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2006年5月の13件の記事

2006年5月25日 (木)

実をつけそうもない我が家の果樹

 昨年今の家に引越した時には、実のなる木はほとんどなかった。今から思えば、最近、同定した花梨くらいのものであった。庭木を増やすことにして昨年9月頃に何本か低い木を購入した。そのときに選んだものは、「グミ」、「サン・プルーン」である。今年3月には、追加して「ブラックベリー」を植えた。「ウスラウメ」は買わなかった。

 購入した果樹にはそれぞれにわずかながらも思いがあるもにばかりである。

 始めに、グミである。このところの梅雨模様の中、卯の花(空木)が花を咲かせた。まさに梅雨時分の木で、ブログにも書いたように、カタツムリのおまけまで付いてきた。今日は、そのカタツムリは見かけない。どこに行ったのであろうか。雨がふればまた帰ってくる、と思う。今日は、卯の花の近くの塀の上を、トカゲがゆっくり歩いていた。今日は晴れなのでトカゲの出番だったのだろう。

 卯の花の頃、梅雨時分の思い出として、小学生のときは(今から50年近くも前のことだ)、私の田舎(広島県)でユスランメとかビービーといっていたものを他人の家から拝借していただくという楽しみがあった。しかしそれは良くないことなので、食べると赤痢になるよ、とか故ないことをいわれてきた。そういうものを50年近く経った今再び味わいたいものだという気持ちがあった。

 ユスランメとは訛りかどうか、正確にはユスラウメらしい。ビービーとなんだ、とこの年になるまで分からなかった。ユスランメのことだろうと思い込んでいた。ビービーも地方の訛りかと思っていた。大阪育ちの家内もそんな単語は知らないとのことだったので。便利が良いもので、ネットで調べると、ビービーという言い方は私の田舎以外にもあるらしい。いずれにしてもビービーはグミのことだった。ウスラウメはたべるところが少ないので家内との合意で止めにし、グミを昨秋植えた。

 プルーンは、昔、ハンガリーに行ったとき(そのときはまだ、共産圏の国だったときであるが)、地方のワイン・セラーを訪問するツアーがあった。そのあたりはヨーロッパの田舎の風情であった。ワイン・セラーの近くに、一本の木があって青紫の実が鈴なりになっていた。その景色はすがすがしいものであった。その木が何か分からない。しかしプルーンだったらその景色を思い起こさせてくれるであろうという思いで、サン・プルーンの木を購入した。

 ブラックベリーの思い出は、私がカナダにすんでいたときの思い出である。食事のときに結構フルーツをもったものがデザートとして出てくる。そんなに高価なものではないが貧しい日本人の私としては高価に思える。その中で気にいたものはブラックベリーがあった。ブルーベリーも美味しかったがブルーベリーは今では結構一般的になっている。ことしの3月ごろ園芸店で庭木を探しているときにブラックベリーを見つけ、早速購入した。

 こうして、3本の果樹を植えたが、この春からの経過報告としては、グミにのみ花が付いた。その写真を撮るのを忘れた。可憐な白い花であった。しかし、その後、実が付いていない。プルーンは花そのものが咲いていない。実が付くはずは無い。ブラックベリーは花が6-7月とか。しかし花芽が付く兆しも無い(花は咲かなくても虫は付いているが)。

 いずれの果樹もどうも今年は期待できそうに無い。家庭菜園を昨秋から始めて、肥料その他、いろいろ勉強した。果樹、庭木については、それ以前に我流で地植えしてきた。家庭菜園も果樹、庭木も似ているところがある。土作りが大切、肥料も必要分は入れなければ、などなどである。それらを無視しては果樹も実らないのかもしれない。果樹が実るようになっても、鳥の害など、悩みは尽きないが。

 

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2006年5月22日 (月)

