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2007年8月の8件の記事

2007年8月29日 (水)

メジロ、スズメなどの飛来・乱舞-我が家の庭

 多くはないがわずかばかりの庭木が我が家の周りにある。長く暑かった天気が続いた後、このところ涼しくなってきた。とはいっても天気は悪く雨も多いのであるが。

 涼しくなってきたせいか、この2-3日、メジロ、スズメの大群(←かなり大げさ)が我が家の庭に飛来するようになった。たまにヒヨドリらしい姿も目撃できる。昨日も今日も昼ごはんが終わって一服しているときに御訪問である。スズメは警戒心が強いが、メジロは警戒がなさそうで、こちらが近くで観察していてもチュンチュンと言って遊んでいる。

 モクレン、カリン、ムクゲ、クチナシ、卯の花の庭木の辺りで遊んだ後、メジロの大群は、近くのモミジ、竹のあたりに移っていった。メジロは遊び放題である。小枝から小枝へ飛び移っていって、世界陸上(今大阪で開催中)でいえばさぞかし走り幅跳びにでもなるのかな。小枝がたわって楽しそうである。そこにスズメの大群が来たが、さすがスズメは重い。我々から見ると小さいスズメであるが、メジロのほうが小ぶりだ。スズメが14cm程度で、メジロが12cm程度とか、それ以上の違いを感じる体の動きだ。

 そのうち、メジロは小枝にぶら下がってはひっくり返ったりして、更に遊びの度合いが増していった。単に遊んでいるのか、餌を探しているのか定かではない。しかし、どう見ても食事時間とは感じなかった。

 この前2-3ヶ月間バードカービングでカワセミ、キセキレイ、ゴジュウカラ、スズメなどを作ってきた(参考記事「バードカービング5作目-ゴジュウカラの作製」)。しかし、どれもほとんど正座(??)した姿のものを作っていた(ゴジュウカラのみは少しだけ例外)。羽根を広げている姿とか飛んでいる姿とか、餌をとっている姿とかは作っていなかった。正座姿の鳥を作ってきてどこか面白くない感じもしていた。実際、ゴジュウカラ以降は製作ストップの状態である。かといって抽象的な鳥を作るのも変だ。そういうときにメジロのダンス・遊び姿を見た。バードカービングはこういうものを作らないといけないな、と感じた。しかし、メジロは良いが、スズメは飛んできても相変わらす正座姿で枝に留まり、正座姿で飛び立つ。それはそれで仕方ないが、メジロ以外に「芸」をやってくれると鳥はいるのかなと考えたとき、(無知なのであまり知らないが)残念ながらあまりいないのではと思ってしまう。

 しかし、こういう、メジロの飛来で、楽しい思いをしたのは確かである。メジロ、といえば年寄りには「霞網」を思い出す。どうして霞網を使うのかなと思っていたが、メジロは動作がかわいいから愛好者が多かったのであろう(今では、霞網禁止。捕るのも禁止らしい)。

 我が家に引越して2年少し。今までは、スズメはきても、メジロがこのように楽しんでいる姿は見たことがなかった。そういえば、今年は、庭木の葉っぱも一段と繁っていて、またなぜか、庭木にせよ、家庭菜園にせよ、また家自体に、「蜘蛛の巣」がとにかく多いのである。その蜘蛛の巣を追い払っても次の日にはしっかりと巣が張っている。ゴーヤの植わっているところにも蜘蛛の巣があって、収穫時には毎日蜘蛛の巣に捕らわれながら収穫したものである。蜘蛛の巣が多いということは虫も多いのであろう。そして、鳥もそれを狙ってきたのではないかなということも考えられる。

 2年前に引越してくる前はここまでは期待しなかった。期待以上である。そして、こういうかわいい鳥の姿を見たので、バードウォッチングでも始めようかなという気もふと出てくる。バードカービングの題材になればと思って。そういえばカルチャーセンターでもバードウォッチングの講座があるのでまた考えてみよう。

