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2006年3月の12件の記事

2006年3月29日 (水)

球果はどうやらヒノキのものでした

 昨日のブログで、我が家の家庭菜園用の畑に飛んでくる球果の話をした。可能性としてセコイアメスギかなと思い、その話を書いた。あまりにもとんでもない話なのでもう少しきちんと調べる必要があると思い、次の手を考えた。

 畑には、球果のほかに、常緑樹の枯葉が時々見つかっていた。今日、その枯葉を集めた。あまり数は採取できなかったし採取できても断片しか集まらなかった。そういう乏しい資料ではあったが、そして、セコイアメスギの葉かどうか調べてみた。昨日のブログにかいた参考になったサイト(かのんの樹木図鑑のセコイアメスギのページ)に載せてある写真を見る限り少々葉っぱが違っていた。うーん、メタセコイアとは違うか、ということになりそうである。ラクウショウ、ヒマラヤスギなどとももちろん違う、ということで、やっぱ、メタセコイアではないのか、それはそうだろうと思うようになっていた。

 いろいろ図鑑を見たりすると、葉っぱだけ見ると、どうやらヒノキのようであった。それでは、ヒノキの球果はいかがなものか、とgoogleで検索したところ、ポンニタニというサイトの中のヒノキのページに、「ヒノキの球果は1cmほどの球形」と明記してあった。まさに、畑で見つかったものと同じサイズ。そして、決定的なのは、「木々の移ろい Home Page」というサイトのヒノキのページに、ヒノキの葉と球果が同時に存在する写真まで載せてあった。葉っぱといい、球果といいそのものであった。

 結局、ヒノキ(あるいはその仲間)ということに落ち着いた。そこまで分かったあとで家内に話すると、我が家の敷地に小さいヒノキの木があるよ、ということで、そこへ案内されるとまさに10cm程度の赤ちゃん風のヒノキが敷地内に育っていた。球果があれば、当然ヒノキもあっておかしくはない話である。

 セコイアメスギかな、と空想たくましくした2-3日であったが、どうやら落ち着くところに落ち着いたようである。

 

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2006年3月28日 (火)

我が家にセコイアメスギの球果の飛来か?

 現在の我が家に来てそろそろ1年になろうとしている。以前すんでいたところと比べ、自然が多く、私としては始めてのものにいくつか遭遇した。タマムシ、ヒグラシ、ヒヨドリなどについてはブログにも以前書いた。

 また、家庭菜園も昨年9月から初心者としてスタートして、あまりうまくいったとはいえなくて、この春の家庭菜園が第二のチャンスになっている。このことについては後日書くが、その家庭菜園で、畑を耕していたり、畝作りをしたりしているときに、妙なものをいくつか発見した。とくに気になったのは今月になってからである。マツボックリにしては小さすぎるし、かといって、マツの類であろうと推察されるものである。下にその写真を載せた。5個くらい拾ったがいずれも直径は約1cmであった。

 そもそも植物については、今の家にきてからいちから勉強しているわけで、何もかもが珍しいものであるが、今回のものについても、何かさっぱり分からない。マツボックリは種子といってよいのかどうか、それすら分からなかったが、「球果」といったほうがよいことが分かった。

 マツは我が家の周辺にはまずないようなのでマツではない。スギかもしれない。京都は北山杉で有名で、近くの神社にも北山杉が奉納されている。そこで、googleでスギの球果の形状を検索して調べたが、それとは違うようである。

 そのうち、「スギ科の球果のいろいろ」のサイトにたどりつき、写真の球果がセコイアと書いているものの球果とよく似ている。さらにサイトをネットサーフィンしていて、「セコイアメスギ」 というサイトにたどり着いた。 このサイトの写真にそっくりである。下の写真は少々ボケているので分かりにくいが、「セコイアメスギ」 のサイトのセコイアメスギの球果そのものである。

 不思議なのは、北アメリカ原産のものが日本の土地に生えているのかということである。しかも京都という土地に。「セコイアメスギ」だけでgoogle検索しても日本に植わっているという情報は得られなかった。先ほどの「セコイアメスギ」 のサイトで紹介してあるのも岡山市の植物園内の話である。「セコイアメスギ 鎮守」という検索をかけたら、長泉院というお寺に植わっているそうである。しかしセコイアメスギの植わっている鎮守の森もそんなにたくさんありそうにもない。珍しいものであるのか。