ホウレンソウの収穫-我が家の家庭菜園

 春の野菜の植え付けがひと段落し、ホームセンターの園芸コーナーも野菜苗はほとんど姿を消し、サツマイモだけになったようである。そして、このところ雨模様の天気で家庭菜園の野菜もそんなに成長しないであろうと思って野菜関係は手薄になっていた。また、バイカウツギの我が家での発見と勉強などで気が野菜の方には向いていなかった。

 そうしているうちに、ホウレンソウがかなり成長している、と家内がいうので確認してみると、もう収穫しないといけない状態で、この週末に一部収穫した。

 昨年秋に、「土作り」という言葉も知らないまま家庭菜園を始め、ホウレンソウも植えて発芽はしてくれたが、その後はなぜか全然成長しなかった。今回は「敗者復活戦」的に位置づけてこの春種まきした。それが、急いで収穫しないといけないようになったとはまずまずである。また、急に収穫したこともあってちょっとおすそ分けもできた。

 あとは、ジャガイモ、ダイコン、ニンジンなども順調に生育しているので、来月はいろいろと収穫が続くことになろう。また、次の種まきの計画も必要となる。今考えているのはいくつかあるが、そのときの状況で変更があるので、種まきしたときに報告できればと思っている。

 写真は、一部収穫したあとのホウレンソウの畝(一部)である。我が家で食べるにはまだまだたくさんある。一度にたくさんになるとは期待はしたが、いざとなれば大変だ。

収穫前のホウレンソウ

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2006年5月21日 (日)

我が家の花梨が実をつけました

 この春、我が家の庭の花梨の木に花がついていうのを始めて見つけた。これについては、4月25日5月2日にブログに書いた。花梨の実はどんなものか、花梨の花のように小さい実であろうか、花梨酒にするぐらいであるから梅のように大きいのであろうか、花は小さかったので梅の実のようになるのであろうか、梅の花も小さいが大きな実が付くので、花梨も大きい実をつけるかもしれない、などといろいろ思いをめぐらせていたが何も期待していなかった。

 このところ、卯の花(バイカウツギ)の我が家の庭での発見で忙殺されていた。実は、バイカウツギと花梨とは並んで植わっているのであるが、花梨のことは忘れていた。

 卯の花の同定、剪定、カタツムリの写真、などが終わってひと段落して、ふと上をみると、花梨の木に、実がなっているではないか。数個あった。思っていたよりはずっと大きい実であった。形が楕円形なので比較は難しいが梅くらいの大きさであった。

 それ以上いくつ発見できるか、欲を出して探した。それ以上は、発見できなかった。今のところ、判明している数はわずか4個。4個だけでも実がなっていたのはうれしい。ネットでさがしてみると、あるサイトで、ある年に7個しか実が付かなかったが翌年は100個以上実がなったというものである。どのサイトであったかお気に入りにいれるのを忘れてしまったが。努力すれば実が付くようになるのが分かったので、また、今後の研究の材料ができたと思えば良い。

 花梨酒、ジャムなどを作るには少なすぎるので(不可能ではないが)、木につけたままにしてやって、実の最後はどうなるのか見守ってやろうと思う。ピラカンサの実はヒヨドリに食い尽くされてしまった(3月22日の記事)。昨年購入して庭に植えているクランベリーの実は鳥害を受けることもなく地面に落ちてしまった(家内がかじったところ、味はなかったとか)。今でも地面に落ちたままのものもある。花梨の実も鳥害を受けることはないと思うが一度最後まで見守ってやろう。

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2006年5月20日 (土)

卯の花にカタツムリ

 このところ梅雨の走りのような雨が続いていた。我が家にも卯の花(バイカウツギ)があることがわかったが、その同定は開花しかかっている花でしたが、ちゃんと開花した卯の花の花は見ていなかった。

 今日数少ない蕾のいくつかが開花した。その写真を今日は載せた。台風崩れの雨が降ったりやんだりしている合間に写真を撮ったので、花は濡れ濡れである。丁度この雨が「卯の花くたし」の雨であろうと思うような天候であった。

