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2011年3月の11件の記事

2011年3月31日 (木)

大震災9-ぼやき 今さら「災害『想定外」も想定へ…防災基本計画見直し』

 今日のニュースによると『災害「想定外」も想定へ…防災基本計画見直し 』とか。

 いまさら。

 いままでそんなことを考えていなかった言われるのが私の『想定外』でした。

 そういう甘い体質の中でぬくぬくとしてきた政治家、企業のトップ、を糾弾したい。

 しかもそういう「想定外を想定する」ことを進言してきた人もいるだろうし、そういう進言をつぶしてきた連中もいると思う。そういう輩も糾弾したい。つまみ出したい。

 私の経験でも、なんでもかんでもつぶすことを生きがいとしてきた輩がいる(たとえば、貞観地震・津波などは1000年に一度とまれなので想定しなくてよい、とか)。そういうやつほど大きな顔をする。別のパターンとして、嘘でもなんでも都合の良い話を作っていく。真実を隠したままで。上は騙される。そういうものほど大きな顔をする。そういう世界には居たくない。結果、離れることになりました。

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2011年3月30日 (水)

大震災7-ぼやき 「今さら、謝罪と廃炉、とは」

 東電の最高責任者の一人が2週間ぶりに顔をだした。

 ただし社長は血圧が上がったとかで逃げている。

 こっちだってすでに血圧が上がっているよ。

 

 今さら、謝罪。

 謝罪するぐらいの時間があるなら、謝ってなんとかなるものでもないから、原子炉を何とかしろよ。

 

 今さら、廃炉。

 なぜいまなのか。

 あんな古いもの、事故が起こる前に廃炉、ではなかったか。

 また、事故直後すぐに、廃炉、ではなかったか。国民に迷惑かけて、やっと廃炉とは。

 

 なぜ、5,6号炉は残す?

 不可解。東電はいまだに神経麻痺しているらしい。

 

 昔、原子炉は絶対安全、抱いても大丈夫、といった人がいた。

 評論家の一人もその中の一人ではなかったか。

 今はテレビに出てこないが、今、出てきてもらって、原子炉を抱いてもらいたい。

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大震災6-簡単に木彫してみました「苦悩する日本の顔」

 今まで、仏像彫刻をいろいろやってきたが、白木作りを基本してやってきて彩色はやっていなかった。今回仏像彫刻の先生の勧めもあって、作品に淡彩色をすることにした。

 彩色については、極彩色については少し勉強したことがあるが、仏像彫刻で極彩色をすることは専門家でない限りほとんどないと思う。素人さんは淡彩色をやったほうが、技術的にもやりやすいし、また、木の生地も生かすことになって、良いと思う。

 ところが淡彩色をやったことがないものにとっては何をどうすればよいか見当がつかなかった。仏像彫刻の先生も詳細には教えてくれるようなタイプではない。そこで、ひとりで色塗りのいろんな試みをした結果をもっていったら先生も了承してくれた。

 実戦本番に入る前にある形を木彫りしたもので実戦さながらのテストをやることにした。そこで、適当な端材を用いて、人の顔を作ってみた。

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「苦悩する日本の顔」

 フリーハンドで彫刻していったので変な顔になっていると思うが、彫っている間は苦悩する日本の顔というイメージで彫っていったので、タイトルを「苦悩する日本の顔」にしました。変な、下手な顔です。今週これに色を付けていきます。

 顔シリーズで粘土でもいくつか作っていて、木彫ながらこれも顔シリーズの数の一つとなります。

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2011年3月28日 (月)

大震災5-圧力容器損傷-われわれはなんていう国にすんでいるのか

 『原子力発電所は「絶対安全だ、安心だ」。なぜなら、圧力容器で頑丈に守られているし、圧力容器が壊れることは絶対にない』と言い続けて半世紀。その圧力容器が損傷したようだ。しかも複数の原子炉で。