 今のところ、集めた情報は以上のものである。どこか間違っていて正解は別にあるのかも知れない。また、この球果がどこから飛んできたのか、近所を探検する予定だったが急な雷雨で今日は中止した。後日報告できたらと思うが、どうして、そういう木がそこに植わっているのか、聞く必要がある。もし近くの神社にあるのであれば、なぜそこにあるのか。不思議である。興味深々でもある。

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2006年3月27日 (月)

我が家の春の園芸

 3月になって園芸店に春の花がたくさん出回るようになった。昨年夏に今の家に引越してきて、初心者として家庭菜園を始めたし、敷地内の草木の同定などをやったきた。しかし、フラワー関係の園芸としては玄関先にペチュリア、パンジーを植えるとか、あるいはささやかながらアジサイ、アサガオなどを植えるのみであった。

 引越してそろそろ一年になろうとしているので、そろそろ春の花にチャレンジしようと思い立った。2軒の園芸店を物色し何でもよいから購入して「花園」でもできればと思い、思いつくまま購入し、鉢植えあるいは庭植えした。購入したものの一部については写真を載せておいた。

 新たに購入したものは、ロベルナ、アレナリアモンタナ、ネメシア、クレマチス・モンタナ、ナデシコ、藤、コデマリ、紅梅、スミダの花火という名をつけられたアジサイ、クレソンである。

 ロベルナ、アレナリアモンタナ、ネメシアなどは、初心者としては始めて名前を聞くもので、横文字がなかなか覚えられない。これらは鉢植えして完了した。

 クレマチス・モンタナについては、今月号のNHK趣味の園芸で紹介してあったのに感動して購入したものである。いずれ、蔓が延びてくれば、ガーデニング用のゲートを設置していこうという予定である。

 クレソンについては水辺でないといけないということであるが、苗を売っていたので試しに購入し鉢植えしてみた。どうなることか。

 コデマリについては敷地内に以前から似たようなものがあり、最初コデマリかと思ったが、花を精査し最終的には「シモツケ」と同定したものがある。それとの比較でコデマリをと思ったのがそもそのであるが、やはりコデマリもかわいいのでついつい手が出たというのが本音かもしれない。

 紅梅についてはもともと敷地内に植えようと思って、昨年から物色していたのであるが、園芸店にはほとんど置いてなくて、あったとしても、花が咲いていなかったので手が出なかったのが、やっと梅の季節になって(少々遅いが)購入した次第である。花が散ったら庭植えする予定である。

 以上が苗、樹木として購入したものである。あとは、タネとして、アサガオ(垣根用および競技会用)、キキョウ、ヒマワリを購入しており、4月下旬-5月の種蒔きシーズンを待っている。

 1週間前に『「源氏・拾花春秋―源氏物語をいける」の中の草花と木々』という書き込みをしているが、ナデシコ、藤、紅梅が「源氏・拾花春秋―源氏物語をいける」に記載されている。タネとしては、アサガオ、キキョウがその本に記載されている。

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(上段左より)ロベルナ、ロベルナ、藤、(下段左より)コデマリ、紅梅、アレナリアモンタナ、(花壇の外)ネメシア

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2006年3月24日 (金)

最終段階の花粉症シーズン-今年の花粉症対策を振り返って

 今年の花粉シーズンもそろそろ最終段階だ。毎年、春の彼岸の時まではピークが維持され、彼岸を過ぎると衰退していくようである。しかし、最終段階といえどもまだ油断はならない。桜が咲いてもまだ花粉症は続くことがほとんどである。従って、毎年、落ち着いて桜の花見を興ずるという心境には至らないことが悲しい。花見をしていたら花粉症の症状が出てきてしまう。しかし、最盛期と較べればその程度も緩和されている。花見でもしようかという気分にはなってくるのが幸いである。

 今年の花粉は少ないと聞いていたが予報どおり昨年よりは少なかったようである。会社を辞めて始めての花粉症の季節であった。会社ストレスが減少しているはずなので花粉症もマイルドであって欲しい、あるいは、花粉症はなくなって欲しいと思ったが、そうはいかなかったようだ。

 毎年、就寝中毎年空気清浄機を運転してきた。空気清浄機を運転しなかった場合、くしゃみか鼻づまりで睡眠不足になる。周りのものも起こしてしまい迷惑だということを数えられないくらい長年やったきた。また、空気清浄機の出す微風で風邪を引いてしまうことが多くそのために体調ダウンすることもしばしばだった。しかし、今年は空気清浄機をやめようとおもった。それができるかどうかはわからなかったが。