 我が家はいくつも庭木があるが、なせがこの卯の花のみに、カタツムリが一匹訪問してくれている。その写真も取ったので載せた。なぜ一匹だけなのか、なぜ卯の花にだけなのか定かではない。しかし、「卯の花くたし」の雨のもとで、カタツムリが元気にうごめいているという風情はなんといえないものであった。

 バイカウツギのそばにもう一本木があって、それもまだ同定できない木である。枝の雰囲気などは、バイカウツギに似ているのであるが、葉脈がバイカウツギとは明らかの異なっている。異なってはいるが、バイカウツギの仲間であろうと思わせるものである。一番困ることは、その木にはいまだに花が付かないのである。花という決定的な証拠がないが今のところほとんど「ウツギ」と同定しても大丈夫であろうという感。そういうことで、我が家には、梅雨時分の木であるウツギとバイカウツギの2つ、それと、カタツムリ、があること(いること)になった。

 ウツギであることを最終確認するにはゲノム解析が一番ではあろうが、そういう技術もないので(また、委託もできないので)、当面は、枝の剪定で木を若返らせて花で同定することしかない。先日も書いたようにバイカウツギの方も若返らしてもっともっとカタツムリがくるようにしたいものだ。

バイカウツギ

カタツムリ

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2006年5月18日 (木)

我が家の木にバイカウツギがあることが分かってからの思い

 我が家にバイカウツギがあることがわかった。問題の一つはその蕾が少ないことである。6月号の「NHK趣味の園芸」でその剪定の仕方が書いてあった。古い枝を根本に近いところから切って(剪定して)若返らせるという手法である。そうしようと思って、このところ折あるごとに我が家のバイカウツギをみているが、この枝も古い、あの枝も古いと思ってしまう。なぜなら蕾をつけていないから。そして、蕾をつけている枝となるとほんのわずかになってしまう。もし蕾がない枝を刈るとなると、ほとんど全部を刈ることになってしまう。また、もし蕾をたくさんつけ、花もたくさん咲かせてくれる木であったら、1年前に引越ししてきたのだから、この木がウツギ系であることはその当時から分かっていたと思う。。

 そうしているうちに、いろんな情報が入ってくる。普通に知っている人は知っている話であるが、私にとっては、また家内にとっても、知らない話で新鮮である。知っている人は以下は見ないで結構で、私自身が勉強したところを書いている。

 ウツギとは別名「卯の花」とうことだそうである。

 ♪♪うの花の におうかきねに
  ほととぎす はやもき鳴きて
  しのびねもらす 夏はきぬ♪♪♪

の「卯の花」とはウツギのことだそうで、定年まで数年という年になるまでそれを知らなかった。歌の文言の意味を考えていかった、というひとつの例である。せいぜい、菜の花かなという勝手な思いでこの年まできてしまった。同じことが、「赤とんぼ」の「おわれてみたのはいつのひか」の「おわれて」というのが不明であるのは有名である。正解は「背負われて」ということになるのかもしれないが。

 そうこうしているうちに「卯の花くたし」という文言があることを知った。手紙文での時候のあいさつにつかうフレーズののようである。「卯の花くだし」だったのか「卯の花くたし」だったのか分からなかったが。ネットで調べるとどうやら「卯の花くたし」が正解で、「くたし」とはYahooの辞書で調べると「腐し」となっている。「卯の花」を腐らせるような梅雨の時分にという意味があるそうである。ウツギを「卯の花」というのも万葉集の時代からあるそうで、そういうことも何も知らずにこの年まで来たことを恥じ入る感じである。しかし、「腐」という漢字を漢和辞典で引いても「くたし」という読み方は出てこなかった。広辞苑では「くたす」で「腐す」とでてくるが、その由来や「くたし」と「腐る」の関連についてはやはり説明はない。とにかく「卯の花くたし」と「卯の花腐し」とでは読みは一緒でも語感がぜんぜん違う。「卯の花腐し」では情緒がない。「卯の花くたし」という表現の豊かさに改めて日本人としてはっとした今日であった。

