

Dsc_00181  昨日は久しぶりで一日中雨であった。結構降った様で、朝、庭木の下を見ると、花梨の実が7個程度落ちていた。

 今年は花梨が4月にたくさんの花を咲かせ、また実もたくさんついた。細い木に50~100個程度ついたようである。これが秋になって全部ソフトボール大になっていくと枝がバリバリに折れるであろうと言う心配があったが、大きくならないうちにぽろぽろと落ちだしていって、この調子だと残るのわずかであろうが昨年の数個よりは多いだろうと思っていた。そのうち、落ちるのも止まって実も段々と大きくなっていて、11月の収穫時にはそこそこの数になるであろうと思っていた矢先、昨日の雨で7個落ちてしまった。残った実を数えたら11個程度になっていた。あわせて18個になりそうである。

 昨日早い目に落ちたものも置いておけば熟成が進むかもしれないのでしばらくは室内で保存である。しかし、困るのは、花梨の実は使い道である。昨年は花梨酒にしたが、あっさりして美味しいのは美味しいのであるが、飽きがくる。砂糖も入れすぎたようで、あまり飲まないでそのままの状態である(今年も一部砂糖を減らして作ってみようかな)。

 残る道は、ジャムにして食べるという方法である。どんなものになるか食べたことがないので分からない。今年は挑戦と行くか。赤福の餅の成分が砂糖半分以上で驚いたが、ジャムも砂糖半分以上であまり体にはよさそうにない。特に、男性の半分以上がメタボと診断されるような変な基準を設けている国においては、赤福もジャムも食べない方がよさそうであるが、今年は例外として挑戦してみるかな(作るのは奥さんだけども)。

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2007年8月10日 (金)

近所のス-パーでも偽装表示今日発覚-予想通りであるが何を信じればよいのか

 ミートホープ事件が発覚する少し前に、我が家の近くのスーパーで、「自社製コロッケ」と証して販売しているものを買ったことがある。和牛、北海道産男爵を使用している、と大きく書いてあるので、何十年も前のころの子供の頃の美味しかったコロッケを想像しながら購入したことがある。その店は上品さを売り物にしたスーパーで、単なる安売りを看板にしたスーパーとは違って商品価格の高いのスーパーである。

 期待に反して、そのコロッケは全然味も何もなかった。まずかった。高いだけで損したものだと思っていた。

 そうしているうちにミートホープ事件が起こった。しかし、相変わらすそのスーパーでは、和牛、北海道産男爵を看板にコロッケを売っていた(ミートホープ事件があって、その看板が大きくなったような気もした)。コロッケがまずかったもので、ミートホープのようにいろんなものを混ぜた方が美味しいのに、と思いながら、販売されているコロッケの前を通りすぎていくことも何回かあった。偽装はあるかどうか知らないが、その店のコロッケも結構疑わしいよ、という思いは変わらなかったが、指摘するだけの証拠がなくて、残念に思っていた。

 二度とそのコロッケも買わないし、そのスーパー自体に足を運ぶことも減っていたが、今日(2007/8/10)の報道で、「偽装表示」が発覚した。和牛とはホルスタイン種の牛ミンチのことで、北海道産男爵とは米国産マッシュポテトのことであった。冗談を言えば、米国が北海道の一地域であることが判明したことになる。

 上品さを売り物にしているスーパーでもいかがわしいことは間違いがなかったことになる。本当に、何を信じてよいか、全くの詐欺商法が、国を初めとして(社保庁などのこと)、この世の中にはびこっている事実は恐ろしいことである(その反省の色の感じられない政権が日本にあるのが嘆かわしい)。昨日も、回転寿司で5皿食べたけれど、そのうち何皿が中国産ではかかろうか、と思っただけで、食べるのが恐ろしくなってくる状態である。

 明日以降このスーパーに行ったとしても過去の代金の返還には応じないと思う。例によって、社保庁ずらをして「領収書をみせろ」というに違いない。また、そのスーパーも新聞情報では「単純ミス」ということばを使っている。いつもの手だ。嘆かわしいこと限りなしで、ブログにも書きたくなかったが、近くのスーパーのことだったのであえて紹介した。

 

 

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2007年8月 2日 (木)

夏の収穫 毎日、ゴーヤとインゲンの料理

 家庭菜園の現状は、夏の野菜類の収穫でにぎわっている。関東地方もやっと梅雨明けたそうである夏本番である。京都の我が家の家庭菜園は、この梅雨時分にどうなるかと心配していたが、葉物野菜はダメだったけどもその他は何とか生育してくれている。

