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2008年10月の6件の記事

2008年10月22日 (水)

アオムシは『グルメ』-我が家の家庭菜園

 わずかばかりの土地にいろんなものを植えて家庭菜園をやっている。葉物野菜などにはアオムシ対策のために防虫ネットをやっているが、キャベツ、ブロッコリーについては、いままでアオムシが付くのが少なかったし、防虫ネットが掛けにくいので今年もアオムシ対策なしで栽培している。その数はわずかで全部あわせて15苗程度である。

 家庭菜園を始めて3年になるが、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーについては、あまり、収穫量が芳しくなく、今年は、種をある種苗メーカーのものに全部変えてみた。いずれも、そのメーカーでは家庭菜園用としてお薦めで定番の種である。したがって今年は、試験栽培的な感じで5-6苗ずつ植えたことになる。

 無農薬でやろうとしているのでないが、農薬の使い方を知らないので、結果的に無農薬になってしまう(オルトランぐらいは散布したが効き目ない)。それでも、昨年まではなんとか、我慢できる程度にしかアオムシが付かなかった。それで今年も油断していた。

 ところが大間違いである。全部で15苗程度しかないが、この数週間毎日毎日アオムシを捕っても捕っても見つかってくる。このところ1日三回、朝、昼前後、3時ごろ、チェックしているが、いつ見てもたくさん見つかり捕殺する。最近少々減ってきたが、それでも見つからなかったことがない。一生懸命アオムシを捕殺している時に蝶々が飛んでくるが腹が立つもである。

 最初の頃は葉の裏(とくに、ブロッコリー、カリフラワー)のある程度の面積に黒い卵がびっしり産卵しているのをいくつも発見。これが孵化すれば大変だと、葉っぱごと処分したものである。その後も、どこから湧き上がってくるのか、次から次へと発見しては捕殺している。

 キャベツについてはアオムシを発見するのが困難で見つからないから大丈夫と思っていたら、キャベツ球が1/4-1/3程度かじられてしまった。アオムシがかじるのは面積、体積ともに大きすぎる、と思ったものである。鳥がかじったのではないかとの疑いも出てくる。その後、防トリ対策を簡単にやり、また、もし、キャベツ球をトリがかじるのであれば分かりやすいだろうと思って、キャベツ球に水きりネットをかぶせておいた。数日後たっても被害は減らず、逆に広がっている感じで、あるとき、水きりネットをはずして良く調べてみると、アオムシがたくさんいた。埒があかないのであきらめてキャベツ球を収穫してみた。下のの葉っぱをむしりとりつつ、アオムシを数えたら、1個の玉に10個程度見つかった。そのキャベツ玉を台所で水につけておいたら、ぽろぽろと中からアオムシが落ちていったようである。その数計10匹程度。合計20匹ものアオムシがすくっていたことになる。今までで最多の経験で、今までで最大の被害である。今年はもうあきらめて、早いうちに収穫することにしている(早い目でも結構しっかりと詰まっている)。

 いままでの種では、特にキャベツについては(ブロッコリー、カリフラワーはまだ収穫できない)成長も悪く美味しさもいまいちであったが、今年のキャベツは生育も良く美味しい。今年アオムシが多いということは『アオムシはグルメ』ということのようである。

 ブロッコリー、カリフラワーについては発見しやすいが、花蕾がやられると一大事なので今後更に注意して見つけなければいけない。これも結構しんどいものである。

 来年は、キャベツにも、防虫ネットをするしかないようであるが、ブロッコリー、カリフラワーは防虫ネットがしにくいのでどうしたものか思案中である。

 我流でやっている我が家の菜園では、わずか15苗程度でこのように大変であるが、大々的に栽培しておられる皆さんはどうされているのか不思議で仕方ない。

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2008年10月14日 (火)

今日は60回目の誕生日でした

 今日は60回目の誕生日でした。今日ある本を読んでいて60歳を耳順というのだということを思い出しました。世の中が何も信用できなくなっているので(株、金融、政治、世相、etc)、「耳順(みみしたがう)」という言葉が現代には合わなくて、そのギャップに唖然とした思いです。孔子の単語でしょうが、当然中国の人も「耳順」とはほど遠い精神状態のように感じられます。この単語は全くの死語になってしまいました。