 そういうように万葉集の時代から、あるいはそれ以前から、日本人に愛されていたウツギとは知らなかった。また、咲いた花の凛々しさがなんともいえない。それを思うと我が家のバイカウツギは、あまりにも蕾、花が少なすぎる。過去一年間こんな潅木は整理してしまえばと思ってほとんど刈るつもりであった。しかし、そんなことしなくてよかった、というのが今の思いである。これから何年かかけて凛々しい花がたくさん咲くようにする、というのが使命のような感じがしている。

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2006年5月16日 (火)

我が家の庭木の同定-バイカウツギ

 我が家の庭には、前の住人が植えたと思われる樹木があって、住み始めて1年になるがまだ樹木の名前が分からないものがある。4月には「花梨」の木が同定された。しかし、どうも分からないのが少なくともあと2本ある。これらも花梨同様昨年から1年間気になっていた木である。

 名称が同定されにくい気ほど花の数が少ない。昨日書いたように、モミジでも花をたくさんつけるのに。庭の手入れが十分ではないためであろうか。このように勢い良くは花が咲かないので、まだかまだかと待っている状態である。待っているときに限って天候が不順で、蕾はあるのに開花が遅れる。

 そうしているうちに、ついに、名称不明な木の花が一輪、わずか開花を始めた。花梨の時と同じように早速花を摘んで、図鑑とにらっめこする。花はウメの花に似ている。しかし、ウメであるはずがない。ウツギ(空木)の可能性があると家内はいっているが、ウツギとも違う。しかし図鑑でウツギが紹介されている近くに摘んだ花そっくりの写真が眼に入った。「バイカウツギ」であった。花びらの数もウツギ5枚に対して、バイカウツギは4枚で一緒であった。葉っぱもそっくりである。

 こうして、1年間のささやかな謎がまたしても解決した。昨日、定期購読している「NHK趣味の園芸」の6月号が届いた。「庭で咲かせたいウツギの仲間」という記事があった。Good timing! バイカウツギ属も紹介してあった。何よりも良かったのは「花をたくさん咲かせるためのテクニック」というページがあることであった。花が少なくて、ぼやいていたので、丁度よい、いうことで、今後記事をしっかり読んで勉強だ。名前の同定ができて一件落着と思いきや、また、仕事が増えてしまった。

 図鑑ではバイカウツギの花期は6-7月、と書いてあるのでこれからたくさん咲く可能性もある。楽しみにはするが、今の蕾の数からしたら、期待はずれになるかもしれない。

摘んだ花(+葉)の写真です。木についている写真はまた後日。

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2006年5月15日 (月)

「赤色の竹とんぼ」-モミジの翼果

 今の家に引越しして一年過ぎたところであるが、我が家の敷地にも以前の住人が残したものであろうと思われるモミジがある。

 モミジは紅葉シーズンしか見るほどのものでもない、と思い込んでいたのであるが、最近、赤い花が咲いている、という家内の指摘でネットで調べたところ、「翼果」というものであった。モミジも植物なので花が咲き実もなるのが当たり前であるが、葉っぱしか有名でないのでついつい忘れてしまっていた。

 翼果ということであれば、花はいつ咲いたのであろうかということになろう。見逃していたのである。そういえば、4月頃に種まきしたあとの畑の発芽状態を観察したりしているときに赤みがかった細い花びらのようなものをしばしば見つけていた。それが何かということは不思議に思わずに。ヒノキの球果も飛んでくるようなところなので、何が飛んできても不思議ではないという思いで、そのときには探究心の方は眠らせておいたのであった。どうやらそれが花のようであるが、確認にはもう一年待たなければならないことになった。鷺森神社の参道はモミジの綺麗なところなので、早速、参道に行ってみると、やはり、翼果がたくさんついていた。

 モミジの翼果は、小さくて「赤い竹とんぼ」のような格好をしているので、子供心をくすぐられる思いである。そのうち、この「赤色の竹とんぼ」が我が家の畑の上空を舞うことになるのであろうか、想像するだけで楽しみである。昨年もこういうことがあったのであろうが、ぜんぜん気づいていなかったことである。

