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2005年8月の10件の記事

2005年8月31日 (水)

「ヒロシ」とグローバリゼーション

 ヒロシ。たくさん出てきているピン芸人の中で、ヒロシが一番好きである。だいたひかるも好きであったが、ヒロシの方がもっと好きである。どこがというと、その厭世的なモノローグ、そして、現実の社会情勢を良く捉えているセリフ、それが好きである。

 ヒロシのモノローグは「負け犬」のモノローグである。グローバリゼーションで勝ち組、負け犬ができて、その負け犬の中でも一番まとを得て独白しているのはヒロシである。そこには現実をよくとらえた皮肉がある。それで皆さんの共感を得ているのであるのであろう。

 グローバリゼーション、構造改革で勝ち組、負け組ができただけではなく、世の中がひずんでしまっている。その社会のひずみをたわいもなくしゃべっているのがヒロシである。そこには、何も世間批判、その他はないように見える。そして、みんなもたわいもなく笑っておれる。しかし、直接的な社会批判、政治批判はないものの、その中の秘められた世間の見方についてはすごい感性がある。

 今は、日本の将来について重要な判断をする大切な時期である。しかし、ヒロシのモノローグに対する共感(負け犬に対する共感)と世論調査の結果(負け犬を切り捨てる政策を支持する人の多さ)にはどうしても乖離を感じざるを得ない。ヒロシに対する共感をもとに将来を良くしていくことはできないものであろうか。

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2005年8月29日 (月)

スピーカー作製日記-「まるごと手作りスピーカーの本」

とんぼナックのhomepage中の「とんぼナックのエッセイ」に、【スピーカー作製日記-「まるごと手作りスピーカーの本」】というエッセイを載せました。

当初はブログに載せるつもりでしたが、長文になったため、「とんぼナックのエッセイ」に載せることにしました。

学研の「大人の科学」マガジンの特別号「まるごと手作りスピーカーの本」を購入し、スピーカー・ユニットの作製を試みた。しかし、それだけでは満足せず、スピーカーボックス、アンプも作製するに至った。そして、雑誌の付録と思っていたスピーカー・ユニットを用いて、本格的なオーディオ・システム(ただし、今のところモノラルではあるが)の作製にまで至った。

その経緯、また、昔のボリュウム・コントローラーの作製の思い出などを織り交ぜて書いたものである。

興味があれば読んで見てください。

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2005年8月20日 (土)

新居でのツクツクボウシ

京都五山の送り火も終わり、この一週間、ツクツクボウシが新居で聞けるようになりました。また本格的ではなかったものの、今日当たりはしきりに鳴き出しました。ツクツクボウシが鳴くと秋がやってくると思っていましたが、その通りのようです。

こうして、今年の新居での夏は、ヒグラシに始まってツクツクボウシで終わりかかっています。

新居には緑が多いのでヒグラシからツクツクボウシが聞けますが、町の中、ヒートアイランド化している下町・オフィス街では、それこそ、アブラゼミの大合唱です。その他のセミのかげもありません。生態学的にどういうすみわけになっているのでしょうか。ヒートアイランドに強い遺伝子でも持っているのでしょうか。いつも不思議に思うことです。新居でもアブラゼミの声は結構聞きますが大合唱という感じではありません。

参考:ツクツクボウシ

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2005年8月17日 (水)

京都五山の送り火見学と思い出

 昨日約25年ぶりに京都五山の送り火をみた。30年前の大学生のころは大文字保存会のメンバーのお宅に下宿していたこともあって時々大文字に登ったりしていた。今では、送り火の当日は登山禁止になっている思われるが、その当時は大文字の送り火というものは山に登ってすべてをみることができた。人の丈ほどある井桁につみあげた薪・護摩木に火をつけるのであるが、そばでみているとけっこう迫力のあるものであった。その当時でも火床の維持は大変で、半年もまえから整備をしているようであったが、何をしているのかは下宿人にはさっぱりわからないままであった。終了後、時々鯖寿司のおすそ分けをいただき、京都の名物のひとつである鯖寿司を、これが鯖寿司かと思いながらおいしく食べたものだった。

