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2007年10月の10件の記事

2007年10月24日 (水)

懐かしのロッテのラミーチョコ購入

 団塊世代の私にとって、昔発売され、その後中止されていたものが、再び30年前後たって再び発売されるようになることはうれしいものである。その中に、ロッテのRummy(ラミー)チョコレートがある。40年近く前の20代初めの学生の時にはしょっちゅう食べていたが、その後、知らないまま発売中止になっていたようで、数年前、生命保険のおばちゃんからバレンタインデーにもらってびっくりしたことがある。生命保険のおばちゃんも売っていたのでびっくりしたそうである。その後、また途絶えていたのかもしれないが、昨年ぐらいから「季節限定」として発売されるになり、今年も「季節限定」品が発売になり、今日ゲットした次第で、改めて懐かしい味を楽しんだ。

 ラミーチョコと同時に昔発売され復活したのがバッカスチョコである。ラミーチョコはラム酒につけたレーズンが中に入っているし、バッカスチョコはアルコール分がそのままチョコに閉じこまれている。長年中止になっていたのは、品質管理に問題があったのかと想像している(昔は季節限定ではなかった)。季節限定でも復活してくれたことはありがたい。

 昔販売されていて復活を願いたいのは、40年前の昔京都の銀閣寺の門前の通りに屋台をだして売っていたラーメンである。ある日突然店じまい(屋台じまい)してしまった。そのときは理由は分からなかったが、どうやら屋台禁止という行政の方針によるものらしい。道路を占拠し、交通の障害になるのは明らかだったからである。

 10年ぐらい前にテレビ番組でそのラーメンの復活を願って、当時の屋台のラーメン屋さんを探し出し、当時のラーメンを復活してもらった番組があった。そのときの話ではもう材料が手に入らないので40年前と同じ物は作れない、似たようなものを作るにしても一杯2-3千円かかるということだった(昔は一杯100円程度で売っていたと思う)。そのとき作った味は40年前の味ということでうらやましくあったが、もうその味は二度と味わえないということが判り残念に思ったものである。しかし何とかこれも復活して欲しいものである。いま京都にはいろんなラーメン屋があるが、昔の銀閣寺の屋台のラーメンに近いものがあれば、飛んで食べに行くのにと思う。

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2007年10月22日 (月)

阿修羅像(頭部)の石膏像の作製

Blog1s_2

 趣味として彫塑関係の教室に時々通っていて、この数ヶ月、興福寺の阿修羅像をもとに、頭部(のみ)の石膏像を作っていた。手順として、(1) 粘土で阿修羅像(頭部)を作製し、(2) 石膏で型取り(雌型)したあと、(3) 粘土部分をはずす。(4) この石膏の型に石膏を流して石膏像(雄型)を作製する、という順序でやってきた。途中、雌型を作った後の粘土部分を捨てないで素焼きにしたことをブログで報告した(「阿修羅像(頭部)の粘土像」)。

 その後、雌型に石膏を注入して雄型をつくっていたが、メス型と雄型の分離がうまく行かなくて、作品にいろんな種類の傷がついてしまった。また、もともとの粘土の残りも結構雄型についていて汚いものになった。本来は真っ白に近いものでなければおかしいのであるが大分汚れてしまった。

 雌型-雄型分離で悪戦苦闘した時に付いた傷などはあとで石膏で修正しサンドペーパーなどで磨いて何とか作品(?)に仕上げた。出来上がったものが写真である(クリックで拡大します)。首の部分はもともと作製してないが、写真で首の部分に見えるのは「台座」のつもりで後から付け加えたものである。

 6月くらいから月2回のペースで4ヶ月かかって作って来た。もともとすべてが下手であるうえに顔が3つあるのでなかなか大変であった。最後の段階では目、鼻、口などの部分の作製はうまくいかなくて、時間ばかり経って、もういいやと中途半端なところで終えてしまった(従って写真もディーテルがわかりにくいように上から写したものを使いました)。

 ど素人の変な阿修羅像頭部になった。大学の授業で採点されるとしたら不合格だったろう、と思うのであるが、初心者の(初級の)趣味の教室として個人的に楽しんでやっているのでこんなものでよいのではないでしょうか。

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2007年10月20日 (土)

花梨の落果('07-Oct20)