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2006年5月14日 (日)

家庭菜園・ガーデニング-日差しが強くなってきました

 家庭菜園については種まきがおわり、そしてナス、トマト、キュウリの苗植えも終わった。その後の生育を見守っている段階である。全部で約13種類のものを植えたことになる。苗の成長はこれからであるが、誘引、摘心など、まだまだ家庭菜園の初心者にとっては初めてのことが多く、試行錯誤でやっている。ガーデニングについても、5-6月の花(ロベリア、ネメシアメロウ、アレナリアモンタナ、ナデシコ)は、いま、綺麗に咲いている。4月に夏の花として、アサガオ、ヒマワリ、ミニヒマワリ、ケイトウ、マリーゴールドの種まきし、先日キキョウまで種まきした。キキョウはこれからであるがその他のものは発芽している。

 このところ、気づいたことは、パソコン入力時に自分の手の甲をみると、少し色が黒いのである。自己免疫病の皮膚疾患でも患いかかっているのかと心配はしていたが、そうでもあるまいと思っていた。しかし気にはなっていた。今日何気なく、足元を見ると、足の甲も黒くなっている。スリッパで家庭菜園の作業をすることも多いので(水遣りとか、草取りとか)、スリッパの跡が足の甲に白く残っている。そうだったのか。手も足も、つまりは、日焼けしていた。今年は例年よりは暖かくなるのもおくれている。そのせいで農家の野菜の成長も遅れていると聞いている。しかし、日差しは、紫外線は、暦どおりである。当然だ。私の顔も少し黒ずんできているような気がしていたところであった。昨日も田舎の母からの電話で、畑仕事をしているのであれば麦わら帽子はわすれないようにということだった。そんなに広い畑でもない。また、日当たりも少々悪く、それが野菜の生育に影響を及ぼしてはと心配は絶えなかったが、ちゃんと日焼けはした。早速、ホームセンターに行ってみよう。

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2006年5月 8日 (月)

ニホンアマガエルの今日の出来事-生ゴミ堆肥作成予定の穴に落ち込む

 我が家の敷地内にはいくつかの生き物が紛れ込んでくる。これまでに判明したものでは、アマガエル(ニホンアマガエル)、トカゲ、沢蟹などである。

 アマガエルについては、紛れ込んでくるのではなく、生息しているような感じもするが、いろんなところで思いもかけない動きをする。昨年は、玄関のドアの上側に座って、ドアを開けようがどうしようが動きもしなかった。また、昨年夏には、南側の窓のサッシに飛び乗ったまま、熱さのせいで焼け死んだものもいた。この話は、「とんぼナックのホームページ」の中のエッセイで、拙い文章をかいているので興味あれば見ていただきたい。

 このゴ゜ールデンウィークも小さい沢蟹が歩いているのを目撃した。すぐそばに小さな川が流れているので、そこから「遠征」してきたものかもしれない。我が家の敷地まで来て迷子になったら、生きるすべもないのにと思っていたが、小川がある方向に行ってくれたので一安心した。

 今日は、情けないアマガエルの生態をみつけ悲しくなった。我が家の畑では今後、生ゴミ堆肥を用いて家庭菜園に使用することを考えている。そのため、畑内に堆肥作成用の穴を設けている。昨年はその穴に直接生ゴミを入れていくということをやっていたが、やはり臭いのでやめていた。数ヶ月前に、どの情報かは忘れたが(新聞で記事を見たのかもしれない)、EM菌というものがあって、それを用いると生ゴミ堆肥を簡単に作れる、ということが書いてあった。それに興味を持ち、EM菌処理の生ゴミ堆肥の作成をしている。一次発酵としてはバケツでEM菌処理の生ゴミ堆肥を作成するのであるが、二次発酵としてはその後、土の中でしばらく発酵させる、ということを考えて、そのための穴を畑内に設けていた。家内の話では、我が家の生ゴミの出方が結構すごいので、もっともっと穴を作る必要があるとのことで、二次発酵用の予定の穴を追加で2つ用意していた。単に穴を掘っただけのものである。それでも高さは30cm程度であろうか、穴の直径も30cm程度であろう。この穴で我が家の生ゴミは処理できるであろうと思い、生ゴミ(EM菌処理の)を入れる日を楽しみ(??)にしていた。