 また、ここ数年、第2世代の抗ヒスタミン剤を服用してきた。しかしその薬の効き目を感じないのでそれも今年は控えめにした。

 今年心がけたことは、目のかゆみ-とんでもないほどのかゆみと、くしゃみ&鼻づまり、の対策を重点的に行ったことである。クロモグリク酸ナトリウム+マレイン酸クロルフェニラミンの入った目薬と鼻スプレーを頼りにした。特に毎日朝一番はなぜかくしゃみ、鼻水と格闘する。しかし、これらの薬の入った目薬をたっぷり注ぎ、鼻スプレーも1-2回噴霧する。

 この対応で、今年の場合は大概は花粉症が一時的にせよ治まった。もし治まらなかった場合、追加して使用すると何とかなった。それでもダメな場合として、医者から、ステロイド入りの目薬、鼻スプレーを持たせてもらっていたが、それらも若干は使用したがほとんどは使わなくてすんだ。

 このように、花粉症対策で今年は例年より楽な花粉症シーズンであったようだ。といってしまっては問題がある。花粉の量が今年は昨年より確かに少なかったようだ。今年くらいの花粉量では、今年の対策で、ぎりぎりではあるが、なんとかうまく行くのであろうと結論したほうが正確である。

 鼻スプレーは経験ある人にはわかると思うが、もし、職業を持っていて仕事中に、くしゃみ・鼻づまりで鼻スプレーを使うのは抵抗がある。特に大部屋で仕事している場合、会議中の場合は気になる。しかし、今年は私は仕事をしていないのが幸いかどうか知らないが、人目をはばかることがないので、思い切って鼻スプレーを多用してみようと思ったのがよかったのかもしれない。鼻スプレーが効果がありそうなので、もし仕事を持っていたら、なんとか人目を避けて使用したほうが確かに楽である。

 就寝中は空気清浄機を使わなかったが、もし、くしゃみなどに対して鼻スプレーが効かなかった場合に備えて花粉マスク(正確には「防花粉マスク」か)も用意していたがそれは使わなくてすんだ。夜中(睡眠中)がこんなに楽であったのは本当に久しぶりである。

 この対策で花粉量が多いときにはどうなるか。多分ダメであろう。そのときはそのときの対策が必要であろう。

 とにかく、今年は桜の花見を楽しめそうである(しかし、屋外では人目があるので鼻スプレーをしにくいのでどうなるか)。桜の写真も一杯撮ろうと思っている。

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2006年3月22日 (水)

グルメのヒヨドリに食い尽くされたピラカンサの味

 先日、ピラカンサ(たちばなもどき)という木の実がヒヨドリに荒らされているというブログを書いたところである。それから一週間程度経ったと思う。ついにピラカンサの実が皆無に近い状態になった。何らかの理由で地べたに落ちた実まで食べつくされてしまった。

 他の家の南天の実は相変わらず無事であるようである。それほどまで好きなピラカンサの実はどんな味がするのであろうか。定年間近の家内が興味を持って、なけなしのピラカンサの実を口にすることになった。毒性のものが実に含まれていたらと臆病の私は119番でも電話する必要があるか、心配しつつ見守っていた。ヒヨドリも食べて大丈夫なのだから大丈夫よ、ということで、庭に下りていった。それはそうだ。毒性の実験はマウス、ラットなどて行なう。下水の汚染があるかどうか金魚を排水口に飼育(?)して検査しているところもあるそうだ。何かの毒性があればヒヨドリかてやられているだろう。特殊の毒性物質、あるいは、ヒヨドリが特殊の耐毒性機構を持っているのでなければ。

 心配なく、家内は、ピラカンサの実を食べた。どういう味であったか。「かすかに甘酸っぱい」「まんざらでもない」「カキをあっさりした感触である」「ただし食べるところはあまりない。種が大きいので」ということであった。

 そして、きわめつけは 「 ヒヨドリはグルメである! 」 とのことであった。

 意外とこの冬楽しませてもらったピラカンサについて、その花、青いときの実、カキ色になったときの実の写真を掲載させてピラカンサ物語はここで終了しよう。また、今年の暮れに、他の植物が冬眠しているときにそのカキ色の実を冬の間楽しませてくれるまで。

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2006年3月21日 (火)