 このように、半世紀にわたって嘘の安全神話を言い続けてきた学者たち。

 今回の震災直後にも圧力容器はつぶれていないのだから安全だ、とテレビで言いまくっていた学者たち。その時点で、外国からは圧力容器の損傷しか考えられない、と言っても耳を貸さなかった人たち。

 こんな莫大な放射線量で東電としては少しでも作業できるのか。致死量のオーダーの放射線ではないか。

 こんな事態になっても「自主避難」しかいえない政府。「自主避難」とは「勝手にやれ」という意味にしか聞こえない。政府は知らないよ、ということ。つまり、危険性のある地域を既に放棄している。つまり「棄民」がすでに始まっている。アッツ島玉砕至った道をなぞっているようだ。

 われわれはなんていう国にすんでいるのか。

 自分をオールマイティと思いあがる学者、企業のトップたち。それに反対を唱える人を徹底的に排除してきた日本のシステム。これは原子力関係学者などに限るものではない。私のも過去を振り返ってみてすべてが思い当たるし、そのことが現在もトラウマになっている。結果はわかっていても異を唱えてきた私。結果徹底的に排除されてきた。今回も排除されることを覚悟しておかなければ。ささやかに年金暮らしをする一市民が。「棄民」されることも覚悟しておかなければ。

 われわれはなんていう国にすんでいるのか。

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2011年3月25日 (金)

大震災4-第3号機原子炉損傷の可能性-今後どうするんだ、が聞けない国民の悲しさ

 2011/3/25現在、第3号機原子炉損傷の可能性、とか。今回の原子炉事故発生の当初から、外国の人に指摘されていたものが現実化してきたようだ。指摘通りにならないように願ってきたが。

 原子炉事故の対策が、途中から使用後燃料対策になっていて、原子炉本体の対策はどうなっているのか、全く情報がなかった。原子炉本体内に早く水が流せることを目標にしていたのかもしれない。その間に、原子炉本体が損傷しているかどうか調査したとも聞いていない。

 そして、昨日の作業員の大量被ばくでもって、第3号機原子炉損傷の可能性という真実をやっと喋り始めた。しかも、第3原子炉損傷の可能性がある、ということだけを。そういうとんでもない話をお役人が『冷静に』、馬鹿みたいに『冷静に』、テレビでしゃべっている。

 国民は、『今後どうなるんだ、どうするんだ』、が聞けない悲しさ。やはり、情報は遮断されている。そして、最悪の事態に備えた対策があるのか、が聞けない悲しさ。原発をコンクリートで封じ込めるのかどうか、が聞けない悲しさ。

 だんだん大東亜戦争の「大本営発表」に似てきた。都合の悪いことは、見ざる、聞かざる、しゃべらざる。それに加えて、考えざる、だ。

 そのうち「日本沈没」「日本脱出」になるのだろうか。原発20-30kmは「避難命令」に近づいてきた。これも遅すぎるはず。正確には、いまだに政府は避難命令は出していない。

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2011年3月20日 (日)

大震災3-公共広告機構の反復CMはやめてほしい

何回もしつこく同じ内容で公共広告機構の宣伝が入ってくる。

ガンとオシムとアカホシとコドモノテ、などなど。

やめてほしい。

震災のニュースが反復されるので病気になる人もいるとか。

精神安定剤が必要とか。

今は震災のニュースは減ってきて、ガンとオシムとアカホシ、コドモノテ、などなどの反復だ。

内容がもともと楽しいものはひとつもない。それの反復だ。

これだけ繰り返すと、変なマインドコントロールをうけた気になる。テレビでマインドコントロールだ。

AGが始まるとチャンネルを変えるのも面倒になってきた。いつまで続ける気だ。

もともとテレビは面白くなく、なにか作業をするときは、ラジオを聞いている。

ますますテレビ離れが進む。

なんの為の地デジ化だったのか。

[後日後記]ラジオを聴いていたら、ラジオでも公共広告機構のCMが入ってきた。しかし、頻度はまるっきり違う。テレビでも同じCMは何時間以内に繰り返したらダメ、というルールでも作ってほしい。このCMについてテレビ局、テレビコメンテーターがなんら発言しないのは、放送の偏向を黙認していることになる。BPOでもとりあげてほしいものだ。