 今年始めて収穫があって60歳近い人生で始めて味わったゴーヤであるが、その後、順調に収穫があり、毎日ゴーヤ料理である。家内も始めてのゴーヤ料理に挑戦するのであるが、いろいろとネット情報を集めて毎日違う料理を作ってくれている。ゴーヤは3株しか植えなかったが今まで10個近くは収穫しているし、今大きくなりつつあるものも10個程度はありそうである。毎日がゴーヤ料理、というのももうしばらくは続くようである。

 7月はまた、インゲンが良く取れて、これも毎日がインゲンの料理、という日が続いた。流石にインゲンの収穫も終わりそうで下火にはなってきた。「ゴーヤ+インゲン」の毎日というのがこのところ続いていた。

 野菜が多かったおかげで、メタボも解消するかという感じであるが、メタボの方はなかなか手ごわく、そうは簡単にいきそうにない。

 インゲンは、豊作に気を良くして、別の畝に種蒔したので今年は今後もまだ楽しめそうである。それ以外では、夏本番のオクラがこれからは食卓に上がってきている。

 トマトも結構収穫できているたが、今年は、お店のトマトがかなり高いので、結構家計にとっては助かっているみたいである。

 家庭菜園を始めて2年目であるが、何とか、収穫が出てきたというところである。

 ところで、今年は2株ほど小玉スイカを植えたのであるが、なかなか着果しなかった。やっと今日の時点で5個ほどの着果を認めた。そうなると鳥害などが心配になる。防鳥ネットも結構高い。そこで思い立って、スイカの区画(非常に狭いものであるが)を麻紐で覆った。鳥が来ようとすると紐に当たるので、鳥が嫌がるというものである。NHKの趣味の園芸に載っていた話である。多分これで大丈夫と思う。心配なのは我が家には猿が出没するという噂があることである(私は見たことがないが)。しかし麻紐で囲ってまずは一安心である。

 そろそろ秋のための種蒔などを考えなければいけない時期になったきた。また大変だ。

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2006年5月 1日 (月)

料理教室での成果の伝授-博多蒸し

 3ヶ月間の料理教室の基礎コースを終了したばかりである。この間に作った料理の中でまだ、我が家では(家内が)トライしたことがないメニューがいくつかある。この週末にその一つにチャレンジした。博多蒸しである。家内もこのメニューには挑戦していなくて一度作りたいとは思っていたようであるが、我流ではなかなか手が出なかったようである。

 白菜、ニンジン・椎茸、豚肉、を順番に、そして繰り返して重ねていく、という料理である。白菜や豚肉の下味のつけ方が我流では分かりにくいものらしい。基本的には教わったとおりやるだけのことである。材料を重ねて行って最後に蒸すという作業になる。

 この蒸すときに器として「流し缶」というものを教室では使用していた。家にはそんなものはないし、わざわざ買い求める、という気にはならないものである。いざ作業を始めてみて、さてどうしようかと困った。家内に相談しても彼女は初めてでどんなものが良いか皆目分からない。オーブン皿でもよいかと思ったが、形がどうも整わない。四角っぽい皿で、上が開いたような(斜めになっている)皿が候補に上ったが、やはりどこか、流し缶のようには整形は出来そうもない。

 そうこうしているうちに、真四角な皿の器がでてきた。上も開いていない、斜めになっていない、真四角である。これでよい!ということで決めた。しかし、陶器の器にしたら、流し缶の内側のもの(どういう呼び方がよいかは知らないので、ここでは「内缶」と呼ばせてもらう)がない。それがないと、蒸しているときの汁(後であんづくりに使用する)を集めるのが大変だ。これもいろいろ考えて、アルミフォイルを二重にして内缶用のものを作成した。万々歳である。

 こうやって、博多蒸し(下の写真。見てくれは必ずしも良くないが)が完成した。奥様にとっては始めての料理である。料理屋でも出てきたことはない。美味であっさりしていて、非常に良いものであった。料理教室で勉強したものを無事に我が家の料理として移行できて一安心である。料理屋でほとんど出てこないのも、少々手間と時間がかかるという理由であろう、と勝手に思ってしまう。もし今度料理屋で出てきたら食べ較べてみよう。

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2006年4月30日 (日)