「源氏・拾花春秋―源氏物語をいける」の中の草花と木々の収集

 何年か前に、「源氏・拾花春秋」 という本が発売された。「源氏物語をいける」というサブタイトルつきの本である。京都の花道家元桑原専慶流に伝わる「拾花春秋・源氏五拾四帖」は源氏の世界を生け花で表現した秘帖とか。「源氏・拾花春秋」は、それをもとに当代の家元がその魂を花々に託して描き、田辺聖子さんが物語る王朝絵巻、ということである。そういうことで、帖ごとにその帖にふさわしい花を選び、それらを生け花にした絵が描かれている。ひとつの帖で一つないしは二つ選んであるのがほとんどである。たとえば、桐壺の帖は桐、空蝉の帖は槿(むくげ)、末摘花の帖は山茶花、明石の帖は松、のようになっている。

 新居に引越しして11ヶ月くらい経つ。その間、敷地内にある花や木の同定をやって来た。まだ十分には同定し尽くしていないのであるが、かなりの数のものがあることが分かった。取り立てて珍しいものがあるわけではないが、この年になるまで花や木にはほとんど親しんだことのないものにとっては新鮮な経験であった。

 数年前に発売された「源氏・拾花春秋」が頭に残っていて、なぜか、新居の敷地を、源氏物語のゆかりのある花で埋め尽くしたいという現実離れした気持ちだけは持っていた。引越しして約一年になるし、春の花々もホームセンターの園芸コーナーにはたくさん置かれるような時期になってきたので、「源氏・拾花春秋」にのっている花々、木々が我が家にどの程度存在するのか数えてみようと思った次第である。

 樹木については、数えやすいのであるが、一年草の花については今は植わっていないがこれから植えようと思っているものもある。そういうものも予定している分は、すでに植わっているものとしてカウントしてみた。また、大枠では一致していても、細かい分類では別である、というものについては、どうカウントしてよいか分からない。従って、大雑把に一致するもの、細かく分類した場合にも一致するもの、と二通りで数えてみた。帖で複数個花・木が選んである場合、一つでも一致すれば、その帖の花・木は植わっているものとしてカウントした。

 その結果、なんと、54帖のうち、大雑把に分類した場合半分の帖の花・木が我が家には存在していることになった。細かく分類した場合、1/4強の帖のものが我が家に存在していることがわかった。意外と存在するものであるなと思った次第である。園芸コーナーでは最近外来種のものがたくさん販売されている。そういうものはあまり購入してなくて、名前が一般的なものを主として集めていたせいもあるのかもしれない。

 このように、新居の敷地を、源氏物語のゆかりのある花で埋め尽くしたいということは必ずしも現実離れしたことではないことが分かった。しかし、現在のところ細かく分類した場合のカウントでは100%にはほど遠い。また、敷地ももう少し余裕がある。ということで、今後も「源氏・拾花春秋」に載っている花・木をできるだけ今後も集めていきたいものである。

 ついでながら、春の七草や秋の七草というものも集めたいとも思っている。

 

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2006年3月16日 (木)

広がってきた趣味-堆肥作り、家庭菜園、料理-今年の抱負

 昨年新居に引越ししてから始めたいくつかの趣味(実益を兼ねたもの)の中に、家庭菜園と料理がある。そして、先日から、家で堆肥作りまで始めてしまった。

 こうした趣味はどうやらひとつの流れになりそうだ。自家製の堆肥で野菜を育てて、それを用いて料理をつくる、という流れである。うまく行けば、知り合いをご招待、ということにでもなったら、私の想定外の話になってしまう。そういう夢物語が現実化するとしても数年後にはなろうが、若干ではあるが、現実味を帯びてきた。

 まずは、それぞれのステップでの今の抱負を以下に書いてみる。

 家庭菜園については、昨年9月ごろ、秋作として、4つくらいの野菜をトライしてみた。このブログにも以前書き込みをしたことがある。結果として、土作りが不十分だったので、生育がいまいちであった。その反省から、昨年11-12月にかけて、それまでの宅地(家が建っていたところ)の土地を40cm程度掘り起こして堆肥も十分にやっておいた。かなり砂地だったので畑としてどう変貌してくれるかが、今年の春作のポイントになっている。今年は、畑も広げ昨年の倍近くの畑面積になっている。そのため、作付けの種類も増やしてみようと思っている。すでにジャガイモは植えたので、来週がタネマキの本番である。忙しくなりそうだ。

 堆肥作りについては、生ゴミ発酵促進剤なるものを利用し、家庭生ゴミを利用して、堆肥を作ろうというものである。初めてのことなのでやってみるしかない。畑があるといってもそんな広さがあるわけでなく、購入した堆肥で十分安いのであるが、畑以外にも、樹木が結構植わっていて、そのための自家製の堆肥としても使う予定である。