[後日後記2]公共広告機構のCMの対策。CM時テレビの音を「消音」にする。または、テレビは録画したもののみ視聴しCMの所はスキップする。他チャンネルに変える(他チャンネルでも同時に公共広告機構のCMをやっている可能性大であるが)。最終手段はテレビ電源を切る(これがテレビ局の思うつツボか?どうやらテレビを見てもらいたいという気持ちが伝わってこない)。

[後日後記3]本日(3/23)、公共広告機構のCMに"SMAP"さんが出ているのをみた。出演者が問題なのでなく、同じ宣伝を何回も繰り返すのが問題なのです。そういう意味で、震災が起こる前からしつこいCMがいくつかあった。真矢さん、眞鍋さん、西田さん、などなどが出ているCMも同じです。しかし、それらは多いと言っても公共広告機構のCMほどではなかったと思います。公共広告機構のCMは度を超えている。流すCMがなければ、background musicにでもすれば”やすらぐ”のに。頻度多いのと宣伝の内容が押し付けがましいのです。

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2011年3月19日 (土)

パンジー「キャットミックス」の開花

 従来からパンジーは種から育てている。そのため、晩秋~年初にバンジーの花が咲くことは珍しい(せいぜい数輪)のであるが、3月になるとやっと開花を始める。

 昨年の夏は猛暑でパンジーの発芽には悪い条件であったが、なんとかかなり発芽してくれた。毎年、種まきする種は品種を変えていて、春先までどんな大きさのどんな花が咲くかわからないので、イライラすることも多い。今回はある種苗会社の「F1キャットミックス」というものを種まきした。例年と違って種袋に花の写真が付いていない。いかがわしいものか、と疑ったが、カタログには写真が載っていたので信用することにした。

 3月になってやっと次々開花し始めたが、大輪の猫ヒゲ様模様の可愛らしい花が咲いた。例年よりははるかに良い花が咲いたと思う。

 以下、その写真を載せました(写真をクリックで拡大)。最後の写真の色は、白ではなく、薄いクリーム色のようです。

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クレー展に行ってみた

 東日本大震災が発生して8日経った。健康上の理由から1日おきに血圧を測っているが、発生直後から最高血圧が(正常値内ではあるが)いつもより高くなっていた(最低血圧は不変)。それが、だんだんもとに戻ってきた。こういうニュース、テレビ番組だけで健康に影響を及ぼすとは恐ろしいものである。

 テレビの番組も今日辺りから正常番組に戻ったようで、震災のニュースを聞きたいと思ってもすぐには見れなくなった。そのかわりあいかわらず AG(公共広告機構)の宣伝の大合唱でこれでまた血圧が上がるかもしれない。

 今日は久しぶりに暖かい日で、気分転換も込めて、いま京都で開催中に「クレー展」に行ってきた。定年後のこの年になるまでパウル・クレーという画家のことは全く知らなかった。初めての鑑賞である。ただし芸術のことはよくわからないので、「マン・レイ展」に行ったとき同様、詳細は省略する。

 ただ見ていて、この絵を名もない人が描いた場合売れるのだろうか、と心配したが、案の定、クレーの絵もなかなか売れなかったそうである。会場で購入した「パウル・クレー 絵画のたくらみ」に37歳頃になってやっと売れ始める、と書いてあった。そんなモノでしょう。

 また、この人は美術の教育を受けているのかなと思ったら、やっぱり、美術学校を退学している。私も、ある大学のカルチャー教室を途中やめしたことをいつぞやブログに描いたが、クレーの気持ちもわかる気がする。そのせいか、失礼ながら、クレーの絵の雰囲気の絵なら私でも下手くそにでも挑戦して見れそうな気がして、今日はいいものを鑑賞できたとすがすがしい気分になった。それだけ親しみを感じさせる絵だったということだろう。だけど、そんな絵が描けたとしても誰にも褒めて貰えそうにない事だけは覚悟する必要がありそうである。