 

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A横綱 故国に帰国ー素朴な疑問

 A横綱が故国に飛び立った。この一ヶ月間、情報が十分開示されていないことが、トラブルを悪くしているのではと感じていたが、この出国騒ぎにおいても、釈然としないことがある。

 A横綱の症状は、相撲協会側の精神科医の先生によれば一言の会話も成り立たない「酷い」状態である、と報道されている。師匠である親方も会話が成り立たないそうだ。そういう人間が周りと会話が出来ているはずがないと考えるのは自然な解釈だ。しかし、昨日、相撲協会の理事会で帰国許可がでて、今日出国した。

 相撲協会の決定から出国に到るまで、誰がどのように「会話」したのだろうか、会話が成り立たない状態ではなかったか。誰が、どのようにA横綱に相撲協会の決定を伝え、また、彼もどのようにして帰るとの意思を示したのであろうか。出国したのだからA横綱も意思を周りに伝えたはずである。従って少なくとも「会話」はできているはずである。会話が成り立たないような状態ではないだろうと思うのが素朴なとらえ方だろう。自分の都合の良い話だったら会話して、そうでなかったら会話が出来ないということなのか。自分の都合の良い相手だったら会話して、そうでなかったら会話をしない、ということなのか。

 そう考えると、だれかが「情報操作」をしていることになろう。医者(複数)か、相撲協会関係者か、A横綱周辺の人間かわからないが。こういう「情報操作」が行なわれているらしいことが、この問題を厄介にしていると思う。精神科医の先生も記者会見もせずに、何かを隠そうとしている雰囲気も感じられる。

 師匠である親方の責任を問う声も多いが、相撲協会関係者(医師も含め)も情報公開が十分なかったことが今回のトラブルを変な方に拡大している感じである。情報公開の不十分さは相撲が国際化しているなかで、今後の相撲の浮沈を決める一つの要因となっても不思議ではなかろう。もともと、相撲協会側も、処分を決めるときに、本人からの事情を聞くこともなく、一方的に決定し、しかも、それを本人には伝えていない、ということも原因の一つと考えられているのだから。

 

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2007年8月27日 (月)

組閣のニュースを聞いてふと?

 新A内閣の組閣のニュースを聞いてふと、思った?

(1) 入閣の噂があって入閣しなかった人は、身体検査不合格?入閣の噂があって入閣出来なかったある人は首相に説明を求めるとか。それもおかしいよ。

(2) M氏は厚労省の大臣に。身体検査はOKだったのでしょう。しかし、厚労省の大臣は「メタボ」の身体検査もいるのではないの?他人にメタボ、メタボと揶揄するのが仕事の一つの役所なので。M氏は胴回り85cmは大丈夫そうだけど。

(3) テレビのコメントで自民党の同僚が「この人だったらしっかりと『答弁』をしっかりやってくれる」、などのコメントが多すぎる。「この人だったら国民の意見を汲み取っていい政治をやってくれる」というのが第一であるはずであるのに。政治・行政は官僚に握られているということの裏返しか。大臣は政治・行政としてはお飾りであるのは変わらないのか。

(4) 「重厚な布陣」とは、要するに、お年寄りの寄せ集めのことか。

(5)  この内閣をどう思うかとの質問に経済界からのコメントでは、「格差是正に期待できます」などの発言は聞かれなかった。 本気で内閣が格差是正をやると、財界からつぶされるのだろうという印象を改めて持った。

(6) 派閥を意識していないで組閣した内閣らしいが、T派からの入閣が今回もないのは、派閥を意識しているのでは。A首相は派閥の領袖のTさんが許せないとか(詳細不明。テレビ情報より)。そのことと(Tさんがゆるせないこと)とT派閥のことは関係ない、というのが真に「派閥を意識していない」という事になるのでは。やはり派閥意識内閣ではないか。