 生ゴミ用の穴は準備できたが、実際全部を使用するのは時間がかかる、というのが現状穴はぽっかり開いたままであった。

 今日、何気なしに、生ゴミ用の穴を覗いてみたところ、なんと、ニホンアマカズエルが、穴の中で、ジャンプを繰り返しているではないか。本当に、オモチャが穴の中でジャンプしている雰囲気であった。休むことなく次々にジャンプして。アマガエルにとっては、落とし穴に入ったようなもので、必死であったのであろう。また、発見したのもその穴に落ちてまもなくであったのであろう。そうでなければ疲れてしまって、そんなに何回もジャンプを繰り返すこともないであろう。なんともいえない哀れさを感じたものであった。「とんぼナックのホームページ」の中のエッセイに書いた「灼熱地獄で焼け死んだアマガエル」とそんなには違わない哀れさを感じさせるアマガエルであった。

 穴からすくってやって、「地上」に戻してやった。どこかに行った。行き先は知らない。

 このように、ドジなアマガエルをいくつか、また、そのパターンをかえて見るたびに、人間社会の勝ち組、負け組みのことが連想されてくる。明らかに、我が家の畑にいるアマガエルは負け組みの姿をまざまざと見せてくれた。アマガエルの件があってからしばらくしてまた畑に出てみた。今度はトカゲが2匹喧嘩していた。このトカゲが穴に落ちたらどうなったであろうか、と思ってみていた。こいつらは、穴の壁を伝って穴の外にでていけるよ、と思った。トカゲは勝ち組の要素を持っている。アマガエルはそういう要素がないので悲しい。アマガエルもじっくり壁を伝わっていったら穴から出られたと思うが、考えが及ばなかったのであろうか。「とんぼナックのホームページ」の中のエッセイに書いたアマガエルも逃げようとすれば逃げられたのにどうして逃げなかったのか、よく分からない。やはり負け組みと言われるようなものに対しては救いの手が必要であるよ。そういう世の中が生物学的に普通の世の中だと思う。決して強者生存が「生物学的に普通」の世の中ではない、人間も、精神的にそんなに強いものでもない。今の世の中(そして現政権のやり方)はそういう認識が欠けた人工的な世の中をつくり、そして、ますます人工的な(あるいは「ゲーム的」な)体制をとりつつあるのではなかろうか。そういう世の中には私も住めない。

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2006年5月 4日 (木)

「鷺森神社四季折々」に「新緑」の写真をUploadしました

 「とんぼナックのHomepage」の中に「鷺森神社四季折々」を紹介している。昨日、その中の「参道の四季」というページに、鷺森神社参道の新緑の写真をUploadしました。

 「目に青葉、山ホトトギス、初鰹」という感じで美しいので、Uploadした写真をここにも掲載してみました。ホトトギスとはカッコーのことでしょうか。神社近くで今年の春といっても、まだ寒いとき、「カッコー」という鳥の声を聞いたような気がします。ホトトギスは夏鳥なのでそんなことはないでしょうが。数回鳴いたような気がします。それ以降2度と聞いていませんので、空耳だったのか。

 鷺森神社は今日5月4日が「宵宮祭」、明日5月5日が「神幸祭」です。昨年5月4日に近くに引越してきたその晩はにぎやかでした。それ以降一年間にぎやかなところのない静かな落ち着いた神社です。しかし、参道は四季折々いろんな表情を見せてくれました。鷺森神社四季折々にはその雰囲気の一端を載せています(以下の写真の3倍の拡大写真も載せています)。

