2009年7月 9日 (木)

庭のブラックベリーの実が鈴なり

 3年前に1本のブラックベリーの木を植えた。最初の年から少しは実をつけていて、年々その実の数も増えていった。今年は3年目で豊作で、下の写真のように鈴なりとなった。

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 上の写真は全体の一部を写したもので実際はこの数倍はある。

 ブラックベリーの実は黒くなってから食べられるようになるのであるが、今年は酸っぱいもののほうが多くて甘いものは少ないのが残念である。酸っぱいといってもそのまま食べられるのでまだ良いが、更に酸っぱくなるとジャムにして食べるのがよさそうである。黒い色をしているので、ポリフェノールでも多いのかな、と勝手に思っているが、どうであろうか。

 ちなみに2ヶ月前に咲いたブラックベリーの花の写真を下に載せておきます。

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2009年7月 8日 (水)

仏像彫刻のお勉強(番外1)-彫刻刀の柄の作製

 仏像彫刻の練習を始めて2年経った。まだまだ下手なものしか作れていない。しかし、その間に彫刻刀の種類・数も増えていってきた。大体彫刻刀を買えば刀に柄がついていて刀も研いであってすぐ使えるようになっている。しかし本来は、彫刻刀を買えば刀だけで柄もついていないし、研いでも無いらしい。

 彫刻刀は京都のあるお店(A店)でよく買うのであるが、今まで購入していたのは一般的な彫刻刀で柄つきのものばかりであった。ところが、今回必要になったのは、曲がり丸刀(中浅丸:サイズ4分)というものである。他のメーカーのものなどでは曲がり丸刀(浅丸)なども柄つきのものも売っているが、A店では柄つきのものは売ってないとか。曲がり丸刀(普通の丸刀、つまり、並丸刀)は柄付きのものがあるそうであるが中浅丸の曲がり丸刀の場合は柄つきがないとか。作業上普通の曲がり丸刀では役に立たないし、またどうしてもA店のものを使いたかったので、柄の部分の自作と刃の研ぎを覚悟して昨日購入してしまった。

 A店のおっちゃんによると柄の部分は適当は端材でよいとかということであったが、私の通っている教室では、仏像彫刻の木取りは先生がやるので手元には端材がない(端材は木取りするときに頻繁に出るようである)。家の中をひっくり返していたら、版画用の桂の板があったので、少々分厚かったが、それを柄に使うことにして、A店のおっちゃんに教えてもらったように昨日製作し、今日他の彫刻刀で柄の部分の形を整えていった。桂の板が分厚かったぶんだけ削るのが大変であったが、なんとか2時間で整えることが出来た。

 刃の部分はかなり研いであって最終的な研ぎをやればよいのかと思っていたら大違いで、厚みが1mm強ありそうで「延べ板」という感じである。それを研いで行って刃の形にして、切れるようにしなければダメのようで、研ぐのにどれくらいかかるかと心配したが、昼食挟んで1時間程度で研ぎ上げることが出来た。完成したものが下の写真である(手前のものが今回初めてつくもので、のみ巻きにおいているのはいままで使ってきたものである)。

Sr00111672_2  本来は、このあとで、柄の部分をカシューか漆で塗るのがよいのであろうが、それは気が向いたらやろうかな。

 この彫刻刀で試し彫りしたが、曲がり丸刀(中浅丸)を購入したのは全く正解で、目的に適っていた。ただ、切れ味はもう少し気に入らない。もうちょっと研ぎをきちんとする必要がありそうである。今後多いに役立ってくれる彫刻刀になりそうである。

 1年前だったら、自作・研ぎを嫌がって、柄付きの普通の曲がり丸刀を買っていたと思う。2年経ったのでなんとかここまで出来るようになった、という次第である。

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2009年6月17日 (水)

仏像彫刻のお勉強8-不動明王座像の練習

この2年間仏像彫刻のお勉強をやって来た。今までやってきたことを以前

仏像彫刻のお勉強-聖観音菩薩仏頭の練習」、
仏像彫刻のお勉強2-救世観音の練習」、
仏像彫刻のお勉強3-地蔵菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強4-釈迦如来坐像の練習」、
仏像彫刻のお勉強5-聖観音菩薩立像の練習」、
仏像彫刻のお勉強6-わらべ地蔵の練習」、
仏像彫刻のお勉強7-阿弥陀如来立像の練習」、などで報告した。

 今回は、不動明王座像の練習がほぼ終了したので写真を載せた(写真はクリックで拡大)。

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 約5ヶ月かかって完 成したことになる。高さが4寸(約12cm)程度の像になっている。今回も時間はかかったが、焦らず、じっくりやったため、その分勉強が出来たかなと思っている。