 そして、先月から始めた料理教室である。今までは、夫婦とも仕事があり、料理教室に通うほどの(心身の)余裕がなかったので、定年近くなるまで我流の料理であった。その点は、家内にも感謝しているわけであるが、料理教室で勉強してきた料理はやはり美味しいのである。目に見えないコツ、簡単かもしれないが大切なコツを教えてもらえている。食材として、我が家で作った野菜を用いた料理がいつできるか、がひとつの楽しみである。

 料理教室といえば、「パン」の教室があるようである。我が家は、長々と、電気パン焼き機で焼いた食パンを長い間食べてきている。昨年新居に引越ししてから口にあったパン屋を探しているのであるが、近くにはなさそうである。ということで、食パン以外のパンも家庭でつくろうかと思っているところで、そのうち月一回のパン教室もにも通いだそうかと思っているところである。

 あとは、食材として魚となろうが、これについては近くの魚屋さんが料理屋さんにも販売しているところがあり、そこで買えば美味しいものが手に入る。実際に近くの住人で、1回で1万円以上もする魚を購入している人、サラリーマンがいるらしい。家庭で調理して、みんなに振舞っているとかという噂である。将来的には、そういうようなものもできればよいかもしれない。そのためにはまだまだ料理教室をがんばって、「男の料理教室」を少しでも極める必要があろうか。現在通っている料理教室は「基礎科」であり、あと1ヶ月程度で終了するので、その後は、「男の料理教室」へ進むべきかどうか迷っているところである。

 以上の様にして、全くの初心者から少しずつ幅が広がってきている。今年一年がまた勝負になるのかも知れない。こうして、堆肥作り、野菜作り、料理作り、パン作り、となればもうひとつ足りないものとして「芸術」である。自分で作った陶器で料理を楽しむ、ともなれば、蜀山人の世界か、北大路魯山人の世界か。また、先日のテレビで、宮本亜門がそんな生活をしているようなことが紹介されていた。私自身は当面デザインの方の勉強をしようとしているので、デザインを愛でながら、料理を食する、というような形になるのであろうか。会社生活をしているときには想像すらしなかった生活が段々出来上がってきているような感じになってきた。

 家庭菜園やガーデニングにしても、野菜作り以外に、もうひとつアイデア、花園作り、がある。このアイデアは後日またブログで紹介できたらと思う。

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2006年3月15日 (水)

ピラカンサにヒヨドリの来訪

 昨年新居に引越しして、新居の敷地内にいろんな草木、樹木があることをあらためて認識した。そして、その名前の同定を昨年夏、秋に行なっていたことは以前このブログにも記載した。そのなかで、なかなか名前が判明しなかったのはピラカンサである。昨秋のいつか園芸店でみていたら、家の庭に植わっているのに近いものを見つけた。近いといってもどこか違う雰囲気であった。しかし、とりあえず園芸店でその名前を控えておいた。「ときわさんざし(ピラカンサ)」であった。しかし、じっくりと見ていてやはり別物と思って、ときわさんざし(ピラカンサ)を手がかりにインターネットで探していたところ、家の庭のものとそっくりのものがでてきた。同じ「ピラカンサ」であった。一瞬ときわさんざしとは違うのにと思ったが、インターネットで書いてあるピラカンサは、「たちばなもどき」と書いてあった。たちばなもどきの方のピラカンサであった。ときわさんざしとたちばなもどきはどちらもピラカンサではあるがどこか違うと思ったものの致し方ない。

 家のピラカンサはもともと実は黄色だったが(従って「橘もどき」とつけられたのだろうか)、次第に赤色を増していった。冬は、樹木にも花も実もつかないので、このピラカンサのみが赤色濃く、周囲に存在感を増していた。結構長々と存在を主張していた。この実も温かくなったら実を落としていくのだろう。いつごろどういう風に実を落としていくのだろうか、と思っていた。

 今年は冬は寒く、鳥の声も久しく途絶えていた。今年は2月からぽかぽかと暖かい日があって、次第に少しずつ鳥の声も聞けるようになって来た。我が家にも鳥がやってきているようで、春も近いものと思っていた。

 ある日、家内が声を上げて、鳥がピラカンサを食べている、と。私も外をみると楽しそうに食べている。どこまで食べるか食べさせてやればと思った。ナンテンの実がやはり鳥の害にあうので近所でも実にネットをして防止しているところも多い。しかし、近くにはピラカンサは見かけないので一般に対策をしているのかどうか。バラ科なので対策するには難しい木であるのは確かである。