旧型ホームベーカリーに天然酵母を使ってみた

 我が家では長年ナショナルのホームベーカリーを使用している。型番がSD-BT5というものだから、初期のものである。パン屋さんの食パンはどれもこれも口に合わない。高いパンはバターが多すぎて美味しくない。安いパンの方がより美味しいと思うが、やはり食べ続けることはしんどい。そういうときに、初期の頃のナショナルのホームベーカリーを購入した。今から10数年前と思う。

 20年も前になるであろうか、ナショナルがホームベーカリーを初めて発売したときはマスコミ的には評判になった。電気屋さんで試食させてもらったときは美味しいとは思わなくてその後下火になっていった。しかし、ナショナルでは、地道にホームベーカリーの条件検討を続けたらしい。そして、出たのが私が購入したホームベーカリーであった。その機種の発売のときはそんなに宣伝もしていなかったようである。あるとき新聞記事をみた。その内容は、「宣伝もないのにその機種が結構人気が出ている、ナショナルが捲土重来的に開発したものだ」、ということであった。どこを工夫したのかという説明があって、それを一応信じて購入し使い始めたものだった。また、パンミックス(パン粉)もナショナルが途切れることなく供給していることも知って安心して使い始めた。

 SD-BT5はドライイーストのみ使用できる機種であり、また、ドライイーストも、夏場の暑いときはうまく行かなかったりして、かなり焼き失敗もした。しかし、味はなんとか納得いくものであり、時々パン屋の食パンを購入してみるもののホームベーカリーの食パンにまたもどってしまう、ということを繰り返してきた。

 今になって少々時間的にもゆとりが出来てきたし、いま作っている食パンももっと美味しくならないものか、という遊び心を最近持っていた。そういうときにある食料品店(スーパー?)にいったとき、「天然酵母」というのが目に入った。家にあるホームベーカリーはドライイーストしかつかえない、ということをすっかり忘れてしまっていた。試みに使ってみるには少々高かったが、もし、美味しいものができれば、ということ思いで、だめもとで少し購入した。

 さて家に帰ってパンを焼こうとしたときに取扱説明書をひも解くと、ドライイーストしかダメのようであることが書いてあってどうしようかと思った。せっかく購入したのだからパンミックスがだめになっても何とかしてパンを焼いたらという気になって、とりあえず、従来のドライイーストは使用し、それに天然酵母を追加して焼いてみることにした。

 4時間後に焼きあがった。早速取り出してみて、香りをかいで見ると今までのものとは違う良いものがする。そして、熱いながらパン包丁で切ってみる。今までだとなかなか切れなかったのが、軽く切れる。食べてみる。やはり今までとは違う。昔、カナダのケベック市を旅行したことがある。30年近く前のことである。そのとき市内遊覧観光バスにのってみた。観光地でもないある田舎の道端でバスは止まる。パンを焼いているおばあさんのパンの釜の前で止まったのだった。焼きたてのパン、釜から出したばかりのパンをみんなしていただいた。そのときのパンの美味しかったこと。二度とそんなパンにはありつけないと思ったものだが、今回焼きあがったものはそれに近いとはいえないかもしれないが、一歩も二歩もそれに近づいていた。

 購入した天然酵母がホシノ天然酵母であることを後で知った。そして、私の購入したホームベーカリーSD-BT5の後継機種以降は全部天然酵母対応となっているのを始めて知った。しかも「ホシノ天然酵母」対応であった。ホシノ天然酵母の使い方としては、まず、生種を作ってそのあとでホームベーカリーで7時間で焼いていく(ドライイーストは4時間)ということであることも知った。今回、生種も作ることを知らずにドライイーストの設定で、また、焼く時間も異なっていて、無茶苦茶焼いて、よくもレベルアップした食パンが出来たものだと、後になって感心してしまった。

 こうして、ドライイースト用のホームベーカリーでも天然酵母を無理やり使って美味しく食パンが焼けることを体験した。ホシノ天然酵母対応のホームベーカリーで焼いたらどういう味だろう。もっともっと美味しいのだろうと思う。しかし、頑丈なホームベーカリーがつぶれない限り、新規購入するのははばかれる、というのが我が家の大蔵省(財務省か?)の言い分だ。

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2006年4月27日 (木)