 台座・光背はこれからである。いままでは仏像彫刻の練習をいろいろやってきたものの台座・光背については練習をやってこなかった。不動明王の台座・光背の練習が初めてとなる。前回の練習の阿弥陀如来立像については本体完成後、台座・光背なしで、その辺に老いていたら少々かわいそうな感じたしてきたので、不動明王の台座・光背のあとに練習する予定である。

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2009年6月16日 (火)

4年間名称不詳の庭木に花が咲いた-「クマノミズキ」

 今の家に引越してきて4年たつ。引越してきたときに既に植わっていた庭木が幾つかあって、その木の名前を同定をしてきた。花をつける庭木の場合は簡単に名前が分かったが、花がなかなか咲かないものについては名前を同定することが困難であった。葉っぱから名前を決めようと思ってもなかなか容易ではない(ほとんど不可能か)。

 名前が分らない庭木が1本だけ残っていた。4年間も花が咲かなかったためである。その木に今年は花芽がついているのが少し前から分かっていた。しかしなかなか開花ということにはならなくて、いらいらしていたところ、今日めでたく開花しているのを発見した。

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 花が咲けば名前を見つけるのはいとも簡単と思っていたが、図鑑やネット情報をもとに四苦八苦した。それでも30分以内に名前が見つかった。「クマノミズキ」であった(多分間違いは無いと思うが)。4年間、喉に骨が刺さった感じの状態であったが、なんとかスッーとした感じになった。

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2009年5月21日 (木)

ついに京都市にもN1H1インフル感染者発生

  ついに京都市にもN1H1インフル感染者発生。最悪なことに、渡航歴なし、感染経路不明。

 いつかはこういう日が来ると思って、今日もマスクをして外出していたけれど、マスクの効果は無いという「偉い先生」もいる。しかし、我々に出来る少ない対応はマスクだ。いずれ手持ちのマスクも払底する。それでいて「冷静な対応を」というバカげたフレーズが昨日あたりからCMにまで出てきた。それを言っている人間が意地悪爺さんに見えてくる。我々の出来る少ない予防策の一つであるマスクが買えないで何が「冷静な対応を」だ。CMで出てくるまでに、CM代金をマスク代にあててはどうか(設備増強とか、手持ちのマスクの放出とか)。選挙対策のようなこのCMも私には逆効果であった。

 もう性善説は取りにくい。感染経路が不明なだけに、さぞかし京都市内中ウイルスはそこら中にはびこっていることだろう。



 

 

 

 

 

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2009年5月20日 (水)

鳥インフルのヒト・ヒト感染時は国民は果たして大丈夫だろうか

 新型豚インフルの「水際」作戦が失敗し、拡大しつつある。そもそも、この豚インフルは感染性は弱いものの、強毒性の鳥インフルがヒト・ヒト感染をするように変異した場合の対応のテスト・ケースととらえていた面もあるはずだ。確か新型豚インフルが出現した当初は政府側はそう言っていたように思う。某知事は「いよいよ来るべきものが来たか」というような発言まで行なっていた。

 その「水際」作戦が見事に(予想通り)失敗し、完成経路特定不明のまま感染が広がっているし、また、神戸・大阪の学校閉鎖にも関わらず、生徒たちは、町中をうろるろしている。

 昨日用事があって1時ごろ京都三条京阪の駅で降りたところ、高校生でスポーツクラブのグループとおぼしき集団に遭遇した。毎日が日曜日のものにとっては一瞬まだ春休みだったのか、と思ったが、すぐにそうではない、と考え直しても、京都の高中学校は閉鎖していないはずなので片だなと思った。よく考えてみると、神戸・大阪の閉鎖された学校の生徒たちが集団で京都に来ているのだと分かった(一応想像である、確認は取っていない)。神戸・大阪の学校閉鎖は感染拡大の防止のためにあるのであって、神戸・大阪から京都まで集団で移動することは、閉鎖の主旨が全く分かっていない。このような状態では、閉鎖解除した方がマシである、とも思えるような情けない話になっている。こういう行政側の対応も全く当を得ていない。

 今は、弱毒性のインフルであるからこれでよいのだ、という意見もかなりある。しかし、強毒性の鳥インフル・ヒト・ヒト感染が出てきた場合のテストケースであったことを思い起こせば、弱毒性なのでこれでよかったのだ、という主張は全く意味がない。鳥インフルの場合は今の豚インフルの場合と違う対応が果たしてあるのだろうか、何も見えてこない。今の対応を見ていると強毒性の場合の感染を抑え込む対応が出来ると想像するのは困難と思うようになってきた。

 強毒性の鳥インフル・ヒト・ヒト感染が起こった場合は、今の政府・行政の対応では、国民は「冷静に対応するように」といわれながら『座して死を待つ』しかないのかもしれない。