 その後も何回もそのトリがピラカンサを食べにきている。トリの名前の同定をしなければと思い、簡単な図鑑を購入して調べたら「ヒヨドリ」であった。鵯越という言葉は知っていたので珍しい鳥が来ているものだと思ったが、インターネットで調べると一般的な普通のトリとのことでがっかりした。このトリがヒヨドリだと同定する前に、家の近くの林の方から「カッコウ、カッコウ」と鳴いている声を聞いたような気がしていた。カッコウもいるものだと思っていたので素人の私にはいろいろと期待が膨らんでいた。ピラカンサを啄ばむトリも珍しいものかなと期待していた分だけ少々がっかりであった。

 とにかく、写真は撮っているのでのせたいと思う。少々ピンボケっぽいが。

 たちばなもどきの実はほとんどヒヨドリに食い尽くされたようである。

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2006年3月 8日 (水)

花粉症の最悪月間が始まった

 思考停止の1ヶ月が始まってしまった。

 花粉症の症状が出るのは大体2月20日前後であるが、それがかなり強烈になり始めるのは毎年3月8日である。これは長年の経験で、日付まで頭の中にインプットされてしまっている。今日が3月8日である。これが1ヶ月間続くのである。 

 以前のブログにも書いたように、効く薬がないため、苦痛の1ヶ月となるのであるが、思考停止にもなる1ヶ月間である。もともと思考がないのであろうが、さらに酷くなるのである。対症療法的に飲んでいる薬のせいである。

 今年は昨年の何分の一かの飛散量ですみ、楽な年という予想であるが、今日の症状を見る限り決して楽な年にはなりそうにはない。昨年を上回っている感じである。昨年5月に今の新居に引越ししてきたので理由はないが期待を込めて今年は症状が緩和されるということを期待したがどうやらそうは行かないようである。

 花粉の飛散量といえば、一週間前に、「飛散花粉量実測値公表の要望」としてブログに書いた。京都関係では、そのときは、ウェザーテックの京都右京区葛野研究室のサイトがあって、それが役立つということを書いた。その後、環境庁が環境省花粉観測システム「はなこさん」というサイトを設けているのを思い出してそのページの使い方などを勉強していた。その中で、「京都府立医科大学」という観察地点のデータがかなり綿密な、タイムリーなデータを出してくれることが分かった。指定局の時系列表(当日) 、指定局の時系列グラフ(過去7日間) など役立つ情報が整備された形で提供されていた。「花粉予報」的な、あまり意味のない情報よりは、よっぽと役に立つ情報が得られるものである。ひとつ気になることがある。測定地点での測定方法、データの表示方法を理解していないせいか京都右京区葛野研究室のデータと京都府立医科大学のデータでデータが一致していないのである。観測地点が違うからといっても、数十倍も数値が違っていればどう理解してよいかまごつく。しかし、私の症状は京都府立医科大学のデータの方に合っていそうだから、そちらを優先的に見ている。

 ともかく、データの公表の要望は一歩前進した形で解決したようである。しかし問題はこの花粉症にどう対処していくかである。毎年のことながら大変である。お医者さんと相談して処方してもらった薬だけでは楽になっていないのが現実である。昨晩は空気洗浄機を運転したが、寒いだけでいまいち効果がなかったような気がする。五里霧中という感じである。明日は料理教室である。講習中に鼻をかんでばかりでは困るのでどうしようかな。明日の講習中には症状が悪化していないことを祈るばかりである。

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2006年3月 3日 (金)

料理教室(4回目)

 料理教室も、昨日ではや4回目となった。昨日の教室の実習は「ジャガイモと鶏肉のうま煮」「鯛の潮汁」「蛸キュウリの三杯酢」であった。

 料理教室での講義等をメモしたものをWordに入力して整理しているが、参考までにそれを家内に渡していた。家内は料理教室は行ったことがなく我流で四苦八苦して、試作品をいろいろ作って食べさせてもらったので、参考までに、ということで、手渡していた。ところが、あるときに、簡単なものではあったが、「これ作って!」と来たもんだ。家で料理をすることは30年間なかったし、今回も家で作ることは「想定外」であった。反論もできず、ひょいひょいと台所にいってしまった。