 8月16日が送り火の当日であるが、夏といってもそろそろ天候が不安定になる時期であり、毎年やきもきするもので、ひと雨あった後は薪の燃える勢いも心細く途中で消えないかなと心配するものである。ある年は、作新学院の若きエースであった怪物江川卓選手が台風が接近している中で行なっている試合が気になって仕方ないまま、大文字の登山見学をしたものであった。このように、私にとっての大文字は、遠くから見るものではなく、近くで見学するものであった。

 その後、市内の中心部のマンション(?)と称する2階建てのアパートに一時住むことになり、その屋上(3階に相当する)で毎年、五山の送り火を楽しんだ。その当時は、京都市内は視界をさえぎるものもなく、五山の全部が低い屋上からでも見学できたものであった。

 そのアパートを離れて約25年になるが、毎年8月16日は気になるものの改めて見学に行くほどのことには思わず、テレビ・ニュースで報道されるのでそれをみては見物にいったような気分になった。そして知らぬ間に時間が経ったものである。

 今年は、新居もできて引越しした。近くに、松ヶ崎の妙法の送り火があり、久しぶりで見物に行くことにした。妙法の字は北山通りからすぐ手が届くような感じの山にあり、また「妙」「法」の2文字で妙法の送り火となるが、あまりに近すぎて2文字を同時に見ることはできない、2つの山の周縁を回るように移動しなければみることはできない、ということは下調べでわかっていた。また、北山通りからは大文字は山に隠れて見えないし、他も見えるはずが無いということで、「妙」か「法」のいずれかが見えればそれで十分という覚悟でカメラ・三脚を片手に見物に出かけていった。そして「法」の字がみえる場所で待機した。

 今年の送り火は雨の心配がなく8時10分の時間通りに「法」の字が点火された。5分ぐらいみんなもその様子を見ていたであろうか。その直後「民族大移動」が始まった。多くの人が「妙」の字がみえる場所に移動を開始したような動きであった。初めてのことで何がなんだかわからなまま、人の動きについて行った。5分程度ですべてが終わってしまうのに、また「法」から「妙」に移動するには、近いとはいえ10分は十分かかる距離なのに、と思いながらついていった。途中では逆方向に移動している人たちにたくさん出会った。やっと「妙」の字が目の前に大きく浮かび上がった。ばんざーぃであった。しかし、火の勢いはすでにかなり衰えていた。逆向きに移動していた人は「妙」から「法」への移動であったのか。

 向きを変えて遠くを見ると、期待していなかった「船形」が目に入ってきた。「妙法」に5分遅れの点火であるせいかまだ最盛期ではっきりと目に入ってきた。

 このように京都五山の送り火の見学の仕方にはいろいろある。直接登山してみる見方(現在では当日の登山は禁止であることが残念)、五山の全部を展望する見方、今年のように追っかけしてみる見方。どの見方にせよスケールの大きい火祭りであり、霊験あらたかなきもちになるとともに晴れ晴れする思いがするものであるが、今年経験した「追っかけ送り火」もこの道の通のやるような感じであり、風情のあるものであった。

参考:http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/gozan/02.html

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2005年8月15日 (月)

新居の酸性雨と政治雑感

 みどりの多い環境のよい新居に引越してきて数ヶ月経とうとしている。敷地内の草木についてはいろいろ目を楽しませてくれるような日々を送っていた。

 そのうちアサガオがたくさん花を咲かせるようになってきた。ある朝、咲いた花の数を数えていた。そのときに異変に気づいた。明け方雨が少し降ったようである。アサガオの花に水玉がついていた。よく見ると、花びらで水玉のついているところの色が変わっていた。どの花もそうなのかと思って20個くらい咲いているアサガオを観察したところ、白いアサガオ、青色のアサガオ、赤色のアサガオの全部で花の色が変わっていた。まさか、酸性雨ではと思ったが、酸性雨なんか昔の話ではないかと思いつつ、インターネットで検索した。やはり、酸性雨が原因であった。「アサガオは酸性雨のリトマス紙」という言葉があるほど有名な現象であり、小中学生の格好の教材(?)にもなっているよう感じであった。DSC_0036B実際に、水玉をリトマス紙で測ってみたところ明らかに酸性であった。

 酸性雨が社会問題になって何十年経つであろうか。それなりの努力がされたであろうが、酸性雨の問題は国境を超えた問題になっているようにも聞いたことがある。日本だけでは解決困難な問題となっているようである。しかし、酸性雨の問題自体は厳然として存在しているし、環境破壊などに通ずる深刻な問題である。行政の側の無作為的なものを感じても不思議ではないだろう。

