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2011年3月13日 (日)

大震災1-巨大地震 1200年前の貞観地震・三陸津波との比較

 2011年3月11日発生の地震・津波の凄まじさに目も当てられない日々が続いている。

 今日13日の朝日新聞には、不明者数膨大、となっている。痛ましいかぎりである。

 過去に起きた巨大地震と比較してみた。Wikipediaによると平安時代に過去日本史上最大と思われる地震が起こっている。

869年7月13日 三陸沖地震 - M 8.3~8.6(日本史上最大?)、貞観三陸津波、死者約1,000人。多賀城損壊。津波堆積物調査から震源域が岩手県沖~福島県沖(または茨城県沖)の連動型超巨大地震の可能性

となっている(以下これを『貞観地震・三陸津波』と記載する)。連動型超巨大地震といい、津波が発生したことといい、今回の地震とほぼ似た感じである。

 平安時代の推定人口が600万人として1000人の被害である。今は人口1.2億人としたら単純比例計算で『貞観地震・三陸津波の規模は現在に換算すると2万人の被害者』ということになろう。平安時代の戸籍は正確ではないという人がいるかも知れないが、戸籍は税(租庸調)の取立ての為にあるのでかなり正確なはずである。

 1200年前と比べ今の方が防災面では進んだ対策がとられているとは思うが、少なくとも防波堤は用をなさなかった。簡単に津波に呑み込まれた。そのため、実際は、平安自体と同じ、津波のなすがママ、ということになった。そのため、今日の話では、今回の被害者は万の単位になるだろうとの話が出ている。貞観地震・三陸津波と同じ規模になりそうである。

 結局、昔の経験が生きていなかった、ということになろう。全く防災対策が出来ていなかった、ということになろう。地震予知関係者は、想定を上回る地震、津波、だったと言っているが、果たして貞観地震・三陸津波が頭にあったのだろうか。頭の中は、そして、地震予知の国家予算は、東海地震だけではなかったではないだろうか。

 ちなみに江戸時代1707年10月28日に宝永地震(東海・南海・東南海連動型地震、M 8.4~8.7)が発生している(Wikipediaより)。このときの被害者は『死者2,800~2万人以上』らしい。この頃の人口は3000万人。現在の人口1.2億人として単純比例計算すると、『宝永地震の死者の規模は現在に換算すると1-8万人』となる。宝永地震の被害者は貞観地震・三陸津波と比べると人口あたりにすると同じ数値となる。

 見かけ上、宝永地震の方が数字が大きいので貞観地震・三陸津波は軽く見られてきたのであろうか。改めて国の予算の使い方、国政のいかがわしさ、を目の当たりにし、人間は1200年前から成長、学習していないな、と改めて思う次第である。

 私は京都に住んでいる。過去から地震多発地帯であり、活断層がそこら中に走っている。今PCを打ってブログを書いている私の尻の下にも活断層はあるようである。鴨長明などが記載した地震(1185年8月13日 文治京都地震 - M 7.4)が来たらひとたまりもないだろう。それが起こらないことを願う、という日々を送っていたら今回の東日本大震災が起こってしまった。本当に痛ましい限りである。

 阪神震災発生時、地震はそっちのけで政局に明け暮れていた政治家がいた。そのグループの後継者が今の政権にいる筈だ。今回はそんなことはないだろうと思うが、やはり、ここ1-2日の話を聞いていると、民主、自民とで補正予算などで挙国一致はできそうにもない。これも人間は学習出来ないということか。本当に『日本沈没』になりそうである。明日、震災後初めての株式市場が開く。株価が下がる予想である。(株価も含め)日本だけが本当に沈没しつつある。

[後日後記] 高さ10mの2重の防波堤を破られたという報道がある(3/14)。これではどうしようもない。町全体に20m以上高さの鉄筋コンクリートの建物(7階建て以上になろうか)を何棟も建てそこの上の方に避難するしかないのかな。

[後日後記2]後日のブログに載せた「千の手の救い(千手観音さま)」をさかのぼってここにも載せました。下手な絵ですみません。私の思いです。”Pray for Japan"

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[後日後記3(3/18地震発生後1週間)]今回の地震・津波の被害の全体は分かっていない。しかし、今日ある報道では死者・不明者で2万人を越る数字を出している。貞観地震をM8.6とすると、今回のはM9.0なので貞観地震の4倍の強さになる。地震の強さと被害者数は比例するとは思わないが仮に2万人を4倍してみると、8万人という数字が出てくる

[後日後記4(3/20)]1896年6月15日 明治三陸地震 - M 8.2~8.5、死者・行方不明者2万1,959人(日本最大の津波被害)、があったそうです。明治の人口が4000万人として現在はその3倍だから、被害者は計算上6.6万人となります。

[後日後記(4/27)]被害者数が今のところ、2万6千人というところ。地震発生からしばらくの間、消息不明の方が多数、という発表の町が数か所あったが、どうやら、無事だったようで安心しました。被害者数は数字上は貞観地震とほぼ等しくなりました。

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