 以上まとめて、お友達内閣の後は、どういうわけの分からない内閣になるのか、国民として期待できそうもない。前K政権の悪政の払拭の面が若干あるのは良い(K政権は悪魔の政権という歴史上の評価が早く定まってほしい。「格差はない」といい続けたのはK氏であるはずである)が、単に時間の後戻りだけでは困る。

後記:(5)の補足。財界は新聞記事では「格差是正」の要望も言っていたようであるが、テレビを見る限りそんな雰囲気はなかった。もしA政権が「格差是正」に本腰を入れるとすると、グローバリズムと対立し、財界はA政権を引き摺り下ろすであろう。実際K政権で重用された民間出身のTは、すでに格差よりも経済優先と主張している。

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2007年8月19日 (日)

外れまくる天気予報-猛暑の中でキャベツの定植

 この夏の天気予報は外れまくっている。今年の春に3ヶ月予報が出たときは確か「冷夏」であったはずである。それが、普通の夏に変更があったものの「猛暑」の予報があったという記憶がない。

 日本歴代最高気温が塗り替えられるという予報が出来なかったことは責めないが、この予報の全くの信頼性のなさは、税金を払っているものにとっては、許しがたい問題で、社保庁の無様な姿に匹敵するような不祥事だと思われる。どこに問題があるのか徹底的に追求して欲しいものだ。と思っているが、あの現政権の「美しからざる日本」では、何を言ってもムダ、お公家さまの政治、お坊ちゃまの政治、居直り政治では何も変わらない。

 そもそも、天気予報は、漁業や農業にためにその準備のためにあらかじめ信頼が置けるところが発表する予報ということではなかったか。それが、こんなに全く反対のことが頻繁に起こるようでは、本来の目的を逸脱しているばかりか、他人に間違った情報を提供していることになり、非常に困ったことになる。

 そればかりか、民間の気象予報士たちが、自らの見識で、自らの予報を出すことを問題視して「行政指導」なるものを行なっているのは、言ってみれば、泥棒が泥棒を説教している感じでどうもおかしい。

 そういう存在意義のわからないお役所に巨額の研究費をムダに使われていると考えると、社保庁を連想してしまう。

 そういう外れっぱなしの天気予報で、最近では、数日後、翌日の予報も狂っている(特に最高気温の予測が)。数日後の天気も予報できないのでは、そろそろ秋野菜の植付のシーズンになるのに、こう猛暑であれば、その計画も立てにくく、困ったものだ。

 特に、1ヶ月前にキャベツの種蒔を終えて、今すくすく育ってきた苗をいつ定植したらよいか困っていた。37-39℃の最高気温が終わってからにしようと思って、天気予報をみて、スケジュールを考えてみたものの、それが、全部外れて、毎日が37℃以上の日がこのところ続いていて1日送り、1日送りが続いてきた。今日も予報ではもう平年並みになるといいながら37.1℃の最高気温で困ったなと考えていた。

 しかし、痺れを切らして、今日午後、思い切ってキャベツの定植を行なった。この時期の定植がうまく行くのかどうか注意しなければいけない。昨年のキャベツは徒長がひどくひょろひょろに苗になったので、何とか解決をと思っていたところ、タキイ種苗のカタログに「キャベツ育苗管理のポイント(プロ向き)」として軟弱徒長の防止方法が載っていてそれが役に立ったようである。昨年よりはずっと徒長が少なく、茎が太い苗が出来て喜んでいる。あとは防虫ネットをしての育成だ。

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  ゴーヤ、キュウリ、トマト、インゲンなどの夏野菜の収穫もそろそろ終了で、いよいよ秋野菜の種蒔などが控えている。もうすこし涼しくなったら一気に種蒔をやることになりそうである。

 

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2007年8月13日 (月)