 ということで、今日は60回目の誕生日でしたが、一日中雨で、「平家物語」の読書(読み始め)、仏像彫刻(阿弥陀如来)で終わってしまって、単に「死への一里塚」でしかありませんでした。今日、株が14.5%上がったのですが、うれしいどころか、いままで下がりが大きすぎた部分を取り戻していないし、明日はどうなることか。金融危機の震源地のアメリカ、というより、その為政者であるブッシュ自身に信頼が置けない人間不信の時代です(またしてもノーベル経済学賞はアメリカでしたが。なってこった)。

 ということで、何も無い60回目の誕生日でしたが、夕食は久しぶりに焼肉(松茸がわずかに入っている)にしてもらいました。




 

 

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2008年10月13日 (月)

秋の家庭菜園の現状(今のところ元気なタマネギの育苗)

 秋の家庭菜園の状況である。以前に、「何回やってもダメなタマネギの育苗」という題で、タマネギの育苗が昨年、今年と2回続けてうまく行かなかったことを書いた。どちらの場合も露地での育苗で、雨に打たれてやられているような感じがしたので、再播種した今年2回目の育苗では雨のあたらないところ、即ち、軒先で栽培している。種蒔後21日目であるが、なんとか元気にしてくれている(下の写真)(参考:今年1回目の播種分は種蒔後10日目に強雨に打たれてほぼ全滅死した)。

Sdsc_00261

 55日目に定植なのであと1ヶ月このままである。露地ではうまく行っていないが一般的には皆さんどうしているのか、一人で我流でやっているので良く分からない。

 ちなみに、タマネギは過去2年間大きくならなかった(「素人のタマネギ栽培の失敗談」)が、その理由をいろいろ考えていて、どうやら、肥料が少なかったのだろうという(推定の)結論に達しつつある。それを踏まえて今年は以前よりも多めに、また、春先の肥料もちゃんと、やろうという心積もりである。

 そのほかの野菜については、葉物野菜のチンゲンサイ、コマツナは今のところ順調。今年初めてのシュンギク、ミズナ(プランター栽培)については、ミズナは順調であるが、シュンギクについては、またしても畑が猫で荒らされたので今後どうなることか分からない。

 その他、カブ、ダイコン、茎ブロッコリー、カリフラワー、キャベツなどを少しずつ栽培していてどれも今のところ順調である。茎ブロッコリー、カリフラワー、キャベツについては今年は新しい種を買っていて以前と比較しても順調であるが、かなり何物かに食われている。犯人の1つは虫(アオムシ)である。トリも可能性がある。トリは、今後、襲ってくる可能性が大なので、栽培区画にヒモを張り巡らせたところである。

Sdsc_00271

 カブについても初めてであるが、栽培区画が背の高い万願寺唐辛子、シシトウの日陰になっているので心配していたが、なんとかいけそうである。ダイコンもなんとかなりそうである(下の写真)が、今年の1月にサルにやられたので、今年は早い目に収穫しようと思っている。

Sdsc_00281

 気温が下がってきて、秋(冬)野菜にはやっと調子のよい季節になってきたようである。

 夏野菜についてはもう終了したものも多いが、万願寺唐辛子、シシトウ、カラーピーマン(パプリカ)はまだ実をつけている。花も咲いているので、もうしばらく続くようである。パプリカは最後のものが黄変を始めたところである。ゴーヤはもう最後のものを幾つか収穫すると終わりである。ナスは過去我が家ではうまく育たないが、今年は一苗だけ栽培したのがまた花を咲かせ始めた。ちゃんと実るのかどうか怪しい。

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2008年10月 9日 (木)

金融危機他なのに今年もノーベル経済学賞は出るのかな

 あと数日でノーベル経済学賞の発表の予定(10/13か?)と思う。過去はノーベル経済学賞はかなりの割合でアメリカ人(アメリカで在住の研究者も含む)が受賞している。

 アメリカ発の金融危機、経済減速の中で、今年もアメリカ人にノーベル経済学賞がでるのかな?出たら本当に「ブラック・ジョーク」だ。経済学は一国の経済を扱うものは少ないだろうから、どこかでアメリカ経済、金融と関係したものにならざるを得ないだろう。従って、アメリカ人以外の誰がもらうにしても「ブラック・ジョーク」になりかねない。