料理教室-今日で最後 役立ちました

 今年2月から通いだした週一回の料理教室。3ヶ月で12回の基礎コースの今日が最終回でした。

 もともと、現在昼間私一人で生活しているので、昼ごはんが何とか美味しいものを、と思ってみたものの、1年前に引越してきた我が家の近くにはなかなか美味しい昼食屋さんがない。また、昨年11月から今年1月まで、烏丸どおりのあるところに毎日通う用事ができて、そこ付近で昼食をとることがあったが、どこも、食べられたものではない。閉口していた。「料理屋○○」と名刺には謳っているところでも、食べられたものではない。1, 2回は食べられるが長期間食べ続けるのは苦痛である、という事態に陥った。なぜ日本はこうも食生活まで貧しくなったのかと情けなくなる思いでいた。

 料理屋までが美味しくないので、そうなると、自分で料理を勉強しよう、ということになった。基本的に、昔から日本人が美味しいと思って食べていた素朴なおふくろの味を、「料理屋」が提供してくれないので、自分で作るという思いしかなかった。そういう意味で、「基礎コース」しか勉強しないつもりで料理教室へ通い始めた。アドバンス・コースもどうでもよい。「男の料理」もどうでもよい。

 定年後は厨房に、ということを呼びかけている人がいるが、必要なかったら厨房に入る必要はないのではないかと思う。私の場合は、定年(早期退職も含む)と厨房は関係ない。巷の昼ごはんに我慢できなかっただけのことである。

 こうして12回通った。一定の成果は挙げられたと思う。私もこれまで包丁も持ったことがない。家内も仕事を持っており料理教室にもいったことがない。しかし、これまで、長年美味しいものを作ってきたのには感謝している。だが、たまに、我流がでてくる。今回料理教室に通いながらやったことは、まず、料理教室では講義を逐一メモする。帰ってきて、Wordで整理してその文章を家内に渡す、ということである。これで、私が料理教室に通っているだけではなく、家内も通っている、という形になった。そして、我流のところも新たな情報を得ることで改善してきた。そして、包丁をもったことのない私も段々慣れてきた。

 これだけ役立つのであれば、私のメモのようなものを料理教室が本にして販売すればと思うが、料理教室の方も本にはしたくないような立派なノウハウなのであろう。それで料理教室が成り立っているのであろう。

 今後は料理の方は少々お休みをいただこうと思う。それよりも気になっているのは「パン」である。引越してきた近所のパン屋さんのパンが私の口には合わないのである。どうしてこうもまずいパンを作れるのか不思議である。素朴なパンでよい。コッペパンのようなすっぴんのパンでよい。それの習得(場合によっては様子見)のために、近々1-2回、パン教室に通ってみようと思っている。期待している。

 今日はラストの料理教室であった。今日のメニューは、小エビのかき揚げ(他に、イカ、ししとう、ナスのテンプラ付き)、筑前煮であった。その写真をいかに載せる。美味しかったです。

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2006年3月16日 (木)

広がってきた趣味-堆肥作り、家庭菜園、料理-今年の抱負

 昨年新居に引越ししてから始めたいくつかの趣味(実益を兼ねたもの)の中に、家庭菜園と料理がある。そして、先日から、家で堆肥作りまで始めてしまった。

 こうした趣味はどうやらひとつの流れになりそうだ。自家製の堆肥で野菜を育てて、それを用いて料理をつくる、という流れである。うまく行けば、知り合いをご招待、ということにでもなったら、私の想定外の話になってしまう。そういう夢物語が現実化するとしても数年後にはなろうが、若干ではあるが、現実味を帯びてきた。

 まずは、それぞれのステップでの今の抱負を以下に書いてみる。

 家庭菜園については、昨年9月ごろ、秋作として、4つくらいの野菜をトライしてみた。このブログにも以前書き込みをしたことがある。結果として、土作りが不十分だったので、生育がいまいちであった。その反省から、昨年11-12月にかけて、それまでの宅地(家が建っていたところ)の土地を40cm程度掘り起こして堆肥も十分にやっておいた。かなり砂地だったので畑としてどう変貌してくれるかが、今年の春作のポイントになっている。今年は、畑も広げ昨年の倍近くの畑面積になっている。そのため、作付けの種類も増やしてみようと思っている。すでにジャガイモは植えたので、来週がタネマキの本番である。忙しくなりそうだ。