 昨日のメニューのジャガイモと鶏肉のうま煮、あるいは肉じゃがについては本来は一般的なものであるが、我が家では日によって家で作ったものが味が口に合わないことがたまにある(日によって違うのが我が家の味ではあるが)。家だけのことか思っていたが、あるとき、御池のお店に昼食に入ったときにも、肉じゃがであったが、まずくて閉口したものだ。料理の専門家でもそういうものを作って食べさせるとはと思い、少しは勉強しておかなければ、と思ったのが料理教室へ行くことになった遠因のひとつであった。昨日の試食会では、ジャガイモと鶏肉のうま煮が美味しく出来ていてハッピーであり、早速家でも作ってみることになった。

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2006年3月 2日 (木)

飛散花粉量実測値公表の要望

 先日、私の花粉症について書いた。今年の花粉の量はどの程度か、ということについては、平年より少ない、という予報のみでていて、実際どの程度花粉が飛散しているかよく分からない。

 毎日の予報は、「猛烈に多い,  非常に多い, 多い,  やや多い, 少ない 」のような区分で、非常に飛散量が多いと予想されている年でも、少ないと予想されている年でも、たとえば猛烈に多い,  非常に多い、などと同じように予報が報道されていて、実際の患者としては、どの程度覚悟しておけばよいかはなはだ困難である。それよりかは、気温、降水確率のように数値でもって予報してもらう方がよっぽとありがたい。

 花粉予報が最近はTV, 新聞, インターネットといろいろのメディアを通じてされるようになったが、その予報があたったかはずれたか、さっぱり分からない。天気予報が当たらないというのは、今は常識的になっている。長期予報にいたっては、それを報道するのがよいのかどうか、公費の無駄遣いてきなところがある。とくに今年の冬の長期予報は典型的な「はずれ」であり、後世に残る記録的な「はずれ」の例となろう。

 それとおなじで、花粉予報も、いまのままでは、出すだけ無駄であり、患者をいたぶっているとしか思えない。予報が外れてもよいが、予報その真偽がどうであったか、も含めて報道すべきである。

 そのためには、毎日の観測データを報道してもらわないと困るのである。しかし、寡聞にして、毎日の観測データが報道されていることは知らない。もしご存知の型がおられたら教えて欲しいものである。唯一知っているのは、キッセイ薬品のサイトで、測定した花粉量も伝えてくれている。しかし、このデータがリアルタイムになっていないのが残念である。数日前のデータが欲しい。また、そのサイトでは花粉の予想は出ていない。したがって観測データと花粉予報とをつき合わせて調べることが出来ない。何らかの方法で、花粉予想した結果が当たっていたのかどうかの方も同時に表示してもらったら分かりやすいものである。

 ここまで書いた段階で、改めて花粉情報についてインターネットで検索してみた。ウェザーニュースに花粉チャンネルがあるのを見つけた。私は京都に住んでいるので、京都のところを見ると、葛野研究室というのがあって、「ポールン・ロボット」というものが、花粉量を測定しているようである。今年の過去データも出ていた。非常に分。これで、ひとつの問題点は解決した。

 しかし、ただちょっと待てよとなった。この10日間程度、花粉予報として「非常に多い」というのがすでに何日かでている。しかし、ポールン・ロボットによると毎日そんなに多くはなかったことになる。やはり予報と実測値が一致していない。

 なぜこうして、私が、花粉予報ではなく、飛散花粉量実測値を知りたがっているか、というと、花粉症の患者、たとえば私が抗アレルギー剤を飲んでいるとしよう。もし、その人が花粉の症状が出なかったとする。その場合、花粉が実際は飛んでいなかったのか、あるいは、飛んでいても薬が効いて症状がでなかったのか、分からない。幸か不幸か、私にとっては以前に書いたように抗アレルギー剤が効いたような記憶がないので、今までは、花粉飛散実測値なるものは不要であった。しかし、少しでもQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が改善された生活をしたいと思っているので、そのための対応策を考える情報(飛散花粉実測値)すらないということはいかがなものかと思う。そしていたずらに「間違った」花粉予報を繰り返されるのみでは、患者だって、人間だよ、馬鹿にしないでよといいたくもなるものだ。

 ウェザーニュースのサイトでポールン・ロボットで観測され、その情報を提供してもらえるのはありがたい。なぜ、公の機関がそういうことが出来ないのであろうか。小さな政府を目指す現政権のため切り捨てられているのかとも思いたくなる。しかし、小さな政府を目指す結果がデフレの時代に「増税」とはどう見ても納得がいかないものだ。

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2006年3月 1日 (水)

