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2009年8月12日 (水)

私はそもそも左利きなのか右利きなのかー絵画の練習で疑問

 私は本来左利きであるが、子供の頃、親に矯正されて、鉛筆、箸などは右手を使ってきた。ちょっと力を使う作業は矯正されてなくて左手を使っている。その境目は、スプーンを持つ手が左手、消しゴムを持つ手が左手、という感じである。ナイフとフォークは我々のような団塊世代ものにとっては年を取るまで(といっても20歳台だが)使うことがなく、20歳台に頭で考えて右利きの人が持つ持ち方、すなわち、ナイフは右手、フォークは左手を使うようにしてきた(自己矯正か?)。

 以上の状態で定年後まで来た。定年後は、趣味として、仏像彫刻や粘土いじりをやっている。これらの作業は力がいるので、当然、左手を使っている。

 しかし、仏像彫刻や粘土いじりをやっていると、どうしても、デッサン、クロッキーを練習しておいた方がよかろう、と思うようになった。そして、このところ、絵画系の勉強に手を出し始めて混乱が始まった。絵画系は子供のときから苦手なのであり、なかなか自ら進んでやろうという感じではなかったし、もちろん下手でもあった。版画は掘りの作業が入るのでそんなに嫌だという感じではなかったのだが、なぜか絵画系はだめだった。

 そういうことで一年前からクロッキーを初めた。今も当然下手なままであるが(美大系の受験生と比べ何たる差があることか)、なぜか困ったことがでてきた。それは、私としてはクロッキーを右手で描いた方がよいのか、左手で描いた方がよいのか、ということでまだ解決していない。

 クロッキーは鉛筆をもちいて描くので私としては「右手」で描くのがよかろうかと思った。細かいところを描くのは文字を書くときと同じように当然右手という感じであったががなぜか描きにくい。しばらくしてから、クロッキーの場合は「左手」で描く方がよいのではと思い、左手でしばらく描いてみたが左手では細かい手の動きができなくてうまくかけない。結局どちらの手で描いても楽にはかけない。

 これと同じことが昔からある。鉛筆は右手に矯正されたが、黒板(今では「白板」か)にチョークで字を書くときは、右手で書いたり、左手で書いたりする。これは小学生のときから今でも同じである。小学生のときに、右手に持っていたチョークを途中で左手に持ち替えて描いて、先生に(今ではばかな教師だったと思うが)「行儀が悪い」というお叱りを受けたことがある(それがいまだにちょっとしたトラウマになっているのかもしれない)。

 チョークで字を書く場合も右手でも左手でもあまり上手な字は書いていないようである。クロッキーの場合も、要するに、右手でも左手でもよいのかもしれないが、下手な絵しか描けていない。この調子だと、「両刀づかい」というよりも、私の場合は、右手でも左手でもろくにかけない、「両刀ともダメ」ということになりそうである。

 クロッキーと同じような経験を最近した。仏像彫刻をやっていると彩色をしたくなるものである。そこで最近、極彩色の勉強を行った。簡単なものを木彫してそれに色を岩絵具でつけるという練習である(つまり繧繝彩色の練習)。同じ木彫りのものを3個作り、色のバリエーションも考えながら基本的には同じように色をつけていく  という作業である。日本画絵具を用いるのは全くの始めてであるし、極彩色で細かい色をつけていくというのも全くの初めてであった。戸惑いながらも筆は「右手」で持つのが当然と思って最初のうちは右手で作業を行った。その次に2つ目、3つ目と作業を進めていくうちに、右手では手が震えやすいということに気づき、知らない間に左手に絵筆を持ち替えていた。結局最後は左手であった。左手ではあったが、細かい作業が本当に左手でできていたのかどうかの疑問は残る。

 これと似たようなことが木炭デッサンでも起こっていた。クロッキーのあと木炭デッサンもこの年になって初めてチャレンジしたが、この場合も最初は木炭を右手に持っていたがそのうち、左手がメインになっていた。

 以上のように、どうやら、絵の場合でも利き手は「左」というのが正解かもしれない、という事象は積み重なってきた。しかし、まだ、左手が自由に使えるという状態でもない。これは、まだ、絵になれていないからかもしれない。同じように、今のうちなら右手を鍛えると右手でもうまくかけるようになるかもしれない、という気もしないではない。

 こう考えてみると、子供のとき鉛筆、箸を右手で持つように「矯正」されたメリットは何一つない。左手のまま育ててくれたら苦労することもなかったろうに、と、この年になっても思う。左手だからといって差別されることもなかったのになぜ矯正されたのか、不思議である。

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