 堆肥作りについては、生ゴミ発酵促進剤なるものを利用し、家庭生ゴミを利用して、堆肥を作ろうというものである。初めてのことなのでやってみるしかない。畑があるといってもそんな広さがあるわけでなく、購入した堆肥で十分安いのであるが、畑以外にも、樹木が結構植わっていて、そのための自家製の堆肥としても使う予定である。

 そして、先月から始めた料理教室である。今までは、夫婦とも仕事があり、料理教室に通うほどの(心身の)余裕がなかったので、定年近くなるまで我流の料理であった。その点は、家内にも感謝しているわけであるが、料理教室で勉強してきた料理はやはり美味しいのである。目に見えないコツ、簡単かもしれないが大切なコツを教えてもらえている。食材として、我が家で作った野菜を用いた料理がいつできるか、がひとつの楽しみである。

 料理教室といえば、「パン」の教室があるようである。我が家は、長々と、電気パン焼き機で焼いた食パンを長い間食べてきている。昨年新居に引越ししてから口にあったパン屋を探しているのであるが、近くにはなさそうである。ということで、食パン以外のパンも家庭でつくろうかと思っているところで、そのうち月一回のパン教室もにも通いだそうかと思っているところである。

 あとは、食材として魚となろうが、これについては近くの魚屋さんが料理屋さんにも販売しているところがあり、そこで買えば美味しいものが手に入る。実際に近くの住人で、1回で1万円以上もする魚を購入している人、サラリーマンがいるらしい。家庭で調理して、みんなに振舞っているとかという噂である。将来的には、そういうようなものもできればよいかもしれない。そのためにはまだまだ料理教室をがんばって、「男の料理教室」を少しでも極める必要があろうか。現在通っている料理教室は「基礎科」であり、あと1ヶ月程度で終了するので、その後は、「男の料理教室」へ進むべきかどうか迷っているところである。

 以上の様にして、全くの初心者から少しずつ幅が広がってきている。今年一年がまた勝負になるのかも知れない。こうして、堆肥作り、野菜作り、料理作り、パン作り、となればもうひとつ足りないものとして「芸術」である。自分で作った陶器で料理を楽しむ、ともなれば、蜀山人の世界か、北大路魯山人の世界か。また、先日のテレビで、宮本亜門がそんな生活をしているようなことが紹介されていた。私自身は当面デザインの方の勉強をしようとしているので、デザインを愛でながら、料理を食する、というような形になるのであろうか。会社生活をしているときには想像すらしなかった生活が段々出来上がってきているような感じになってきた。

 家庭菜園やガーデニングにしても、野菜作り以外に、もうひとつアイデア、花園作り、がある。このアイデアは後日またブログで紹介できたらと思う。

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2006年3月 3日 (金)

料理教室(4回目)

 料理教室も、昨日ではや4回目となった。昨日の教室の実習は「ジャガイモと鶏肉のうま煮」「鯛の潮汁」「蛸キュウリの三杯酢」であった。

 料理教室での講義等をメモしたものをWordに入力して整理しているが、参考までにそれを家内に渡していた。家内は料理教室は行ったことがなく我流で四苦八苦して、試作品をいろいろ作って食べさせてもらったので、参考までに、ということで、手渡していた。ところが、あるときに、簡単なものではあったが、「これ作って!」と来たもんだ。家で料理をすることは30年間なかったし、今回も家で作ることは「想定外」であった。反論もできず、ひょいひょいと台所にいってしまった。

 昨日のメニューのジャガイモと鶏肉のうま煮、あるいは肉じゃがについては本来は一般的なものであるが、我が家では日によって家で作ったものが味が口に合わないことがたまにある(日によって違うのが我が家の味ではあるが)。家だけのことか思っていたが、あるとき、御池のお店に昼食に入ったときにも、肉じゃがであったが、まずくて閉口したものだ。料理の専門家でもそういうものを作って食べさせるとはと思い、少しは勉強しておかなければ、と思ったのが料理教室へ行くことになった遠因のひとつであった。昨日の試食会では、ジャガイモと鶏肉のうま煮が美味しく出来ていてハッピーであり、早速家でも作ってみることになった。

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2006年2月23日 (木)

料理教室(第三回目)

 今日、料理教室第三回目となった。週一回の割合で、料理の基本(基礎科)を習っている。「料理教室に通い始めました」で、soraironotaneさんよりできばえを見せてください、ということでしたので、今日は写真を載せたいと思います。