Dsc_00181  昨日は久しぶりで一日中雨であった。結構降った様で、朝、庭木の下を見ると、花梨の実が7個程度落ちていた。

 今年は花梨が4月にたくさんの花を咲かせ、また実もたくさんついた。細い木に50~100個程度ついたようである。これが秋になって全部ソフトボール大になっていくと枝がバリバリに折れるであろうと言う心配があったが、大きくならないうちにぽろぽろと落ちだしていって、この調子だと残るのわずかであろうが昨年の数個よりは多いだろうと思っていた。そのうち、落ちるのも止まって実も段々と大きくなっていて、11月の収穫時にはそこそこの数になるであろうと思っていた矢先、昨日の雨で7個落ちてしまった。残った実を数えたら11個程度になっていた。あわせて18個になりそうである。

 昨日早い目に落ちたものも置いておけば熟成が進むかもしれないのでしばらくは室内で保存である。しかし、困るのは、花梨の実は使い道である。昨年は花梨酒にしたが、あっさりして美味しいのは美味しいのであるが、飽きがくる。砂糖も入れすぎたようで、あまり飲まないでそのままの状態である(今年も一部砂糖を減らして作ってみようかな)。

 残る道は、ジャムにして食べるという方法である。どんなものになるか食べたことがないので分からない。今年は挑戦と行くか。赤福の餅の成分が砂糖半分以上で驚いたが、ジャムも砂糖半分以上であまり体にはよさそうにない。特に、男性の半分以上がメタボと診断されるような変な基準を設けている国においては、赤福もジャムも食べない方がよさそうであるが、今年は例外として挑戦してみるかな(作るのは奥さんだけども)。

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2007年10月17日 (水)

反省の弁を述べなくなった日本人

 いろんな事件が続いているが、社会的立場にある人間が事件・トラブルを起こしたとき、昔ならば、謝罪の言葉が聞けたけれど、最近続く事件・トラブルでは、謝罪の言葉が聞けなくなった。言葉の上では「謝罪」といっているが、会見の雰囲気は「謝罪」としているが、実際はなんら「謝罪」の気持ちがつたわってこない「謝罪パフォーマンス」がはびこっている。

 例を挙げると、
(1)  朝青龍事件。モンゴルに帰るときも、モンゴルに引きこもっている今も、「謝罪」はない。自分がやったことは「正当」らしい。(朝青龍は日本人ではないが、ここでは準日本人として取り上げた。)
(2)  ある相撲部屋での「リンチ殺人事件」。元親方は被害者がなくなったことはお詫びしているようだが、自分がやったことは「正当」らしい。
(3) ボクシング界のある一家の不祥事。今日謝罪会見をしたようだが、何を謝罪しているのか分からない。問い詰めていくと、自分がやったことは「正当」らしい、とも思えるQ&A。
(4) 不祥事の続く相撲協会の理事長。自分がなにもやらなかったことには、なんら責任を関しなくて、「正当」らしい。
(5) 最後に、前首相。辞任会見で「国民にお詫びする」の一言があったのか。あったとしても一番最後だったと記憶している。一番最初にお詫びするのが、一番最後だのようで、何をお詫びしているのか分からない。

 日本人・日本にすむ外国人すべてが、自分のやっていることは何も悪くないらしい。法に触れなかったら何をやってもいいのだ、という風潮を作ったのは誰だろう。憲法に触れなかったら郵政民営化で変な「解散・総選挙」をやってしまう首相もいる国だから、上記の例をとやかく言っても仕方ないだろう、とも思われる。本当に、首相から末端まで、嫌な世の中になってきたものである。

 外国では(外国人は)一旦「謝罪」を認めるとあらゆる損害賠償がでてくるので、非があっても絶対認めない、というのは聞いたことがある。しかし、日本の上記の例では、そういう問題も多少はあろうが、それとは別の、人間が「非人間化」してきている姿、人間が動物か、いや、動物以下に成り下がって生きている様子、を見てきているような気がしてならない。「品格」が歩かないか、という問題をはるかに通り過ごし、動物以下に成り下がっているような気がしてならない。

 余談であるが、私は何でもすぐにお詫びし馬鹿にされてきたような気がする。特に、前職の会社では。私のような考えの人間が受け入れられる世の中ではなくなっているような気がして寂しい限りである。

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仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習

 3が月前ほどから、仏像彫刻の教室に通い始めた。彫刻刀を持つのは小学校の時にペン皿を作ったり、版画をしたりして以来である。

 教室では、彫刻刀の練習もかねて、仏足、仏手(開き手、握り手)から始まった。それが以下の図である。あまり出来が良くはないが、こんなことをやっています、というぐらいのところであろうか。