 ここで思い出すのは、エイズと今改めて問題視されているアスベストの問題である。エイズの場合も、それがウイルスの感染病ということがわかった後においても、血友病患者に対して輸血治療を実施していた。患者は当然エイズを発症するであろうと、少しでも勉強したことのある人であれば容易に想像されるようなことを平気で実施していた。それしか血友病患者を救う道はないということで。あまりにもかわいそうではないか、別の方法はないかと思ったものではあるが。それがお役人の無作為であること、そして、御用学者の企業よりの無作為であることがわかったのはその後大分たってからであった。

 アスベストの問題も、それが過去に一旦問題視されたときは、それ以外に手段はないとか、解体のとき以外は大丈夫だとか、問題の先送り、経済優先、くさいものには蓋、という対応であり、無作為的なものを多くの人が感じていたのではないだろうか。

 酸性雨、アスベスト、エイズ以外にもまだ表面化していない問題が隠れていないだろうか。ホルマリンの問題も本当に解決したのであろうか。今回、新居を新築するときに、ホルマリンの量を極力減らした部材が用いられていることをハウスメーカーからしきりに聞いた。しかし、ホルマリンをゼロにすることはできないということだそうである。その限度域は本当に安全なのであろうか。アスベストと同様に、それしかないとか、それをはずすと経済が停滞するとか言う理由で無作為状態が生まれてはいないだろうか心配しているのである。この数年、グローバリゼーション、構造改革と称して、効率化を合言葉に、為政者にとって敵となるような意見を抹殺してしまう、という経済優先の風潮が政治的に浸透しつつあり、リーダーシップを発揮するには多数決で敵の意見を抹殺するのが正義であるかのごとく扱われている。政治の世界ではそういう風潮は権力闘争なので当然だと居直ってそれを支持する風潮があり、また、支持率からみても、そういう風潮を支持している数字が出ている。そういう風潮ではなく、マイナーな意見に謙虚に耳を傾け、無作為状態にならずに、真摯に問題に対応して解決していこうとする姿勢が失われようとしないことを祈るだけである。フロンガスも一時問題視された。これは国際的な動きとして対応しようとしているので、経済優先のグローバリゼーションから外れるため遅々とはしているがなんとか目的のものに対応しているようである。

 国民の税金は、国民が健康な幸せな人生を送られるようにも当然使われるべきである。しかし、いろんな問題があるにもかかわらず、そういうことに蓋をし、何に税金が使われているかわからない状態で、「小さな政府、小さな政府」と連呼し、相手を抹殺してしまう、という手法をとるのは、たとえそれが、違法ではないとしても、どこか違うんじゃないの、と言いたくもなるであろう。

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2005年8月11日 (木)

一羽のトリの訪問

とんぼナックのhomepage中の「とんぼナックのエッセイ」に、ブログ記事「新居のスズメ 」 2005年8月 3日 (水)を書き直したエッセイ「一羽のトリの訪問」を載せましたので、興味があれば見てください。

http://homepage1.nifty.com/tombonak/essay/essay_index.html

http://homepage1.nifty.com/tombonak/essay/essay_bird.html

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2005年8月 9日 (火)

からくり人形「段返り人形」

 定年には少し早めの早期退職をした。何をして過ごしていくか、あまり考えもなく辞めてしまったのであるが、誰しもが思うように趣味をいろいろやってみようということは頭にはあった。しかし、趣味といっても、ピンからキリまであり、今まで手を出していないことも趣味的にやってみよう、という気持ちはあった。その中のひとつにクラフトがあった。そういうときにハウルの動く城のペーパークラフトがダウンロードできるようになり、2-3週間挑戦して完成したことは「ハウルの動く城 - ペーパークラフト完成」に書いたとおりである。

 そうこうしているうちに、「大人の科学」(学研)というシリーズで、いくつかのからくり人形の作製キットの販売が目に付いた。なぜか知らないがもともと人形、仏さんに興味があり、からくり人形となると私には格好の題材であった。しかし、なぜかパンフレットなどの案内ではちゃちな感じがして今ひとつ乗り気にはならなかった。どうせ時間つぶしだからと思っても、数時間で作製できてしまうというものであれば、完成後は場所ばかりとってムダだという意識が働いてしまう。しかし、まあ、一応お人形さんだからということで、無収入の身ながら無駄遣いをしてしまった。