鷺森神社-新緑1鷺森神社-新緑2

鷺森神社-新緑3 鷺森神社-新緑4
(Nikon D70 + Tamron SP AF 28-75mm/F2.8)

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2006年5月 3日 (水)

GWまで飛散の続く今年の花粉

 またしても花粉症の話題の記事を書こうと思う。3月下旬に花粉の終息予測を希望的観測で書いたが今年は見事に外れてしまった。それどころか、このゴールデンウィークに入り、5月1日は花粉の飛散量が今年のシーズンで3番目を記録してしまった。かなり異常事態である。

 いつもは花粉の飛散量を「花環境省花粉観測システム-はなこさん-」でみている。測定局は「京都府立医科大学」を選局している。今年2月1日から今日までの花粉の飛散量のチャートが載っている。最大飛散の日が4月上旬、次も4月上旬、第3のピークが実に5月1日である。そして3月全体よりは4月全体の方が飛散量が多くなっているのは一目瞭然である。例年のパターンだと桜の花が散る頃には花粉症も治まっていたが、今年はその症状が続いている。目のかゆみはそれほどでもないのであるが、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、という風に鼻中心である。3月までのスギのときは目のかゆみも加わって大変であるが。

 どうして今年はいつもと違うのか。いくつか考えられる。
(1) 冬が寒かったのでその分2-3週間花粉の飛散のパターンがずれている。
(2) 昨年までは会社勤めをしていたのでずっと屋内にいて、花粉にさらされるチャンスが低かった。今年は、家庭菜園をやったり、外を動き回ることが多くなっているのでそれだけ大変だ。
(3) 昨年今の家に引越してきて初めての花粉シーズンであった。それなりに環境は違うのであろうが、特に違うのは、3月にプログに書いたように、「ヒノキの果球」が我が家の菜園にまで飛んでくるようなところである。そういうのでヒノキ花粉にさらされるチャンスが増えたのであろうか。

 そういう可能性はともかく、花粉症に対する対策はうまく行ったとはいえない。抗アレルギー剤も相変わらず効かなかったし、鼻炎スプレーも昨年まで使っていて比較的ましだったものはもう入手できなくなったし(製薬メーカー合併後整理されて入手できなくなった)。ただ、目薬だけはましであったかな、という感じがする。ただし、目が痒い時期はスギの花粉の飛散時期に一致していて、今年のスギ花粉量はいつもよりは少なかったようである。

 こういう患者が相変わらず苦しんでいるのに、また、5月1日は花粉の飛散量が今年のシーズンで3番目を記録いるというのに、どこの花粉予想かしらないが、NHKにせそよその他のマスメディアの予報にせよ、4月下旬ごろから、「花粉の飛散量は少ないでしょう」と言いまくっている。相変わらずまるっきり当たっていない。当たっていないどころか、反省もない。反省がない前に、花粉の飛散量の把握をしているのであろうか。そして、環境庁が花粉の測定データを出すのに、気象庁はどうして出さないのであろうか。どこかに隠れてデータが載っているのであろうか。こういう「ウソ」情報を流すのはそろそろ止めて欲しい。天気予報の場合は、現在の天気図も同時に提示されるので、外れてもまだ我慢できるところがあろうが、花粉予想の場合は「競馬の予想」あるいは「占い師の予報」とあまり変わらない。そんなものがなぜ許されるであろうか。

 そういうぼやきはともかく、来年の花粉症対策をどうするか、今年は比較的飛散量もましだったのでよいが、多量の場合はどうするのか。本当にこのシーズン、毎年のことながらどうしようもない。

 花粉の終了宣言ではそろそろ終了する時期なっている。本当に終了してもらいたいものだ。と思っているが、先ほど我が家の畑に出てみると、タンポポがしっかりとワタをつけていた。タンポポは英語ではdandelion(ダンデライオン)で「ライオンの歯」という意味らしい。日本ではタンポポは牧歌的な雰囲気があるが、欧米では、アレルギーのもととしてライオンの歯のごとき連想で嫌われている。このままではまた、別のアレルギーが出てくる可能性がある。

