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2005年11月の2件の記事

2005年11月19日 (土)

鳥インフルエンザの脅威_免疫の過剰反応

 鳥インフルエンザの脅威のため、各国とも予測される事態に対応しようとしている。あのハリケーン・カトリーナの襲撃に対しては、襲撃前も襲撃後も無策であり、下層階級の人に対して冷酷であったブッシュも、この鳥インフルエンザに対しては、上流階層、いわゆる勝ち組も大いなる被害を受けるという予測が容易に出来るためか、早々と巨額の資金を投じて対応にあっている。日本もなんとか対応をしようとしている。

 11月17日の朝日新聞のネット・ニュースでは「高い死亡率、免疫の過剰反応が原因か 鳥インフルエンザ」という題で香港大学の学者の論文を紹介していた。「レスピラトリー・リサーチ」という医学雑誌に掲載予定の論文であるので、ダウンロードして読んでみた。朝日新聞の書いている内容とほぼ一緒であり、鳥インフルエンザH5N1型の感染者の死亡率が高いのは、炎症を促す物質が過剰に分泌されることが関係しているらしい。

 しかし、香港大学の学者の論文では、市販されている正常の気管支由来の内皮細胞株や非感染者から採取した正常の肺由来の細胞株を用いた実験であり、感染者のサンプル、たとえば、組織や細胞を用いて実験した結果ではないのである。それらの正常細胞株にin vitroで(培養系で)鳥インフルエンザH5N1型を感染させると、いくつかのサイトカインの産生が亢進したというものである。したがって、「炎症を促す物質が白血球から過剰に分泌される」という記事での「白血球」という単語は論文ではどこにも出てこないのである。

 また、論文データは、in vitro(培養系)での実験であり、その実験の結果が、実際の感染者での状態をどの程度反映しているかは不明なのである。したがって、「高い死亡率、免疫の過剰反応が原因か 鳥インフルエンザ」と言い切るには、データが足りないのである。しかも、一歩ゆずっても、論文で示されている「いくつかのサイトカインの産生が亢進した」ということが「高い死亡率」の原因であるということを結論づけるには今のところ飛躍があると思わざるを得ない。とはいうものの、この論文で示されているような「鳥インフルエンザH5N1型が異常な免疫反応を誘導する」という可能性は否定できないと思われる。

 この話で思い出すのはSARDSである。SARDSが怖い感染症であったのは、その高い死亡率であった。しかし適切な治療をするようになってからは、生存する人も増えてきたように覚えている。またSARDSの場合も異常な免疫反応があったように覚えている。どういう治療をしているのか、そのころ興味があって注意して新聞などを見ていたが、どうやらステロイド剤を用いているようであった。ステロイド剤は免疫抑制に働くので、ステロイド剤での治療は抵抗力を低下させるので良くないのではと思っていたが、実際行なわれているのは、「過剰な免疫反応を抑えるが抵抗力は低下させない」という治療をするようであった。この辺の「さじ加減」にはノウ・ハウがいるものと思われた。

 SARDSの場合は感染が空気感染ではなかったので、怖いながらも大流行するにはいたらなかった。今度の鳥インフルエンザH5N1型の場合の最悪のシナリオは「空気感染」が心配されているためブッシュまでが予め対応しているのであって、その惨事は、昔のスペイン風邪に匹敵するものと考えられている。鳥インフルエンザH5N1型にしてもスペイン風邪にしても、なぜ、死亡率が高いかということがわかっていなかったと思うので、今回の香港大学の学者の論文は「免疫の過剰反応が原因か」ということを示唆した論文で、我々も注意して対応することが必要である。もし免疫の過剰反応が原因であった場合、感染者に対しては、SARDSの場合と同じような治療が必要で、そういう治療ができる施設は限られているということが、SARDSの場合明白になったのは記憶に新しい。SARDSのように感染力の低い場合でもそうであったのであるから、鳥インフルエンザH5N1型の場合は一旦感染してしまう大変なことになる。