 最近出版された「シュルレアリスム―終わりなき革命 (中公新書) 」、「芸術新潮〜シュルレアリスムそうだったのか宣言〜」を読んだばかりである。シュルレアリスムの絵画は結構馴染みにくい面があるような印象をもっていた。クレーの絵もシュルレアリスムの範疇に入ると聞いて、ほんとうかと思ったが、そうらしい。クレーの絵ならシュルレアリスムも馴染み易くなりそうである。「マン・レイ展」、「クレー展」とこのところ行っている有名展覧会はどちらもシュルレアリスム、というのは単なる偶然だろうか。

 先日、変な絵を描いてブログに載せたが、このようなものでも次々描いていけば良いのだという変な安心感を持たせてくれた「クレー展」でした。

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2011年3月14日 (月)

大震災2-千の手の救い(千手観音さま)

 大地震が発生して丸3日経ちました。

 下の絵は、絵の下手な私が1ヶ月前に描いていた絵です。下手ながらブログに載せたくなりました。タイトルは「千の手の救い(千手観音)」としました。幾つかの画材を用いて描いたへんな絵です。

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2011年3月13日 (日)

大震災1-巨大地震 1200年前の貞観地震・三陸津波との比較

 2011年3月11日発生の地震・津波の凄まじさに目も当てられない日々が続いている。

 今日13日の朝日新聞には、不明者数膨大、となっている。痛ましいかぎりである。

 過去に起きた巨大地震と比較してみた。Wikipediaによると平安時代に過去日本史上最大と思われる地震が起こっている。

869年7月13日 三陸沖地震 - M 8.3~8.6(日本史上最大?)、貞観三陸津波、死者約1,000人。多賀城損壊。津波堆積物調査から震源域が岩手県沖~福島県沖(または茨城県沖)の連動型超巨大地震の可能性

となっている(以下これを『貞観地震・三陸津波』と記載する)。連動型超巨大地震といい、津波が発生したことといい、今回の地震とほぼ似た感じである。

 平安時代の推定人口が600万人として1000人の被害である。今は人口1.2億人としたら単純比例計算で『貞観地震・三陸津波の規模は現在に換算すると2万人の被害者』ということになろう。平安時代の戸籍は正確ではないという人がいるかも知れないが、戸籍は税(租庸調)の取立ての為にあるのでかなり正確なはずである。

 1200年前と比べ今の方が防災面では進んだ対策がとられているとは思うが、少なくとも防波堤は用をなさなかった。簡単に津波に呑み込まれた。そのため、実際は、平安自体と同じ、津波のなすがママ、ということになった。そのため、今日の話では、今回の被害者は万の単位になるだろうとの話が出ている。貞観地震・三陸津波と同じ規模になりそうである。

 結局、昔の経験が生きていなかった、ということになろう。全く防災対策が出来ていなかった、ということになろう。地震予知関係者は、想定を上回る地震、津波、だったと言っているが、果たして貞観地震・三陸津波が頭にあったのだろうか。頭の中は、そして、地震予知の国家予算は、東海地震だけではなかったではないだろうか。

 ちなみに江戸時代1707年10月28日に宝永地震(東海・南海・東南海連動型地震、M 8.4~8.7)が発生している(Wikipediaより)。このときの被害者は『死者2,800~2万人以上』らしい。この頃の人口は3000万人。現在の人口1.2億人として単純比例計算すると、『宝永地震の死者の規模は現在に換算すると1-8万人』となる。宝永地震の被害者は貞観地震・三陸津波と比べると人口あたりにすると同じ数値となる。

 見かけ上、宝永地震の方が数字が大きいので貞観地震・三陸津波は軽く見られてきたのであろうか。改めて国の予算の使い方、国政のいかがわしさ、を目の当たりにし、人間は1200年前から成長、学習していないな、と改めて思う次第である。