Tyoukoku1_2

仏足、仏手のあとは、地蔵菩薩の仏頭を作った。初めての「顔」の木彫りで目鼻の位置がうまく取れなくて、紹介するのも恥ずかしいのものとなった。しかし、先生の方は我慢してくれて、次の聖観音菩薩仏頭の練習をした。出来上がったものが以下の写真である。

Tyoukoku2a Tyoukoku2b

 髪の毛の模様が複雑そうであるがやってみると思ったよりは簡単であった。それよりも「顔」自体の方が地蔵菩薩の仏頭の場合と同様に難しかった。何年経っても顔は難しい、という先輩の方の慰めの言葉を頂いた。

 次の練習は、釈迦如来仏頭であったが、パスさせてもらって、初心者用にアレンジした救世観音像に取り組んでいる。テキストでは簡単そうに書いてあるだが、そうは行きそうもない。

 

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2007年10月11日 (木)

ピンホール写真講座受講-その後2-ピンホールカメラの作製

 先月(9月)のピンホールカメラの講座を受けて、ピンホールカメラを作製することにした。講座の担当の先生の薦めもあって、ブローニーフィルムのマガジン(6x7判)の上に、ピンホールのボックスを組み立てることにした。ブローニーフィルムのマガジン(6x7判)を入手したことは先日報告した。

 カメラ自体については、先生は、基本的にはボール紙でピンホールのボックスをつくっているとのでそれを真似することにした。ボール紙のみでは強度に不安のある箇所は補強を目的に細い檜材も用いた。そして、すべて、つや消し黒のスプレーで着色した。

 焦点距離の違うボックスを装着できるようにと、以下の写真のように、マガジンにくっつける部分(左側)とピンホールをくっつける部分(右側)に分けた。マガジンにくっつける部分は家建築で言えば「コンクリートの土台」の部分に相当するかもしれない。ピンホールをくっつける部分、これは、家本体の部分に相当するが、それは高さを変えることにより異なった焦点距離のものを作ることが出来る。平屋、2階建て、3階建て、といった感じ。焦点距離でいえば40mmと50mm程度のものを作ることにした。

Dsc_0017b1_2

 下の写真は、マガジンにくっつける部分(左側)とピンホールをくっつける部分(右側)を合体させたものである。

Dsc_0022b1_2

 下の写真は、マガジンにくっつける土台部分をマガジンに装着苦したところである。両者の接着には両面テープを用いた。

Dsc_0027b1_2

 下の写真は、完成図である。土台部分にピンホールのついた部分を載せてテープで接着したものである。他方、桐の端材を加工して三脚取り付け用ナットを取り付け三脚に固定出来るようにしたパーツをつくり、それの上にカメラを載せている。ピンホールは、講座のときに予備に作っていた0.25mmのものを用いた。シャッター部分はテープの開閉で行なうようにしている。

Dsc_0119b1_2

 以上で完成と思っているが、光漏れなどこれから実践でチェックする必要があると思う(多分大丈夫であるとおもっている)。

 これを用いて撮影の取り掛からなければと思うが、ブローニーフィルムは近所では売っていない。入手は後日になろう。なお、ブローニーフィルムは、過去長年生きてきて買ったことも触ったこともないので、うまく装着できるかどうか心配である。うまく写真が取ればuploadしたいと思う。講座の先生がポイントを衝いて教えてくれたのでうまく最後まで完成に到った。感謝のかぎりである。

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2007年10月10日 (水)

10月10日は晴れの特異日-今年(2007)も晴天

 10月10日は晴れの特異日。

 今年も、昨日までのぐずついた天気、意地悪の(当たらない)気象庁に天気予報を跳ね除けて「快晴」となりました。

 東京オリンピックのときも前日が天気が悪くやきもきしたようですが、10日の開幕式の日は快晴の晴天となりました。

 晴れの特異日であと思い出すのは5月5日と11月3日です。5月5日は連休中なので天気が気になるのですが、快晴とまでは行きません。雨が降るか降らないか、やっと降らないで持っている、という感じを持っています。5月5日よりも5月3日のほうが晴れが多いような印象もありますが、統計上の話ではありません。11月3日はあまり記憶にありません。

 暑かった残暑も収まってこれから秋本番です。

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2007年10月 6日 (土)

ピンホール写真講座受講-その後1

 先月ピンホール写真の講座を受講したことを報告した(「ピンホール写真の講座受講」)。そのときの先生の勧めもあって、ブローニー・フィルムでの撮影をするのが当面のベストの選択であろうということになった。そして、マミヤRB67用のフィルムバッグかマミヤプレス用のフィルムバッグがお勧めという話であった。