 唯一「ブラック・ジョーク」にならないだろうと思われるのは、日本の「公的資金注入政策」かも知れない。しかし、これも一種の「ブラック・ジョーク」だろうけども。

 こう考えるとますます、ノーベル賞のばからしさが浮かんでくる。今年は「該当者なし」が妥当ではなかろうか。そして、過去の受賞者の一部も賞および賞金を返上すべきではなかろうか。


 

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2008年10月 8日 (水)

法隆寺再訪

 昨年の今頃、久しぶりに法隆寺を訪れた。昨年が人生で3回目だったかと思う。もともと金堂に置いてあった小さな仏像(「仏像H」と以下略)(昨年は大宝蔵院に置いてあった)の彫刻をするのに先立って下調べをするためであった。

 それから一年経ち、その仏像Hの彫刻もほぼ完成近くなってきて、最後に不明な点を確認する目的で法隆寺に行った。ある人から先日、その仏像Hが大宝蔵院に展示されていなかったといっていたので、電話で確認してみたところ「あります」との返事であったので安心していった。

R00110121 平日のため観光客は少ないだろうと思っていったが、思っていたよりも更に少なかった。しかし、特に小学生の修学旅行生と思しき団体で混雑していた(写真参考)。しかし、小学生は一箇所にじっとしていることが苦手なので、すぐ場所が開くので、拝観するのに邪魔にはならなかった。これが、年配の人だと動きも悪いし一箇所に踏ん張るので困ったものである。

 現在金堂は修理中で、金堂の中のかなりの仏像が上御堂や大宝蔵院(一般の公開及び「法隆寺秘宝展」)に展示してあり、明るい場所で拝観出来たのは幸せであったかもしれない。

 今回の再訪の第一の目的である仏像Hについては大宝蔵院にあるということであったが、昨年置いてあった場所に行ってみたが、似たようなものは置いてあったがそのものは置いてなかった。彫刻の最後を詰めをするための勉強が出来なくなってしまった。わざわざ法隆寺を再訪した理由がなくなってしまった。

 しかし、その横をふと見ると、鳳凰の像が置いてあるのにはびっくりした。いま制作中の仏像Hの次は鳳凰が候補に挙がっていたところであった。いずれは制作するのだろうと思って、じっくり見させてもらったのは思いがけなかったので有り難かった。

 最後に「法隆寺秘宝展」に行ってきて、今年6月の奈良国立博物館での「法隆寺展」を見逃したものなので、その際展示されていた、金堂の四天王像が展示してあった。奈良国立博物館とは違って全く人気(ひとけ)の無いところでの拝観となった(別料金が必要なので、修学旅行生は全く寄り付いていない場所である)。

 ただ、係りのおっさんが、客がほとんどいないせいか、沖縄歌謡(なきなぁ~さ~い~わらい~なぁ~さい~、・・・・・、の曲)を大きな声で口ずさんでいるのには、怒ってやろうかと思ったが、逆切れせれて殺されると困るので客のほうが我慢していたら、かなり経って、おっさんは我々の存在を察知したのか歌うのを止めた。この間、鼻歌ならまだしも、歌の練習のような感じの大声であった。法隆寺の関係者が、他人にはいろいろあれは禁止、これは禁止と制約を加えるのに、自らが、そういう、場にふさわしくない行動をとるとは法隆寺であるが、いずれ、その財産をつぶしてしまいかねない落ちぶれた寺になるのであろうかと心配し、びっくりしてしまった。こんな寺社はかつて見たことがなかった。修学旅行生だけが拝観するお寺でしかなくなるのかもしれない。

 奈良国立博物館の「法隆寺展」には行かなかったが、四天王像の写真が多いので法隆寺展の図録は欲しいと思い、古本屋で探していたが見つからなかった。お土産売り場に丁度その図録を売っていたので、喜んで購入した。いつか機会があればと彫刻したいと思っているのでその参考になるかもしれない。また、鳳凰の写真も幾つかあり今後の参考になる。