疑問のある日本的スポーツマンシップ

 私はスポーツ音痴で、スポーツは出来ないし、スポーツのことは極く素人でしかない。

 このところ、高校野球の時期であるが、ほとんど見ない。しかし、ときどき、ニュース、ダイジェストなどで内容を知ることになる。そして、勝利チームの誰かの発言がテレビに載る。勝ったのは「全員野球の結果です」と。一方で敗戦チームの誰かの発言がある。「負けたのは私のせいです」。

 いや待てよ。勝ったほうも全員野球で勝ったのではなく誰かがすばらしい活躍をしたのは隠せない面もあるのではなかろうか。

 負けた方も、発言した人自身の問題(エラーその他)もあろうが、負けたからには、ほかの人も活躍が足らなかったのであろうよ。だから負けたのであろうよ。それを「負けたのは私のせいです」というのはいかがなものか。

 こういう歪んだ精神に子供のときから追いやっていく日本的スポーツマンシップは、もう1年すこしで還暦の私にとっては、若いときから理解に苦しんでいる。

 そういう日本的スポーツマンシップが理解できずに苦労して、病人扱いにされている若者がもう一人いる。あの横綱だ。日本人の私でも日本的スポーツマンシップは分からないのに、(もし横綱に正義感があるとすれば)彼にもわからないだろう。横綱の仮病的な行動はちゃんと説明する必要があろうが、彼にとって日本的スポーツマンシップが理解できるものではない、というのは理解できる(彼がそういったわけではなく、そういっているだろうとの推測)。そして、彼もそれとの葛藤を繰り返してきたのかもしれない(彼が、しゃべらないので正確なところはわからないが)。

 こういう日本的スポーツマンシップは、相撲、高校野球、などだけの現象であろうか。そうではないとおもう。日本の「会社」もその会社ごとのわけの分からない「×××スポーツマンシップ的」なものを設けていて、ちょうど、今回の相撲協会の理事長が「社長などの偉いさん」、親方が「役員、執行役員」に相当し、どこの会社でも似たようなことが行なわれているのではなかろうか。理事長は、人事、制裁についてやるだけやって知らん顔。説明責任その他は親方に任せる。出来のわるい親方が説明できず問題視される。そして、横綱は、自分は何の弁明をする機会を与えられず、制裁(会社では「人事異動」)を受ける。

 あの横綱みたいなものがでてくれば、その行動・発言が、理事長、親方の意に添わなければ「排除される」という姿が日本の社会では一般的ではなかろうか。たとえ、理事長、親方ば全く間違っていたとしても。今回の場合、強い横綱だから排除が困難なだけではなかろうか。たとえ、相撲協会が近代化したとしても、日本の社会が変だから、どういうことに横綱がなったとしても、また、繰り返し起こるような、「日本的マインド」ではなかろうか。

 鈴木大拙は「日本的霊性」という言葉を使って、日本の独特の精神構造を表現したということであるが、もし鈴木大拙が今生きていれば、こういう、日本的スポーツマンシップをどう表現するのであろうか。私の予想では、「日本的霊性」ということばと日本的スポーツマンシップとは別物、として逃げのではないかと思う。それほどまでに、いまだに日本的スポーツマンシップはいびつなもののままであるような気がする。日本中、会社から、政府から、学校から、すべてが狂っていて、それに横綱がひとりで立ち向かっているような気がする(考えてやっているのか、そうでないのか、彼がしゃべらないのでわからない)。こういう状況では鬱にならない方が正常ではない。そういう正常ではない世の中に日本はますます陥っている。そして、「美しい国へ」のごとく間違ったことを言って民意を無視する為政者がいるというのも、今回の横綱問題とどこが違うのか。変な精神構造の人を為政者(会社で言うと社長、相撲で言えば理事長)にしたものだと嘆かわしくなる。


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2007年8月11日 (土)

今日の最高気温37.7℃ー「下鴨納涼古本まつり」に行きました

 今日の京都の最高気温は午後2時33分に37.7℃を記録した。昨日の気象庁の予報では37℃だった(今朝になるとなぜか36℃に予報が変わっていたが)。結局くるくる変わる気象庁の予報を無視するかのように、予報をを凌ぐものに.なった。昨年は8月6日に38℃を記録している。これが5年ぶりだったそうで、昨年に続いて高い最高気温を記録した。

