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2006年7月13日 (木)

ダーティなサッカーというスポーツに思うこと

 ココロクが48時間の完全シャットアウトのメンテナンスをやっていたので書き込みが出来なかった。その間にW杯決勝でのジダン問題が少しずつ進展している。

 今朝はジダンがフランス番組で事情を話すということなので期待していたが、M選手に何を言われたのか具体的にはしゃべらなかった。相手のM選手も具体的には何を言ったかしゃべっていない。どちらとも今はもう言いたくもないような相当酷いことを行ったのであろう。結局、そういうダーティなことがピッチ上では行なわれている、ということがはっきりした。侮辱発言であってもレッド・カードになったはすで、両選手とも侮辱かそれ以上の言葉であったことは認めていることから、M選手も退場にしなければいけなかったはずである。しかし、果たして、現実問題としてアルゼンチンの主審に言葉(イタリア語)が分かっただろうか。

 このように、サッカー自体、手以外ならば、口でも使ってOK、いや、使って相手を怒らせて退場させなければ損である、また、どうせ審判は言葉か分からないのであるから、という雰囲気があるのではなかろうか。そのようなダーティなスポーツで、侮辱の問題、差別の問題をどう解決すればよいか、ココログにアップできない間に考えていたが、どうもまとまらない。いい案が出てこない。

 結局、いっそのこと、今のサッカーを追放し、格闘技のショウにしてしまうことである。そして、プロのアイスホッケーなみに殴り合いをやったほうがすっきりする。サッカーも元々は紳士のスポーツというものがあるかもしれない。しかしそんなものは取り去って、格闘技にし、もし、侮辱にしろ、頭突きにせよ、違反があったら、何分間かペナルティ時間として出場停止にし(あるいは罰金を科し)、ペナルティ時間が終わればまたピッチに戻ってくる。イェローカード、レッドカードみたいなややこしいものはなくし、1試合のうちに大いに喧嘩してもらう、というスポーツに変えたほうがすっきりするのではと思う。ただし、言葉の問題は、審判にも分かった方が良いので、統一言語を使う方がベターであろう。

 FIFAはW杯決勝でのジダン問題で調査をやるといっている。しかし、公平な裁きというものが果たしてできるFIFAであろうか。FIFAの調査能力欠如とは、昨日発表になった今月のFIFAランキングをみたら一目瞭然であろう。W杯の前と後でのランキングの著しい変動は、W杯をやる前にFIFAがつけたランキングがいかにいい加減なものであるかを証明している。FIFAは毎月調査をしているはずである。それで、この酷さである。ジダンの頭突きの真相にしても、どこまで、追求できるのか、疑問といわざるを得ない。できないのであればFIFAもレッドカードで退場してもらうしかない。

 

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