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2010年10月 8日 (金)

「名曲ベストヒット歌謡」-前野曜子を偲んで

 昨日、テレビ大阪で「一挙3時間全75曲 名曲ベストヒット歌謡”魅惑の昭和40年代”」とする3時間番組があった。今のシーズンはTVは特番ばかり放送していて、そうでなくても面白くないTVがますます面白くなくなっているので、またナツメロかと思いつつも「名曲ベストヒット歌謡」の番組をつけていた。

 そのとき、ペドロアンドカプリシャス「別れの朝」がかかってきた(番組ガイドには記載はなかったが)。映像はなし。曲だけ流した(←映像もあったそうです。ながら仕事をしていたので見落としていました)。どうせ高橋マリが歌っているのだろうと思っていたが、それが終わったあと司会の竹下景子(以下、敬称略)が、かわいい「前野曜子」さんでした、と紹介した。はっと思った。前野曜子、って誰だったか。すぐには思い出せないなかった。

 世の中にYouTubeが出てきてもあまり動画の方は殆ど見ていなかったのだが(私の場合のパソコンは「静画」中心)、「前野曜子」でネット検索すると、なんと彼女の映像まで出てきた。そして、前野曜子とその他有名歌手の「別れの朝」の映像もたくさん出てきた。

 しばらくは前野曜子がピントこなかったが、YouTubeで見ているうちにだんだんと記憶を取り戻してきた。あの小悪魔的で、男集団に混じったミステリアスでキュートなかわいい女の子か、ということが。そして、「別れの朝」は前野曜子の歌だったことが。

 そして、いままでなんどもナツメロ番組を見ているが、前野曜子が歌うのは今回が初めて取り上げられたような感じであることも。

 そして、他のうまい歌手(彼女らもほんとうにうまいが)と比べて、違ったウマさ、雰囲気があることをYouTubeの動画で再確認した。

 しかし、いろんなトラブルを起こし早世しただけに、心痛む気持ちも強く、番組が終わっても何回も前野曜子を聴き、いろんな思いからなかなか寝付かれなかった。生まれ年が私と同じでまたびっくりした。私と同じ青春時代を生きていたのだと。今生きているとしたら還暦を超えている。還暦を過ぎても生きている私も結構トラブルだらけの人生を歩んできたので人ごととは思えなかった。ただ、彼女の場合は疾走しすぎたけども。

 こういう上手くて雰囲気のある歌手がその後病気で活躍できずなくなってしまったことが、残念でたまらない。よき昭和40年代の一幕を、よき思い出を作ってくれてありがとう。

[後日後記] このブログを書いている時も前野曜子とは、いまいち記憶がピンとしていないところがありましたが、その後どんどん鮮明になってきました。あのアフロヘアーで、男集団の中で、ミステリアスで、ちょっと浮いた感じで魅力ある歌の上手い子だった、ということが(そういう雰囲気がとてもよかったのですが)。どういう正体の子なんだろう、といつも思っていましたが、タカラヅカ時代があったとまでは知りませんでした。

[後日後記2] コメントくださった方、誤って削除しました。すみません。コメント読んでいますので。

[後日後記3] 前野曜子の記憶がさらに鮮明になってきました。あの当時、ポット出のような感じの無名の子がどうしてこんなに歌が上手いのか、音痴の私は不思議に思っていました(その当時はタカラヅカ経歴まであるとは思いもよりませんでした)。ペトロアンドカプリシャスとしてはどうやってこういう子を探してきてボーカルにしたんだろうかとも。そういう意味で「ミステリアス」だったのでした。しかし、ほとんど一発屋的で、マスコミからも消えていって、その後40年近く忘れていました。別れの朝以後ほとんど活躍できず本当に残念な「歌姫」でした。

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コメント

前野曜子と高橋真梨子の唄比べは「別れの朝」だけではありません。つい先日から「ある愛の詩」(Love Story)もYouTubeで二人の唄の聴き比べができるようになってます。前野曜子のハスキーだけれど繊細さのある唄は映画のシーンを彷彿させます。情感の伝わり方の違いでしょうか?この曲も前野曜子に1票を入れます。
去年(2011・11月)から前野曜子の復刻版CDが7枚発売されているのを御存知ですか?亡くなって23年たってもフアンが増殖中です。

投稿: 一人旅 | 2012年9月11日 (火) 23:10

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