 しかし問題はフィルムバッグが入手できるかどうかであった。新品は高いが中古では安そうであるという話があった。しかし問題は中古品として出回っているかどうかである。中古品は払底していて世の中に出回っていない、という話もあった。そこで、先週は中古品を扱っている店を3軒廻ったが確かになかった。

 仕方ないので、ピンホールカメラの設計をやっておればよかろうと考えた。フィルムバッグを用いてカメラを作成している人の経験をウェブサイトでみたが、結局、フィルムバッグが手元にないとなかなかイメージがつかめず、設計を考えることははなはだ困難であった。

 そうなると、新品を買うしかないか、と思って半ばあきらめつつあったが、それにしても新品は高価なので、出来る限りカメラ店めぐりをしようとして、昨日も、ある大型点に行ったが、中古品は扱っていないとか。

 新品を買う前に、ネットで中古品が買えないかと改めてGoogle検索してみた(検索ワードは変えてみた)ところ、なんと、通販ショップで、目的の物を売っていた。幻を見ている感じがしたが事実であった。通販ショップはどこかなと思って見るとなんと市内であった。そういうショップが市内にあったとは。市内なら通販で買うよりも、お店に行って確認して買おうということで今日お店に行ってマミヤRB67用のフィルムバッグを1台ゲットした(1台しかなかったが)。価格は噂で聞いていた価格よりははるかに高かったが、新品よりはかなり安かった。世の中から払底しかかっているので高くてもしかたないだろう、というところである。ついでに4x5判のフィルム・ホルダーもどんなものか今後のためには実物があったほうが考えやすいのでついつい1つ購入してしまった。

 こうしてフィルムバッグが手に入ったので今後は設計、製作へと移っていく。しかし、趣味でいろんなことに手を出しているので時間があるかどうか分からない。紅葉のシーズンまでには製作完了しておくのが目標である。

 ピンホール写真の講座では、ピンホールの作り方で役に立つ話があったし、その他にも、いろいろとノウハウ的なものを吸収したので、今後は気楽にカメラを製作出来そうだ。また、撮影についてもいろいろと教えてもらったので助かると思う。何事も我流のみでやるのはしんどいことであるので、こういう講座に参加できてよかったかな、というところである。


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2007年10月 3日 (水)

阿修羅像(頭部)の粘土像

Dsc_0017cutedit1  趣味として彫塑関係の教室に時々通っていて、最初の頃の下手な石膏レリーフを以前「石膏レリーフの作製」という記事の中で紹介した。

 その後、興福寺の阿修羅像をもとに、頭部のみの石膏像を作っていた。手順としては、(1) 粘土で阿修羅像(頭部)を作製し、(2) 石膏で型取りしたあと、(3) 粘土部分をはずした。(4) この石膏の型に石膏を流して石膏像を作製する(まだ出来上がっていない)。

 まだ、最終的な石膏像は出来上がっていないが、(3)のステップではずした粘土部分を素焼きにしたものが先に焼きあがった。興福寺の阿修羅像は顔が3つあり、粘土部分を石膏の型からはずしたとき、大きく分けて5つぐらいのパーツに分かれてしまった。それぞれを素焼きにしたが、元の1体にはもどら無かったので、それぞれの顔を中心として3つの部分に仕上げた。そして、ディスプレイ用に3つの角柱(10cm四角)を塗装したあと素焼きの顔を載せ、写真撮影をした(上の写真。クリックで拡大します)。

 またしてもど素人の変な阿修羅像(頭部)となったが、個人的には趣味としては楽しめるものであった。石膏像が出来上がったらまた紹介したいと思います。

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2007年10月 2日 (火)

ピンホール写真の講座受講

 ピンホール写真については、今年の初めに「大人の科学」の付録についていた35mmのカメラで2-3回撮ってきた。それについては報告済(「パノラマ・ピンホール写真-京都府立植物園」、「自作ピンホールで撮ったピンホール写真_京都府立植物園」)である。結構雰囲気の良い写真も何枚か取れたが、満足する写真を撮るのは難しかった。特に、カラーの再現をするのがはなはだ困難であったこと、シャープさが無いことのどが主な理由であった。ピンホールも自分で作ってみたが、十分に小さいものが出来なかったことも問題であった。これらは全部我流でやっていた。そもそも写真自体勉強したことが無かった。一度は講義を受けた方が良かろうと思っていたが、そういうときにピンホール写真の講座があったので先月受けてきた。