 2年前に今の家に引越してきてからはほとんど夏はエアコンなしに過ごして来た。しかしさすがに昨年の38℃にはたまらなくなって、今年の初夏、エアコンのない一部屋にエアコンを増設したところである。

 今年は「くるくる変わる天気」ではなく「くるくる変わる天気予報」で、予報を考えれば、そのエアコンも使うことがないだろうと思っていた。しかし、結局、結果的には予報はまるっきりはずれており、今年も猛暑になっている。つけてよかったというところである。しかし、出来る限りエアコンはつけないように、ということには変わりがない。

 今朝も37℃の予報は出ているもののエアコンをつけることもないかなと思っていた。しかし流石に午後2時を廻ると部屋の中は33℃に近づいてきて、扇風機だけでは我慢が出来なくなり今年初めてエアコンを入れた。その時間が期せずして、京都の今日の最高気温を記録した2時33分にほぼ一致していたことになった。体感温度も結構役に立つということか。

 午後は37.7℃であったが、午前中の予報として35℃という暑さの中「下鴨納涼古本まつり」に行って来た。京都では大きな古本まつりが年3回ある。5月には平安神宮の近くの室内会場(みやこめっせ)で開かれるもの(春の古書大即売会)、8月の下鴨納涼古本まつり、そして、11月初めの百万遍の知恩寺で行なわれるもの(秋の古本まつり)、である。

 昨年の11月から古本まつりに行くようになったがそのときは何もか買わなかった。今年5月にはやっと何冊か(禅関係、良寛さん関係)を購入した。それらの本は結構読むのに時間がかかって、時間つぶしには良いものであった。最近は晴耕雨読の生活をしているので、時間つぶしに良いものが重宝する。新書とか小説とかはすぐ読み終わってしまうので読むための本を調達するだけで大変であり、時間つぶしに良いものについつい手が出てしまう。古本まつりで買った本だけではなく、結構町中の古本屋でて購入した本に読書の比重が移っているのも事実である。安いだけではなく、新本が入手困難になって本が増えている感じである(そういう本の場合は安くはない、定価より高い場合もしばしば)。世の中が変わってきたせいで、みなせん本を読まなくなっているのでしょうが、古本まつりだけは別の世界があるようである。今日もたくさん買っていたようである。

 今回購入したのは臨済禅関係の本3冊と、私が高校生のときに配本が始まった「世界の名著」の中の未購入の西洋哲学関係の本3冊を買った。後者の3冊は読むかどうかはなはだ怪しい。3冊計500円だったので手が出ない方がおかしいという感じで買ってしまった。

 これでしばらくは時間がつぶせそうである。そして、読書しながら、かび臭い本の臭いとの格闘でもある。

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2007年8月10日 (金)

近所のス-パーでも偽装表示今日発覚-予想通りであるが何を信じればよいのか

 ミートホープ事件が発覚する少し前に、我が家の近くのスーパーで、「自社製コロッケ」と証して販売しているものを買ったことがある。和牛、北海道産男爵を使用している、と大きく書いてあるので、何十年も前のころの子供の頃の美味しかったコロッケを想像しながら購入したことがある。その店は上品さを売り物にしたスーパーで、単なる安売りを看板にしたスーパーとは違って商品価格の高いのスーパーである。

 期待に反して、そのコロッケは全然味も何もなかった。まずかった。高いだけで損したものだと思っていた。

 そうしているうちにミートホープ事件が起こった。しかし、相変わらすそのスーパーでは、和牛、北海道産男爵を看板にコロッケを売っていた(ミートホープ事件があって、その看板が大きくなったような気もした)。コロッケがまずかったもので、ミートホープのようにいろんなものを混ぜた方が美味しいのに、と思いながら、販売されているコロッケの前を通りすぎていくことも何回かあった。偽装はあるかどうか知らないが、その店のコロッケも結構疑わしいよ、という思いは変わらなかったが、指摘するだけの証拠がなくて、残念に思っていた。