 昨年の今時分、NHK教育にチャンネルを合わせたとき「からくり玩具」の趣味の講座(「趣味悠々」)があることを知った。しかし、知ったときはもう遅かった。2ヶ月の講座のほとんど最後であった。残念と思いながらもテキストだけは購入しておいた。しかし、基本的に木作りでありそれは制作が楽ではないのでそのままにしていたのであった。

 今回購入したからくり人形は基本的にはプラスチック製で、ちゃちいなと思いながらも、木で作製していてはそうとう苦労だろうし、そうとう高価になるだろうし、プラスチック製は簡単にできるので、とにかく気楽に楽しもうという気持ちでいた。もともとからくり人形といえば、高山祭りは行ったことは無いのであるが、高山市に行ったときに郷土館にのからくり人形をじっくり楽しむということはやっていたので、プラスチック製であってもからくり人形の仕組みがわかるので楽しみであった。

 昔、アインシュタインが日本に来たとき、自動で水を飲むトリ(「平和鳥」というらしい。現在は「ハッビーバード」の商品名で販売とか)の動きに興味をもち、分解してもよいというのを断って、外部からその仕組みを解明しようとした、という話を聞いたことがある。事実かどうか。ともかく、そのように、自動で動くオモチャの仕組みはやはり誰でも知りたいのである。

 当然ながら、キットであるので各パーツを手にとって作製することになる。そのときに、からくり原理がわかってしまう。 まず学研の「大人の科学」の「からくり段返り人形」に挑戦した。基本的にはよくできている。仕組みは簡単であるようであった。しかし、段返りをするときの腕の動きなどについては細かいつくりがしてあった。ゼンマイはないということであったので、段返りの動力になるものはなにかということが興味もたれるところであった。キットの中にパチンコ玉のようなものがいくつかあった。...あっ、段返りの基本はこれだ、ということになった。約50年前小学校に上がる前だったと思うが、どこで売っていたのか定かではないが、ある玩具に興味を持って、どうしてもほしかったものがあった。無理を言って買ってもらったような気がする。それは「俵落とし」であった。俵がピョコピョコ動いていくのに大変興味をもったのであった。そして、段返り人形もそれと同じ原理であった。

DSC_0030_2  原理の大筋はわかった。あとは作るだけ、ということになり、面白みも半減した感じではあったが、最後まで完成した。完成品について、実際に段返りをやらせてみると、結構かわいいものである。幼心に俵落とし非常に興味をもっただけに「からくり段返り人形」の動きは、原理を超えて興味を持ったものである。幼心をくすぐられたような感じの数日であった。

 次は、「弓曳童子」に挑戦である。

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2005年8月 4日 (木)

あるアマガエルの死

とんぼナックのhomepage中の「とんぼナックのエッセイ」に、ブログ記事「新居のアマガエル」 2005年7月29日 (金)を書き直したエッセイ「あるアマガエルの死」を載せましたので、興味があれば見てください。

http://homepage1.nifty.com/tombonak/essay/essay_index.html

http://homepage1.nifty.com/tombonak/essay/essay_frog.html

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2005年8月 3日 (水)

新居のスズメ

新居(「とんぼナックの新居建築の記」)に引っ越してきてもう3ヶ月になる。この間に、敷地内にいろんな花が咲き(ブログ記事「新居の草木 - 2005年7月」「新居の庭の植物のデータベース化」)、目を楽しませてくれてきた。ヒグラシ(ブログ記事「新居でのヒグラシ」)の哀愁ソングも聞かせてもらった。突然のアマガエルの死(ブログ記事「新居のアマガエル」)も見た。

春はウグイスがきれいな声で鳴いていた。その他にもいろんなトリもいるだろうから、そのうち、巣箱でも置いて楽しんでみたいなと思っていた。しかし敷地内には適当な枝振りのよい樹がないので、お隣の敷地のもので、枝が私の敷地にせり出しているものにこっそりと巣箱をつけようかなという心積もりをしていたが計画倒れになっていた。