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2009年5月19日 (火)

マダケの筍料理をしてもらった

 今に家に引越してきて4年になる。引越してきたときから、隣家(Aさん)の竹が我が家に侵入しているらしく、どうしたものかと思い悩んでいた。別のお隣さんもAさんの竹が侵入し、Aさんに伐採の依頼の連絡したこともあるとか。

 我が家の場合はどうしようか思っていて、引越してからは、とりあえず、竹が頭を出してくる頃を狙って、伐採してきた。頭を出してくる初めの頃は手で倒せば簡単に根元から歩キッと折れるのでそれで処理してきた。

 しかし、我が家とAさんとの境界付近の場合は困っていて、それがほっておかれると背丈が高い竹になり、困った個とに、冬場積もった雪で竹が折れて、我が家の敷地に倒れこんでくる、ということがしばしば起こってきた。それでもAさんに連絡するとちゃんと処理をやってもらえるので助かっている。

 今年もその竹が伸びだす時期になってきた。孟宗竹の筍が一般的に八百屋さん、スーパーにおいてあるものであるが、それとは時期が1-2ヶ月ずれていて、特に、雨の後は、竹が伸びだすものである。

 今年は、我が家の敷地内に植えてあるクレマチス・モンタナの区画の手入れということでその区画に関しては畑の土を購入して以前よりはましな区画にしていた。この2-3日雨が降ったが、そのあとで、クレマチスモンタナの区画に行ったところ、あろうことか、隣のAさんのところ由来とおもわれる竹がその区画を狙ったかのごとく2個頭を出しているではないか。雨後の筍、というものである。例年ならば、筍の頭を折って廃棄物処理するはずである、なぜか今年は、食べてみようということになった。家内も以前から食べてみたら、と言っていて、食べられるかどうか分からないが、試しにと言ったところ、早速、家内はそれを生のまま口にした。当然渋みはあったらしいが、どうやら死ぬことも救急車でかつぎこまれることもなく「毒見」としては、オーケーであった。

 次の問題は味である。これは調理してみなければ分からない。そこで、孟宗竹の筍と同じようように糠で処理したものが下の写真である。

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これを材料に料理してもらったのが、下の写真である。

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 今晩の夕食のひとつに出てきた。結構、美味な料理になったものでした。

 3-4年前からこの事実を知っていたら、3-4年前からこの季節の味が楽しめたものに、知らなかったため捨ててばかり出来たことが残念である。

 この竹の正体は、どうやら、一般的な「マダケ(真竹)」のようである。はじめは「破竹」かともオも他が、Wiki などの記載を見てみて、皮の色具合から、破竹ではなくマダケと今は思っている。

 もう少し残っているので、明日は、木の芽和えでもしようかな、という話になっている。その木の芽も我が家の敷地内にあるもので、マダケの出てきたところの近くに植えているものである。

 

 

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2009年5月 6日 (水)

良寛さん粘土像-和綴じ写真集の制作

 粘土いじりの教室で良寛さんの粘土像を幾つか作ってきた。過去には、坐像かくれんぼ子供と一緒大の字書を読む、などをブログに載せた。

 レリーフも含めて14個程度の良寛さんの作品が出来た。ここでひとまず区切りをつけ、作品を写真に撮り、それを1冊の写真集にしてみた(ちなみに、粘土いじりの教室もいま、一区切りの一服中である)。

 昨年6-7月、NHK教育の「趣味悠々」で「お気に入りをとじる-やさしい製本入門」という番組があり、そのなかで、「第4回 和とじの写真集を作ろう」という放送があって、今回の目的に一番あるものので、それに従って制作することにした。

 なにしろ、製本は始めてて、和紙についても、こうぞ和紙、友禅和紙、などなどいろいろでてきてどれがなにかわからないし、どこの店で何を売っているかも分からないし、また、製本に使う小道具なんかも入手が困難であったり、いろいろ手探りしながら、番組テキストに従って制作した。実際の制作時間より、道具、紙類、などをそろえるほうに時間はかかったかもしれない。下の写真が制作した写真集である。

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 なんとか最後までたどり着いたという感じである。当然、その間いろいろ失敗をしてしまった。一番大きな失敗は、左右を間違えて、本の開きが最初に予定していたものとは逆になってしまった。番組のテキストの写真に従ってやったつもりであったが、テキストは右利きの人用の写真になっていて、左利きの私の場合、それをひっくり返して実施しなければいけないのであるが、今回はその注意も十分行き届かなくなって、気づいたら左右反対になっていた。それでも使用に十分耐えるので我慢することにした。また、生麩糊を使う箇所が幾つかあったが、粉で売っている商品から生麩糊を溶かして作るのが面倒になり、普通の障子糊にしたので、その辺が不細工になったかもしれないし、混ぜ物の影響が後日出てくるかもしれない。

