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2006年4月27日 (木)

料理教室-今日で最後 役立ちました

 今年2月から通いだした週一回の料理教室。3ヶ月で12回の基礎コースの今日が最終回でした。

 もともと、現在昼間私一人で生活しているので、昼ごはんが何とか美味しいものを、と思ってみたものの、1年前に引越してきた我が家の近くにはなかなか美味しい昼食屋さんがない。また、昨年11月から今年1月まで、烏丸どおりのあるところに毎日通う用事ができて、そこ付近で昼食をとることがあったが、どこも、食べられたものではない。閉口していた。「料理屋○○」と名刺には謳っているところでも、食べられたものではない。1, 2回は食べられるが長期間食べ続けるのは苦痛である、という事態に陥った。なぜ日本はこうも食生活まで貧しくなったのかと情けなくなる思いでいた。

 料理屋までが美味しくないので、そうなると、自分で料理を勉強しよう、ということになった。基本的に、昔から日本人が美味しいと思って食べていた素朴なおふくろの味を、「料理屋」が提供してくれないので、自分で作るという思いしかなかった。そういう意味で、「基礎コース」しか勉強しないつもりで料理教室へ通い始めた。アドバンス・コースもどうでもよい。「男の料理」もどうでもよい。

 定年後は厨房に、ということを呼びかけている人がいるが、必要なかったら厨房に入る必要はないのではないかと思う。私の場合は、定年(早期退職も含む)と厨房は関係ない。巷の昼ごはんに我慢できなかっただけのことである。

 こうして12回通った。一定の成果は挙げられたと思う。私もこれまで包丁も持ったことがない。家内も仕事を持っており料理教室にもいったことがない。しかし、これまで、長年美味しいものを作ってきたのには感謝している。だが、たまに、我流がでてくる。今回料理教室に通いながらやったことは、まず、料理教室では講義を逐一メモする。帰ってきて、Wordで整理してその文章を家内に渡す、ということである。これで、私が料理教室に通っているだけではなく、家内も通っている、という形になった。そして、我流のところも新たな情報を得ることで改善してきた。そして、包丁をもったことのない私も段々慣れてきた。

 これだけ役立つのであれば、私のメモのようなものを料理教室が本にして販売すればと思うが、料理教室の方も本にはしたくないような立派なノウハウなのであろう。それで料理教室が成り立っているのであろう。

 今後は料理の方は少々お休みをいただこうと思う。それよりも気になっているのは「パン」である。引越してきた近所のパン屋さんのパンが私の口には合わないのである。どうしてこうもまずいパンを作れるのか不思議である。素朴なパンでよい。コッペパンのようなすっぴんのパンでよい。それの習得(場合によっては様子見)のために、近々1-2回、パン教室に通ってみようと思っている。期待している。

 今日はラストの料理教室であった。今日のメニューは、小エビのかき揚げ(他に、イカ、ししとう、ナスのテンプラ付き)、筑前煮であった。その写真をいかに載せる。美味しかったです。

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