 講座では、(1) ピンホール写真についての講義(参考 「エドさんのピンホール写真の講義」)、(2)初級コース、(3) 上級コースの順で進んでいった。3つとも通しで受講しても良いし、ばらばらで受講しても良かった。私は通しで受講した。初級、上級コース共に受講したものは15名程度で、初級コースのみが5名程度、上級コースのみの受講者は5名程度であった。

 「初級コース」では、任意の持参した紙箱を暗箱化しピンホールをつけてカメラとして完成させた。その後、六切りの印画紙をカメラに装填して講義会場周辺で適当に撮影を行なった(ネガ完成)。そのネガをもとにベタ焼きにプリント作業を行なった。

 「上級コース」では、重たい三脚につけた重たい大型カメラを用いた。そのカメラにピンホールを取り付けてピンホールカメラとして完成させた。その後、ポラロイドのインスタントフィルムを使用して撮影しネガを作製した。そのネガをもとにプリント作業を行なった。使用したインスタントフィルムは4x5判のサイズであったが、4x5判用フィルムキャリアが無かったのでネガを6x9cm程度にカットし六切りの印画紙にプリントした。

 「初級コース」ではカメラ自体が軽く、いろんなシーンを気ままに考えて撮影出来て結構楽しいものであった。また、印画紙も六切りで大きかったので、噂どおりの高画質の写真が撮れた。

 初級コースに較べ、「上級コース」では、三脚つきカメラが重たいし、先生にカメラの位置も水平にしてとるのですよといわれてみるとあまり面白そうなシーンがない(なぜ水平で、といわれたのか分からない)。講義会場周辺は初級コース時に撮り尽くしているので面白くない。そこでやむなく被写体の人にいろんな動作(パフォーマンス的なもの)をしてもらって楽しんできた。最後に3分間じっとしての集合写真を撮った。

 講義がすべて終わった今、ふと思うことは、「初級コース」と「上級コース」の違いはなんだろうか、ということである。撮り終わった写真を較べてみると、「初級」コース」で撮った写真の方が断然面白いのである。雰囲気の良く出ている写真も多い。それに比べ、「上級」コースで撮った写真はパーフォーマンス的なものは楽しそうに写っているのは確かであるが、どれもこれもいまいちであった。

 そういうことで、結果的には今から思えば「初級コース」のみの受講で十分であったと思われる。それにしても「上級コースのみの受講者」は何を目的に受講したのか不可解である。「上級コース」のみを受講した人の中には、大学で写真科コースを卒業した人、現在写真科コースで勉学中の人もいた。「初級」という単語にプライドが許さなかったのかもしれない。それにしても、その大学の写真科コースではピンホール写真は教えないのであろうか不思議である。

 この講座をうけて良かったことは、ピンホール写真の講座を受ける気になった当初のきっかけである35mmの「大人の科学」付録ピンホールカメラを使ったときの疑問が、この講座中に回答が出たようである。まとめると以下のようになる。

  (1) まず、ピンホール写真でのカラーの再現は難しいということである。理由は良く分からないがそういうことらしい。カラーフィルムは露光時間が長くのを想定して作っていないとか。

 (2) 35mmの「大人の科学」付録ピンホールカメラではシャープさが欠ける写真しか取れなかったが、中判、大判のフィルムではそこそこシャープなものが取れそうである(もともとピンホール写真は全部がピンボケではあるが)。印画紙は確かに高画質であった。

  (3)  一般に35mmのピンホールカメラで満足する写真を撮ることはかなり困難であるという先生のご意見でした。そのため、今後ピンホールカメラを楽しむには、ブローニーフィルムで撮影することを薦めていた(同感である)。また、実習では六切りの印画紙で撮影したが、これは実用的にはほとんど意味が無い、実際に撮影旅行に使っている人はいないでしょうということであった。

 (4) 小さいピンホール(0.2mm以下)を作製するのが困難であったが、今回の講座での実習でなんと0.1mm以下のピンホールが出来てしまった。このサイズは、ピンホールカメラのピンホールとしては小さすぎて問題があるようだ。しかし、ここまで小さいのが作れたのだから、35mmのピンホールカメラ用のピンホールとして最適な0.15mm程度は簡単に作れそうである。

 今後、ブローニーフィルム用のピンホールカメラを自作しなければあまり楽しみがなさそうなので、材料を揃えることが出来れば自作することになろう。しかし、ブローニーフィルム自体も今までに使ったことが無いので、どこが「ブローニーフィルム用ピンホールカメラ作製教室」でもあったらと思うが、なかなかなさそうである。

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