 このように、半ばがっかりしたが、半ば来た甲斐があったという感じの一日であった。目的の仏像Hが無かったので、今後、誰かに教えてもらって「善処」するしかなかろうと思う。いずれにしても趣味でやっていて、完成すれば「お蔵入り」になってしまうので好きなように制作すればよい。

追記:法隆寺のような展示物が多く、その移動の激しい寺では、現在の展示品のデータベース、一時移動しているときは現在の存在場所も記したデータベースを作るべきて、電話でいい加減な返事をしてもらいたくないものである。その展示場にいた係りのおっさんにも聞いてみたが、全く役立たずであった。法隆寺の誰が展示物の管理、統率をしているのか知りたいものである。拝観料をたんまり取るのであれば、そういうサービスをやるのが当然であり、法隆寺のHPの貧弱さも困ったものである。沖縄歌謡を歌っていたおっさんといい、信仰の聖地としては、あるまじきことがあるお寺のように感じ、これでは仏教自体が衰退しても致し方ないなとあきらめざるを得なかった。観光客に対しても先人の遺徳を引き継いだ対応をしていないなと感ずるしかなかった。

 

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2008年10月 6日 (月)

還暦前の今の読書志向

 会社を早期退職で辞めて3年ぐらい経つ。その間、職につくこともなく、、毎日サンデーの日々を送ってきた。

 会社を辞めてすぐのときは、結構、新書本などの軽い本(新書本が全部軽いというわけではないが、読むのが遅い私でも1-3日で読み終わってしまう)をたくさん読んでいたようである(もともと小説はあまり読まない)が、最近では読む本の性質が変わってきたようである。

 その間に、団塊の世代に好まれるようにと「カラマーゾフの兄弟」が新訳されたが、団塊の世代ではなく、若い人(特に女性か?)に人気が出たようである。団塊世代の私は、20代の時に読んだカラマーゾフの兄弟を改めて読む気にならなかった。「魔の山」については以前読んだことがなかったので2年前に読んだことがある。しかし、それ以降は、小説の大作は読んでいない。

 そのように、ボツボツ、また、手当たり次第に、乱読しながら、時間つぶし的かなと思っていた。そういうときに、ある人が良寛さんについて書いた本の中に、若い時期、曹洞宗系のお寺で修行した良寛さんが、年取ってから、正法眼蔵の95巻本が江戸末期(後期)に初めて出たので、人から借りてむさぼり読んだ、ということが書いてあった。道元以来500年間埋もれていた部分があるということらしい。それをよんで、私も正法眼蔵に挑戦しようと思い立ったが、そもそも正法眼蔵を理解する素養が無いので現代語訳の全集を読んだ。それが、この春先である。

 しかし、全く理解出来てていなかったので、何を読んだか、後味が悪く、改めて別の全集(ちくま文庫)を今年の4-6月の間に苦しみながら読んだ。結果は、理解で来ているような出来ていないような、という感じ。もともと只管打座を主旨とする教えなので、書物では理解できないのであろうが、それにしても、厳しい状況であった。しかし、今までの長い人生で、こうした書物に親しむ時間もなかったことを思えば、貴重な時間を過ごすことが出来たもんだと思っている。

 その後は正法眼蔵で「古文」に我ながら親しんだせいか、カラマーゾフの兄弟ではなく、日本の昔話の方に興味が行き、今では、「今昔物語」を原文で(岩波文庫)で(注釈つきで)読んでいる。昔から今昔物語は受験勉強(「古文」)で出てきたりはしたが、内容については理解しているとはいいがたかった。こうして改めて読んでみると、文章にリズムを感ずるとともに、昔の人の生き方、生活、世の中の風潮などがいろいろ読み取れて面白いものである。ついついのめりこんでしまった。芥川龍之介を初め、多くの、小説家が、今昔物語を元に多数の小説を書いたのもうなずけるものと理解できる。

 今は、まだ、今昔物語を読んでいるところであるが、次は「平家物語」に挑戦する予定である。

 

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