 私は京都に住んでいる。過去から地震多発地帯であり、活断層がそこら中に走っている。今PCを打ってブログを書いている私の尻の下にも活断層はあるようである。鴨長明などが記載した地震(1185年8月13日 文治京都地震 - M 7.4)が来たらひとたまりもないだろう。それが起こらないことを願う、という日々を送っていたら今回の東日本大震災が起こってしまった。本当に痛ましい限りである。

 阪神震災発生時、地震はそっちのけで政局に明け暮れていた政治家がいた。そのグループの後継者が今の政権にいる筈だ。今回はそんなことはないだろうと思うが、やはり、ここ1-2日の話を聞いていると、民主、自民とで補正予算などで挙国一致はできそうにもない。これも人間は学習出来ないということか。本当に『日本沈没』になりそうである。明日、震災後初めての株式市場が開く。株価が下がる予想である。(株価も含め)日本だけが本当に沈没しつつある。

[後日後記] 高さ10mの2重の防波堤を破られたという報道がある(3/14)。これではどうしようもない。町全体に20m以上高さの鉄筋コンクリートの建物(7階建て以上になろうか)を何棟も建てそこの上の方に避難するしかないのかな。

[後日後記2]後日のブログに載せた「千の手の救い(千手観音さま)」をさかのぼってここにも載せました。下手な絵ですみません。私の思いです。”Pray for Japan"

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[後日後記3(3/18地震発生後1週間)]今回の地震・津波の被害の全体は分かっていない。しかし、今日ある報道では死者・不明者で2万人を越る数字を出している。貞観地震をM8.6とすると、今回のはM9.0なので貞観地震の4倍の強さになる。地震の強さと被害者数は比例するとは思わないが仮に2万人を4倍してみると、8万人という数字が出てくる

[後日後記4(3/20)]1896年6月15日 明治三陸地震 - M 8.2~8.5、死者・行方不明者2万1,959人(日本最大の津波被害)、があったそうです。明治の人口が4000万人として現在はその3倍だから、被害者は計算上6.6万人となります。

[後日後記(4/27)]被害者数が今のところ、2万6千人というところ。地震発生からしばらくの間、消息不明の方が多数、という発表の町が数か所あったが、どうやら、無事だったようで安心しました。被害者数は数字上は貞観地震とほぼ等しくなりました。

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2011年3月12日 (土)

我が家にサルが再び出没-今回は写真撮影

 今年になってサルの出没頻度が増している。2月初めにサルが出没し、ニンジンを抜いてかじったあとが見つかった。

 その後、3月2日に、タマネギの苗が約一割かじられていた。キヌサヤの新芽もかじられたあとがあった。ダメもとで一応タマネギの区画にネットを張っておいた。

 そして、本日また出没。家の壁のあたりがドスドスという音がするので変だなと思っていたら、そのうち音がしなくなった。しかしすぐまたドスドスと音がしたので窓を覗いてみると、サルが、我が家の屋根を歩いたあと、庭木を伝わって塀の方に降りようとしている。3m程度の至近距離だ。そして、塀にたどり着き、塀を伝わって隣家の2階から屋根へと移っていった。サル2匹だった。しかも丸々としたやつ。下に写真を示す。(窓ガラス越しに撮ったので少々変であることをお断りします)。

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 こんなに頻繁にサルがどこかの街中で出没すると大騒ぎになろうが、我が家は街中とはいえ比叡山に近いしので騒ぎにもならない。今日のところは家庭菜園に被害はなかったようである。タマネギの区画にネットを張っておいたのが効果があったかどうかは不明である。

 この騒ぎいつまで続くことやら。今のところに住み始めて6年になるが今年はサルを見かける頻度が多くなっている。なにが起こっているのか。物騒な事になっている。こういう場合はどうすれば良いのか、警察にでも届ければ何とかしてもらうのであろうか。知っている人がおられたら教えてください。

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