 今日のメニューは「グリーンピース・ポタージュ」「ローストビーフのサラダ」「アジのフライ」の3品目で、サラダのドレッシング、フライ用のタルタルソースも作りました。女の子と一緒に2人で作るというシステムです。アジは前回3枚におろしたものを冷凍にしておいたものです。できばえは、以下の写真です。どうでしょうか。2週間前に初めて包丁を握った者が、毎回、新しいことをやるので、ストレスの塊となっています。徐々には慣れつつありますが。
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2006年2月12日 (日)

料理教室に通い始めました

 早期退職し、約半年が経とうとしている。退職する前から、料理教室は行っておいたほうが、と思ってはいたものの、いざとなると、どこの教室に行ったらよいか、皆目見当つかないでいた。

 しかし、それ以前の問題として、ハローワークの方からは、働く意欲があり求職中ということで失業保険をもらわなければならないし、まずは、ハローワークの方を何とか処理せねばと思っていた。私の所轄のハローワークは、ハローワークに出向いていって、PCで求人情報をみる、そして、それを求職活動の実績として認定してもらう、という形式になっていた。しかし、半年間も、無駄なPC検索を繰り返しするのが、あまりにばかばかしくて、この際、実益もかねてWeb制作のトレーニングを受けることにしてしまった。

 そのWeb制作のトレーニングも無事終了し、いよいよ、次は料理教室かという段階になったのが今月のことである。団塊の世代の私が料理などしたこともない。というと少々うそになるのであるが、実質的には皆無といってもよい状態である。また、包丁も持ったことがないというのが実際に近い表現になる。さらにひどいことには、周囲の批判を受けながらも、食事の後片付けすらしたことがない私である。それが、とうとう、週一回3ヶ月の料理教室のコース(基礎のコース)に申し込んでしまった。どうしてそういうことになったのか、家内も不思議に思っているところである。Web制作のトレーニングを受けているときに、簡単なことでも少しでも教えてもらったら結構スムーズに行く、ということを少し味わってしまった、というのがひとつの理由になっているかも知れない。また、最近の外食(弁当なども含めて)はどれもこれも口に合わないので困っていた、ということがある。口に合わなくても、ちょっとしたことでも料理っぽいことができれば、なんとか満足できるのに、という思いが少しずつ沸いてきていた。家内は職をもっているので、特に、昼食は私自身でなんとかしないといけないので、余計そういう思いになったのであろう。また、退職後、家庭菜園も少しやっているので、そこでとれた野菜の料理は自分で調理する、という気持ちもあったのかもしれない。そういうはっきりとはしない理由ながらインターネットで探して料理教室に申し込んでしまった。

 先週第一回目があった。そのときどういう形式で授業が行なわれることやら、わからないまま出かけていった。そのへんの状況については、私の授業があった前日に本科に初めて参加された同じ団塊世代の方(私は基礎科に参加)がブログで詳細に書いておられるのでそちらの方をみていただきたい。「悠々自適」というサイトの「料理教室初参加!」という書き込みである(ただし調理した品目は基礎科とは異なる。なお、そのサイトに私のコメントを載せてもらっています)。

 というのが先週の初体験でした。今日、ブログを見ていたところ、「団塊ジャーナル」のサイトに「中高年『男子、厨房に入るべし!』」という書き込みを見た。そこで気に入ったところを申し訳ないが引用させてもらう。

料理経験がほとんどない中高年男性に3ヵ月間、料理講習会に参加してもらい、米をとぐ、魚をさばくといった初歩的な調理方法を学んでもらいました。そして自宅でも毎日料理をするという宿題をこなしてもらい、講習の全コース終了後、脳機能を調べるテストをしたところ、講習前より平均5ポイント、前頭前野の機能が上昇したとか。料理をしなかった男性には、変化がありませんでした。

 私のようなど素人(料理経験がほとんどない中高年男性)でも、3ヵ月間、料理講習会に参加すると、前頭前野の機能が上昇するそうである。私も予定では3ヵ月間である。この年になって前頭前野の機能が上昇する必要もないのではあるが、アルツハイマー防止には良いかもしれない。ただし、毎日料理をするというのは実現できそうもないので前頭前野の機能はどうなることやら。

 来週の予定は、「魚(アジ)をさばく」という初めてのことである。どうなることやら。「魚をさばく」のではなく「私の手をさばく」という最悪の事態に陥らないことのみ願うばかりだ。

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2005年11月13日 (日)