私の長年の花粉症と今年の期待

 花粉症の季節が今年もとうとうやってきた。だいたい2月20日が危険日である。花粉症になったのはいつごろであろうか。学生のときには、この季節、風邪もよく引いていたので、風邪か花粉症か不明であり、また世の中もあまり花粉症という話もしていなかったようなのでよく分からない。しかし、どうやら学生のときから花粉症であったような感じがある。

 花粉症だとはっきりしたのは、会社にはいってからであり、会社に入ったことにより、花粉症が発生したのか、と思っても悪くないくらいのよいタイミングで花粉症が悪くなっていった。

 その後ずっーとこの季節、花粉症に対しては眠くなる市販薬で対処していたが、眠たいばかりではなく、これらの市販薬を飲むとなぜかしんどくなるという状態であった。また、くしゃみで夜は寝れず、目をこすりすぎて目の周りはボロボロになっているというのがいつものことで、これらのことが最大の問題点であった。

 そのうち、夜中に花粉取りのため空気清浄機を回し始めてから、夜眠れないというのはかなり解消していった。いまでこそ、花粉対策のエアコンもあるかもしれないが以前はなかった。10年以上前に簡単な空気清浄機を購入していた。そして空気清浄機の運転は微弱にして夜中じゅう運転すると花粉症はまあまあおさまった。しかし、運転を少しでも強くすると、今度は冬の冷気循環のため風邪を引きやすくなってしまうという困ったこともときどき起こってしまった。

 空気清浄機があれば大分楽であるが、それが使えない場所ではどうしようもない。市販の対照療法薬では改善されない。飲むとしんどくなるので飲むのは控える。そうすると、目のかゆみ、鼻づまりはひどくなる、という繰り返しであった。

 ここ数年、花粉症治療用の薬を医院でもらうようになった。花粉症が出る前から飲んでおくという抗アレルギー薬である。2月20日が発症日なので、1月の末から飲んでいても、2月20日前後に必ず発症してしまうということが続いていた。発症前から飲んでおくというのはどうも理解に苦しむ話であるが、その薬が効いたという人が多いことも確かなようである。私の場合はいままで2種類くらい薬(結構メジャーなもの)を替えてもどちらも効かなかった。

 そのうち、市販の対照療法の薬が一変した。大体のこの類の市販薬に含まれている塩酸フェニルプロパノールアミンが使用禁止となった。平成15年の8月のことである。飲んでしんどい思いをしたのはこの成分のせいかと変な因果関係を考えてみたり、また、この成分がなくなったら、効き目も少なくなるのでは、と心配しながらも、この成分が世の中の薬からなくなってからは、飲んでしんどいという感じは確かになくなった。とりあえず対症療法的には、抗アレルギー薬よりは効き目があるような感じになった。しかし、花粉量が多いときは、その薬の効果も限定的で、目の痒さ、くしゃみ、鼻づまりは相当なものである。

 このように長年、花粉症を患ってきて、昨年春、新居に引越しし、昨年夏会社を退職した。こういう変化があって、今年の花粉症の季節がやってきた。2月20日には発症しなかったものの、2月22日ころから、目がむずむず痒くなってきた。通いつけの医院も引越しで当然変わった。先生には、最近の私の花粉症の状況を説明し、いままで効かなかった抗アレルギー薬は止めてもらって別の抗アレルギー薬をもらった。目と鼻の薬は、抗アレルギー薬は効かないので、ステロイドが入ったものをもらった。今年発症してから約1週間たつ。すでに気象情報の中の「花粉情報」では「非常に多い」というのが何回かでている。しかし、今年の場合は、今回始めての抗アレルギー薬は欠かさずのんでいるせいかどうか分からないが、夜中に空気清浄機を回さなくても十分に寝れているのである。朝時々鼻水が出ることもあるが、それも昨年使用していて残っていた抗アレルギー薬の目薬・鼻噴霧薬で一応収まるのである。ステロイド入りの目薬・鼻噴霧薬の出番は今のところない。

 今はまだ花粉の量が少ないので以上のような気楽なことが言っておられるのかもしれない。3月上旬-中旬に最盛期になるので、そのときは悲鳴を上げているかもしれない。そのときはステロイド入りの目薬・鼻噴霧薬の出番でどういう効き目を示すかである。

 しかし、花粉症が悪くなったのは会社にはいってからであるという認識をいまだに持っているので、昨年夏に退職したため今年の花粉症はこのまま程度がましである、となることを密かに願っている。

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