新居には、畑作りが少しできるスペースを設けていた。引越し後も多忙のためそのままになっていた。そうしているうちに、種まき、苗の植え付けの時期を逸してしまった。もともと畑である場所ではなく、すぐには畝作りもできない感じであった。しかし、少し掘り起こしてみても、大きめ石とかガラクタが出てきて、畝作りどころではなく、畑の整備をやる必要に駆られて、暑い中ではあるが少しずつ石・ガラクタ除去を手作業でやっていた。また、雑草も少しずつではあるが、生い茂ってきたので、それも刈り取って放置しておいた。7月後半から私も晴耕雨読の生活に入っていった。

最高潮の真夏の暑さが続いていたある日、我が家の畑予定地に積み上げていた雑草の近くにかわいいトリの訪問があった。実は、敷地内のご訪問はこれが初めてではなかった。ある日、外出して帰宅したとき、敷地内の木からトリが飛び去るのを目撃している。何に興味があったのかな、と見たところ、名前をいまだ知らない木が実をつけていた。こんど訪問にきたトリは土を啄ばんでいた。何か実のようなものが落ちているような土ではないのに。そのうち、ちょっと飛び上がって草を啄ばんだ。そして、その草の何かを食べようとしてのだった。その草はエノコログサのようだ。そして、また、しばらく土を啄ばんでいた。時々、家の中から窓越しに観察している私の方にかわいい顔を向けたりして、愛嬌も振りまいていた。いや、トリにはそのつもりはなかったのだ。こちらがそう思っただけだった。しかし、かわいい顔をしっかりみせてくれた。こんな状況が目の前に見えるなんて、人生50年以上生活してきて始めての経験であった。

そのトリは特別な珍しいトリではなかった。スズメだった。そのうち、啄ばむ場所を変えてまた、土を啄ばみ、雑草のなかから何かを食べていた。sparrow_DSC_0030B11

10分くらいそういうシーンが続いたであろうか。スズメは一匹だとばかり思っていたときもう一匹のスズメが現れた。一匹ではなかった。つがいだろうsparrow_DSC_0051B11 かな、兄弟かな、親子かな、と思っていた。今度は二匹で何かを啄ばでい るような、あるいは、今までの一匹が啄ばんでいて、もう一匹がその近くで話しかけているような、そういう雰囲気だった。しかし、それも短時間で、そのうち二匹で飛び去ってしまった。

その直後、真夏の土砂降りの夕立が襲ってきた。あとから来たスズメは夕立を予感して呼びに来たのだろう。

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2005年8月 1日 (月)

新居の庭の植物のデータベース化

朝日新聞の一面に毎日載っている「花おりおり」は楽しくよんでいて、いずれそういう美しい写真も撮りたいし、物知りにもなってみたい、と常々思っている。これは人気があるようで本になっていて、この度第8巻が発売になったらしい。

私の家もこの3月新築した。新築中からずっと、敷地内にたくさんの花を見てきて、花の名前もあまり知らないので、こんな花がいつの間にか咲いている、という驚きの連続であった。

そういう自宅の庭の植物の思い出をデータベースにした人が31日の朝日新聞に紹介されていた。京都の方で、母親から教わったものをもとに「図鑑」を作成したところ80種もの植物がリストされたとのことである。図鑑をデータベース化し、パソコンも駆使して、範囲も自宅から各方面に広がっていって、いまでは総数1000個を超えるデータベースが出来ているとか。

私の場合も今年から折にふれて、デジカメで花のスナップをとってきた。何も本格的ではなく、適当に写してきただけである。しかし簡単に数えてもこの数ヶ月で10種類の花が写っていた。思ったよりたくさんの花が咲くのがわかって、きちんと写真をとって、整理する必要があると思っていた。また、花の名前もあまり知らないので一からのスタートになり、市販の図鑑も新たに購入し図鑑と格闘している。

今後秋になればまた、どんな花が咲くか、楽しみであるし、今後一年間、詳しく見つめていくことで、さらに多くの花を「再発見」することになろう。

1000個のデータベースを作成した人はそのデータベースを公開することも考えておられるとか。インターネットでの公開はサーバー側にたくさんのディスク容量を食うので大変でしょうが、早く公開していただければと楽しみにしている。「花おりおり」もデータベース公開は無理でしょうか。

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