 二度とそのコロッケも買わないし、そのスーパー自体に足を運ぶことも減っていたが、今日(2007/8/10)の報道で、「偽装表示」が発覚した。和牛とはホルスタイン種の牛ミンチのことで、北海道産男爵とは米国産マッシュポテトのことであった。冗談を言えば、米国が北海道の一地域であることが判明したことになる。

 上品さを売り物にしているスーパーでもいかがわしいことは間違いがなかったことになる。本当に、何を信じてよいか、全くの詐欺商法が、国を初めとして(社保庁などのこと)、この世の中にはびこっている事実は恐ろしいことである(その反省の色の感じられない政権が日本にあるのが嘆かわしい)。昨日も、回転寿司で5皿食べたけれど、そのうち何皿が中国産ではかかろうか、と思っただけで、食べるのが恐ろしくなってくる状態である。

 明日以降このスーパーに行ったとしても過去の代金の返還には応じないと思う。例によって、社保庁ずらをして「領収書をみせろ」というに違いない。また、そのスーパーも新聞情報では「単純ミス」ということばを使っている。いつもの手だ。嘆かわしいこと限りなしで、ブログにも書きたくなかったが、近くのスーパーのことだったのであえて紹介した。

 

 

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2007年8月 2日 (木)

夏の収穫 毎日、ゴーヤとインゲンの料理

 家庭菜園の現状は、夏の野菜類の収穫でにぎわっている。関東地方もやっと梅雨明けたそうである夏本番である。京都の我が家の家庭菜園は、この梅雨時分にどうなるかと心配していたが、葉物野菜はダメだったけどもその他は何とか生育してくれている。

 今年始めて収穫があって60歳近い人生で始めて味わったゴーヤであるが、その後、順調に収穫があり、毎日ゴーヤ料理である。家内も始めてのゴーヤ料理に挑戦するのであるが、いろいろとネット情報を集めて毎日違う料理を作ってくれている。ゴーヤは3株しか植えなかったが今まで10個近くは収穫しているし、今大きくなりつつあるものも10個程度はありそうである。毎日がゴーヤ料理、というのももうしばらくは続くようである。

 7月はまた、インゲンが良く取れて、これも毎日がインゲンの料理、という日が続いた。流石にインゲンの収穫も終わりそうで下火にはなってきた。「ゴーヤ+インゲン」の毎日というのがこのところ続いていた。

 野菜が多かったおかげで、メタボも解消するかという感じであるが、メタボの方はなかなか手ごわく、そうは簡単にいきそうにない。

 インゲンは、豊作に気を良くして、別の畝に種蒔したので今年は今後もまだ楽しめそうである。それ以外では、夏本番のオクラがこれからは食卓に上がってきている。

 トマトも結構収穫できているたが、今年は、お店のトマトがかなり高いので、結構家計にとっては助かっているみたいである。

 家庭菜園を始めて2年目であるが、何とか、収穫が出てきたというところである。

 ところで、今年は2株ほど小玉スイカを植えたのであるが、なかなか着果しなかった。やっと今日の時点で5個ほどの着果を認めた。そうなると鳥害などが心配になる。防鳥ネットも結構高い。そこで思い立って、スイカの区画(非常に狭いものであるが)を麻紐で覆った。鳥が来ようとすると紐に当たるので、鳥が嫌がるというものである。NHKの趣味の園芸に載っていた話である。多分これで大丈夫と思う。心配なのは我が家には猿が出没するという噂があることである(私は見たことがないが)。しかし麻紐で囲ってまずは一安心である。

 そろそろ秋のための種蒔などを考えなければいけない時期になったきた。また大変だ。

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