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2011年4月22日 (金)

大震災13-雑感-情報公開についての政府首脳の変節ぶり

 なにもかもあほらしくてあまり書く気もしないが、一言。

 政府首脳が若かりしときに某大臣だった。その時に薬害事件があり、担当省に乗り込んでいき、情報公開を求める物理的行動に出た。

 その政府首脳が、偉くなったら、連日高価な晩食を食べたり、原発事故関連ではとてもじゃないが、情報を公開しているとは言えない姿勢を貫き通している。

 人間って、そんなに変われるものなのか。厚生大臣だったあの時の行動はどう理解すればよいのか。不可解!単にパーフォマンスだったのか。カイワレ大根を食べたり、中途半端なお遍路さんをやったり、政治家がパーフォマンスだけで生きていってよいのか。類稀なる政治家とは思わなかった。人間としての質を疑う。お遍路さんをやるのと首相をやるのと同じ感覚でやっているのではないか、と疑ってしまう。それが政治だと思っているふしが感じられる。

 世の中で生きていくのはそういう変節が必須なのだろうか。人生も末期になってこんなことを考えなければならないとは。「人間」というものが情けない。また、今は、大震災で「連帯、絆」と言っているが、万事治まれば、また元の木阿弥。阪神震災の時もそうだった。地震当時は社員同士の連帯的なものが感じられたが、治まってしまえば、もとの喧嘩状態に。そして日常的に延々と続く喧嘩状態に簡単に戻った。数ヶ月で元に戻った感がある。あのときに連帯とはなんだったのだろうか、と16年たった今でも思っている。

[後日後記4/28]報道によると、『武村正義元官房長官は「首相には期待していたが、こんなにポストに固執する人間だとは思わなかった」と酷評』したとか。首相にとっては、すべてが、権力にすり寄るため、権力にしがみつくためのパーフォマンスだったようです。そういう人とは思わなかった。

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