若葉マークの家庭菜園とシイタケ栽培

 今年の8月後半から、若葉マークの家庭菜園をやっている。早期退職の団塊世代の私であるので、晴耕雨読の毎日である。といっても、菜園の広さはわずかなのでほとんどが「雨読」の毎日であるが。

 全く勉強をしたことのないものがやる家庭菜園であったが、簡単そうに見えるものから植えていった。ラディッシュ、コマツナなどは比較的早く収穫ができたが、コマツナは、生育が貧弱で、とても、湯がいてたべるには量が足りない。したがってほとんどサラダとしてたべている(ラディッシュについては以前にブログにて報告済み)。

 今日は、楽しみであったチンゲンサイを収穫した。ホウレンソウも含めた中で一番生育が良かったのはチンゲンサイで、その味がどうであるか楽しみであった。家内は中華料理の材料としてチンゲンサイを料理してくれた。結果はどうであるかといえば、スーパーなどで買うチンゲンサイは手を出さないのに、家庭菜園のものは、美味しそうに食べていたというのが家内のコメントであった。ホウレンソウが惨めな感じで失敗しているようなので、チンゲンサイの味が悪かったらと残念だと思っていたが、結果は成功のようである。若葉マークのものとしては、ほっと一安心したところである。

 家庭菜園とは別に、シイタケ栽培もできれば楽しいのに、という色気がこの1ヵ月ほどででいた。インターネットでいろいろ調べても通信販売で購入するには勇気がなかった。そうこうしているうちに、ある日、コーナンで、種駒打込みのホダ木を売っているのが目に入った。早速購入し、栽培することにした。購入したホダ木のうち1本は熟成済ということで早くシイタケが出てくることを期待した。期待通り、早い目に、芽(?)が出てきた。そうして約1週間目の今日収穫して、家内に料理してもらった。

 結果は期待以上のおいしいものであった。シイタケの天ぷらと、シイタケ入りのスープであった。どちらも久しく食べたことのないようなシイタケの美味しさであった。そして、シイタケのやわらかさはなんともいえないもので、我が家が急に高級料亭に変身したかのようであった。家内曰く「あわびやふかひれのような感触と味わい」と誇張した表現をしていた。

 シイタケについては、1本のホダ木から3-4年はシイタケが取れるので楽しみだ。毎年ホダ木を追加購入してたくさん取るつもりである。

 若葉マークの家庭菜園については、まだまだ若葉マークははずせないが、この2ヶ月の反省を基に、来春のタネマキを目指して、今のうちから準備している。特に、今年家を新築して、以前は、家が建っていたところを菜園にしたので、本来ならば、土づくりをきちんとやっておかねばならなかったのであるが、盛夏の8月は畑仕事をするには暑くてたまらなかった。そのせいか土づくりが不十分であった可能性がある。その割には、どれもこれも、なんとか育ってくれたという思いがあるが、やはり生育不足は否めないので、しっかりと土づくりをやることと心に決めた。そして、菜園の区画の広さもこの秋の2倍に広げようとおもっているので、今のうちから「晴耕雨読」で、準備をすることにした。そして今日も2時間ばかり、鋤を持って「開墾」をした。そういうあとの初取れのチンゲンサイ、シイタケの試食は、なんともいえないもであった。家庭菜園をするのは家計の足しにするという一面もあるが、それ以上に意味があるのは、「美味しい野菜」が食べられることという当たり前のことを改めて実感した次第である。

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2005年10月28日 (金)

京都北山通・異国風情のハンバーガー・レストラン

 今年の5月に、比叡山を近くに見渡せるところに引越しした。そろそろ半年になろうとしている。新しい土地での生活なので、いろんなお店などがどこにあるか把握するために、ときどき「街角探検」と称して家内とともに自転車でひとっぱしりすることがある。地理的には、京都北山通りの東端やそれと交差する白川通や東大路通などを中心に街角探検をするのであるが、北山通りといっても東端なので、おしゃれな通りという感じはないところを探検している。

 生活に必要なところからということで食料店、スーパーその他のお店などの探検を中心にしていた。見落としていた面白そうな食料品店を見出しては狂喜したりして。また、時々は、飲食店などのチェックも入れていた。