 いま、鳥インフルエンザH5N1型への対応は、その予防(タミフルの備蓄)であり、それはそれとして必須のことであるが、一旦感染した人に対する治療体制について明確な話を寡聞にして聞いたことがない。本当に心配である。

 我々に出来ることはなにもなく、せめて、例年のインフルエンザの予防接種でもやっておくか、ということに的外れのことになるが、願わくは、早く鳥インフルエンザH5N1型のワクチンを開発してもらいたいものだ。

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2005年11月13日 (日)

若葉マークの家庭菜園とシイタケ栽培

 今年の8月後半から、若葉マークの家庭菜園をやっている。早期退職の団塊世代の私であるので、晴耕雨読の毎日である。といっても、菜園の広さはわずかなのでほとんどが「雨読」の毎日であるが。

 全く勉強をしたことのないものがやる家庭菜園であったが、簡単そうに見えるものから植えていった。ラディッシュ、コマツナなどは比較的早く収穫ができたが、コマツナは、生育が貧弱で、とても、湯がいてたべるには量が足りない。したがってほとんどサラダとしてたべている(ラディッシュについては以前にブログにて報告済み)。

 今日は、楽しみであったチンゲンサイを収穫した。ホウレンソウも含めた中で一番生育が良かったのはチンゲンサイで、その味がどうであるか楽しみであった。家内は中華料理の材料としてチンゲンサイを料理してくれた。結果はどうであるかといえば、スーパーなどで買うチンゲンサイは手を出さないのに、家庭菜園のものは、美味しそうに食べていたというのが家内のコメントであった。ホウレンソウが惨めな感じで失敗しているようなので、チンゲンサイの味が悪かったらと残念だと思っていたが、結果は成功のようである。若葉マークのものとしては、ほっと一安心したところである。

 家庭菜園とは別に、シイタケ栽培もできれば楽しいのに、という色気がこの1ヵ月ほどででいた。インターネットでいろいろ調べても通信販売で購入するには勇気がなかった。そうこうしているうちに、ある日、コーナンで、種駒打込みのホダ木を売っているのが目に入った。早速購入し、栽培することにした。購入したホダ木のうち1本は熟成済ということで早くシイタケが出てくることを期待した。期待通り、早い目に、芽(?)が出てきた。そうして約1週間目の今日収穫して、家内に料理してもらった。

 結果は期待以上のおいしいものであった。シイタケの天ぷらと、シイタケ入りのスープであった。どちらも久しく食べたことのないようなシイタケの美味しさであった。そして、シイタケのやわらかさはなんともいえないもので、我が家が急に高級料亭に変身したかのようであった。家内曰く「あわびやふかひれのような感触と味わい」と誇張した表現をしていた。

 シイタケについては、1本のホダ木から3-4年はシイタケが取れるので楽しみだ。毎年ホダ木を追加購入してたくさん取るつもりである。

 若葉マークの家庭菜園については、まだまだ若葉マークははずせないが、この2ヶ月の反省を基に、来春のタネマキを目指して、今のうちから準備している。特に、今年家を新築して、以前は、家が建っていたところを菜園にしたので、本来ならば、土づくりをきちんとやっておかねばならなかったのであるが、盛夏の8月は畑仕事をするには暑くてたまらなかった。そのせいか土づくりが不十分であった可能性がある。その割には、どれもこれも、なんとか育ってくれたという思いがあるが、やはり生育不足は否めないので、しっかりと土づくりをやることと心に決めた。そして、菜園の区画の広さもこの秋の2倍に広げようとおもっているので、今のうちから「晴耕雨読」で、準備をすることにした。そして今日も2時間ばかり、鋤を持って「開墾」をした。そういうあとの初取れのチンゲンサイ、シイタケの試食は、なんともいえないもであった。家庭菜園をするのは家計の足しにするという一面もあるが、それ以上に意味があるのは、「美味しい野菜」が食べられることという当たり前のことを改めて実感した次第である。

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