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2006年5月 2日 (火)

ばっと咲いてぱっと散っていった花梨の花

 我が家の花梨の花が一斉に咲いてくれたのが4月の24日である。毎日どう変化するかを見て来た。24日に一斉に咲いてからは、次に新たに咲く花はない。花梨は花が目立たないのでよけい毎日の変化が少ない。そのうち、いつまでこのまま咲いた状態であろうか、ということが段々気になりだした。

 5月1日はメーデーの日。京都も朝から気温が高く最高気温29℃を記録してしまった。我が家の温度計でも最高28.4℃が記録されている。真夏日になったところも日本各地にあるようだ。夕方、花梨の花をいつもどおり眺めた。残念ながら、かなり花びらが散っていた。7日間の命であった。桜と同じような短命な花。ぱっと咲いてぱっと散るその潔さ(いさぎよさ)をわが身になぞらえて日本の武士が桜をめでた。花梨も似たように潔い。今回初めて認識したのだが。しかし、花梨の花の潔さを謳った有名な和歌などあるのであろうか。江戸時代までは花梨は日本に入っていなかったのだろうか。

 見ごたえのあった花梨の花であった。

 昨年今の家に引越ししたときから一年経って花梨の木がカリンと同定できたことは以前ブログに書いた。昨年の引越し日は5月4日である。残念ながら潔い花梨の花は昨年も5月4日には既に散っていたのであろう。そのせいで一年間やきもきさされたことになったのであった。

 次は花梨の実がどうなるかの観察である。我が家にはいろんなトリがやってくるので、実を食べるトリとの戦いが行なわれるのか、それともまた別の驚きを花梨が与えてくれるのか。楽しみで仕方ない。

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2006年5月 1日 (月)

料理教室での成果の伝授-博多蒸し

 3ヶ月間の料理教室の基礎コースを終了したばかりである。この間に作った料理の中でまだ、我が家では(家内が)トライしたことがないメニューがいくつかある。この週末にその一つにチャレンジした。博多蒸しである。家内もこのメニューには挑戦していなくて一度作りたいとは思っていたようであるが、我流ではなかなか手が出なかったようである。

 白菜、ニンジン・椎茸、豚肉、を順番に、そして繰り返して重ねていく、という料理である。白菜や豚肉の下味のつけ方が我流では分かりにくいものらしい。基本的には教わったとおりやるだけのことである。材料を重ねて行って最後に蒸すという作業になる。

 この蒸すときに器として「流し缶」というものを教室では使用していた。家にはそんなものはないし、わざわざ買い求める、という気にはならないものである。いざ作業を始めてみて、さてどうしようかと困った。家内に相談しても彼女は初めてでどんなものが良いか皆目分からない。オーブン皿でもよいかと思ったが、形がどうも整わない。四角っぽい皿で、上が開いたような(斜めになっている)皿が候補に上ったが、やはりどこか、流し缶のようには整形は出来そうもない。

 そうこうしているうちに、真四角な皿の器がでてきた。上も開いていない、斜めになっていない、真四角である。これでよい!ということで決めた。しかし、陶器の器にしたら、流し缶の内側のもの(どういう呼び方がよいかは知らないので、ここでは「内缶」と呼ばせてもらう)がない。それがないと、蒸しているときの汁(後であんづくりに使用する)を集めるのが大変だ。これもいろいろ考えて、アルミフォイルを二重にして内缶用のものを作成した。万々歳である。

 こうやって、博多蒸し(下の写真。見てくれは必ずしも良くないが)が完成した。奥様にとっては始めての料理である。料理屋でも出てきたことはない。美味であっさりしていて、非常に良いものであった。料理教室で勉強したものを無事に我が家の料理として移行できて一安心である。料理屋でほとんど出てこないのも、少々手間と時間がかかるという理由であろう、と勝手に思ってしまう。もし今度料理屋で出てきたら食べ較べてみよう。

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