 そういうときに、「Speak Easy」と書いた建物があった。ここは何をするところであろうか。建物の外側から見たところ、何らかの集会場のような感じもする。Speak Easyだからみんなが集まって英語でもしゃべるような集会場か。ちょっとした喫茶店のような感じもする。飲食店のような感じはしない。そうしているうちに、インターネットである掲示板を見ていたときに「スピークイージー」としてだれかが書き込んでいるのを発見した。そこには「外食店」と紹介してあった。しかし、どうみても飲食店とは見えないし、客が入っているのも見たことがないので一旦そのままにしておいた。

 我が家では大体夕食は家でして外食することはあまりないのであるが、昨日の晩、急遽外食する必要が出てきた。そこでどこにしようかと考えた挙句、「Speak Easy」が飲食店らしいのでそこに向かった。夜「Speak Easy」に立ち寄るのは始めてであった。今回は客が多く入っているのが確認できた。お店の入り口にメニューもおいてあった。その店はやはり飲食店であった。メニューをみて驚いた。なんと、アメリカ風のハンバーガー・レストランであった。ハンバーガー・レストランといっても、ピザもあればピラフもありタコ・ライスもある。そして、当然、サンドウィッチもある。今晩の夕食はここだと決めた。

 ハンバーガー・レストランというと30年前のことを思い出す。1970年代の後半の数年間カナダ・トロントに滞在したことがある。一人で生活し、自炊はしなかったので、外食がメインになる生活であった。しかし、なかなか口に合うものがなかなかない。その当時日本食は一般的ではなく、そのときの私にとってまともなものが口に入るという状況ではなかった。食べるものが何かにつけてまずいと思いながら、そして、いろんな店をトライしながら毎日を送っていた。ハンバーガー、サブマリーンも食べるにはつらいものがあった。

 しかし、2年くらいたったころから、ハンバーガーが美味しく思えるようになってきた。どうしてかわからないが、ある時期、急にそう感じるようになってきた。ハンバーカー・レストランに行って、ハンバーカーに、オニオン・スライス、トマト・スライス、チーズなどを載せてもらい、ピクルス・スライスの大きなもの載せてもらう。そして、マスタードをたっぷり付けたものを注文する。そして、かぶりつく。その美味しさといったらたまらなくなっていた。
そのうち日本に帰ったが、今度困ったことはそういうハンバーガーが日本では食べられないということであった。マクドナルド、ロッテリア、モス・バーガーなどは全然味が違う、異質のものであった。そういう状態がずっと続いていた。時々アメリカにもいったが、ホテルのレストランでハンバーガーを食べてもなにか上品で、あのピクルス、マスタードたっぷりのハンバーガーとは違う。あの30年前のハンバーガーはもう食べられないのかと思っていた。

 そういうときに「Speak Easy」に出会ったのであった。オニオン・スライスはなかったものの、肉たっぷりのハンバーガーにマスタードたっぷりつけて食べる感触はなんともいえなかった。そして、フライド・ポテト(カナダでは「フレンチ・フライ」という)にもちゃんとケチャップ(トマト・ケチャップとはいわない)が用意されていた。そして、思い出した昔の味と思い出しながら美味しくいただいた。願わくは、オニオン・スライスと大きいピクルス・スライス(2枚)があったなら。

 その店は、店のつくりがアメリカの雰囲気をかもし出すように作られていた。お店のいたるところに英語があり、何のパンフレットかしらないが英語で書いたものがそこらかしこにある。またメニュー自体が英語である(もちろん日本語訳もついている)。玄関には外国人を模った像が一つ置いてあり、入るとき出るときにびっくりする。このお店の近くには国際交流センターがあるせいか、このあたりは外国の人を頻繁にみかける。昨日も客として2人ほど外国人がいて、彼らもアット・ホームな感じで話をしていた。まるで異国に来たという雰囲気であった。このお店については、「speak easy 京都」でグーグル検索したら何人かの人の書き込みがあった。そちらも参考にしてもらえればと思う。写真も付いたものもあった。

 こうして、昨日、北山通りから少し外れたところに異国風情のお店を発見した。以前にSpeak Easyをみたときに客がいなかったのは、食事時間以外の時に見たので客がいなかったのだった。このあたりは昼間の食事時間以外はあまり客はいないのである。この店は朝からオープンしていてブレック・ファストを提供している。これもアメリカ風のメニューである。

 これからはこの店がやみつきになりそうである。このお店の近辺に他にもパスタやさんで異国風情のお店が近くにある。このお店の紹介もしたいのであるが、また別の機会にしたい。

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