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2010年10月20日 (水)

絵画教室の展示会めぐり

 昨日、市内中心部にあるいくつかのギャラリーの展示会をいくつか巡ってきた。

 そもそも退職後の趣味として彫刻的なこと(木彫、粘土塑像、仏像彫刻)をやっているが、外がも出来れば良いかもしれないと思い、デッサン等にも顔を出したが、どこかの芸術系大学の公開講座で馬鹿にされてあえなく撃沈した(以前報告済み)。

 どこかよさそうな教室はないかと思いいくつかの展示会をめぐることにし、昨日6つカルチャー(絵画)教室の展示会に行ってきた。どれも頑張って描いておられる様子はわかったが、途中から変なことに気が付いてきた。それぞれの教室で、どの絵も描き方が同じであることである。人は本来個性が強いものであるから、それぞれに自己主張的なものがあってもよさそうなものである。しかし、どの絵も「似ている」のである。例えば水彩画でもいろんな描き方ができると思うが、ある教室ではどの絵も同じような構造(?)で、同じような絵の具の使い方をしていて、コピーした作品がいくつも並んでいるのでないかと錯覚するような印象を持った。改めて、他の教室もそういう目で見ると確かにどれも「似ていた」。そして、「私はこれをこう描きたかったのだ」というのが見て取れないのが残念であった。教室にはいろんなレベルのスキルの人がいるとは思うが、技量の差を感じさせることもないのはどうしてなのか、不思議で仕方なかった。多分、先生と称する人が「介入」しすぎなのであろう、と想像した。どこかの公開講座で馬鹿にされた私がそんなことを言うのはおこがましいかもしれないのであるが下手でも釈然としないのであった。

 その帰り際に、どこかの大学(偏差値の高い大学)の同好会の新人展をやっていたので、立ち寄ってきた。その大学には美術系の学科はないので、みなさん全くの趣味でやっているはずである(卒業後も「絵」の方向に進み人はいないとか)。彼らの絵を見てホッとした。今までのもやもやが晴れてきた。彼らの絵はみんなそれぞれ画風(?)が違うし、それぞれの絵で何を書きたかったのか読み取れそうな絵ばかりであった。どこかの教室の「総コピー展示会」とはまるきり違うものであった。技量そのものは芸術系大学の学生とは違うと思うがそういうものを感じさせないものになっていた。偏差値の高い大学だけに「絵画は頭で描くもの」なのかなと思った。どこかの芸術系大学の公開講座で私を馬鹿した先生は某有名芸術系大学出身のものであるが、明らかに人間的には劣った人と思わざるをえない(教える資格なし)し、そういう人に人をひきつける絵がかけるわけがない、と思わざるをえなかった。

 結局、昨日の展示会巡りでは、私のふさわしい教室は無かった、ということになろう。そういう「カルチャー教室」に参加した場合、私は揉め事を起こしそうである。残念なことである。趣味として彫刻的なこと(木彫、粘土塑像、など)をやっているが、それらもカルチャー教室かそれに近い感じの教室でやっている。しかし、そこでの作品はみんなばらばらで個性があるのである。絵画と彫刻ではなぜそんなに違うのか不思議で仕方ない。

 

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