 このように少し恥ずかしいものになったが、市販のアルバムのポケットに写真を入れ込むよりは見栄えのするものになったのは確かである。唯一の欠点は製本してあるため、写真の差し替えが出来ないことである。もし、差し替えが必要という事態になれば、今回の失敗を直すことも考えて2冊目を作ろうと思っている。

 とにかく、『私だけの1冊の写真集』が出来たことになり、この年になれば一種の「遺言」かもしれないなという感じもする。

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2009年5月 5日 (火)

寒さで瀕死状態のゴーヤが回復か

 4月29日に、寒さ、遅霜で4苗植えたゴーヤのうち3苗が瀕死状態に陥った。4月27日~4月30日まで、京都市は最低気温が7.0℃(4/27)、5.4℃(4/28)、5.9℃(4/29)、6.9℃(4/30)という日が連続していた。その後、5月1日からは最低気温が10℃以上となっている。

 4月29日に瀕死状態に陥った3苗のうち、1苗は早々と2-3日で元気を取り戻した。もう一つは危ないかなと思ったが4日程度かかってなんとか元気になり、ほっとした。残りの1苗はこれは完全にお釈迦になったと思っていたが、昨日あたりから、虫の息でもするようになり、今朝になって、復活の兆しが出てきた。なんとか行ってくれるだろうと思っているが。

 一応心配なので、一昨日2苗追加で購入し植えたばかりで、結果的には無駄づかいになったかなと思うが、3年家庭菜園をやってきて始めての遅霜被害に会って、今後の勉強になったと思えば安いものである。

 今朝は、例年ジャガイモがかかるテントウムシダマシを発見して駆除した。いままでは元気に育ってくれていたが、テントウムシダマシなどで、ジャガイモの葉が哀れなくらいぼろぼろになる。今朝は葉の裏まで点検したところ、何枚かの葉に卵がびっしり植えつけられているのを発見し駆除した(昨秋はブロッコリーが同じように葉裏に卵を植えつけられていた。これに懲りて今年の秋はブロッコリー、キャベツなどの植付をやめることにしている)。無農薬の望ましいが、こんなに葉っぱがやられるのでは、マイルドな農薬の助けもほしくなるものである。ジャガイモなら葉っぱを食べるのではないからよさそうに思うが。

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2009年5月 4日 (月)

早速住基カードでの「本人確認」を断られた

 運転免許証を持っていないものにとっては、本人確認の書類を持って歩くことは面倒である。そこで、先日(4月24日ころ)、写真つきの新住基カードを入手した。この新住基カードは、総務省に撚れば、「本人確認機能を強化した新しいICチップつきの住民基本台帳カード」ということになる。

 住基カードで本人確認をやってみた。最初は、ある大学の図書館利用証の発行時に本人確認(住所確認?)が必要であった。住基カードを出したところ、何も言わずOKであった。

 2回目の住基カードの使用の機会が今日来た。携帯電話の機種変更である。ある携帯電話会社(ここではX社ということにする)のショップのことである。携帯電話の機種変更をうるさく迫ってくるX社である。古い機種を使っているせいである。電話機能以外は一切いらない。しかも電話をかけることも少なく、かかってくることもない。それでも機種変更しろとうるさい。

 しかたないので、用事のついでに、X社系列のショップに行ってみた。機種変更にポイントも利用可能で、ポイントがいくらたまっているかをみるのに本人確認が必要であった。そのときに住基カードを出したら、「X社本社から、住基カードはダメです、との指令です」ということ。ダメな理由はショップの方でも分からない、とのこと。まさしく理解不能などこかの国のごとくである。ポイントもみれないのであれば、機種交換も無理なので、そそくさとお店から撤退した。

 住基カードを本人確認に使えないようなX社に将来性に疑いがでる。別の会社に変えようかな、とお店をでるときにいったような気がする。

 総務省のお墨付きのカードであり、しかも、私の写真つきICチップつきの新住基カードであっても「本人確認に『日本の役所』の書類はダメだ」といっているような会社は、いかんとも理解しにくい。X社のお国はどこなのか、といいたくなる。CMでは動物も家族(父親=つまり日本人、でしょう)の会社は、「本当の日本人」を差別しているとしか言い様用がない。

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2009年5月 1日 (金)

京都春の古本市に行ってきました(09-5-1)

 京都では年に3回古本市がある。正確に言うと古本市ではなく「古書大即売会」である。春は大体5月初め、夏は8月中旬、秋は11月の初め、という年3回である。今回は、みやこめっせという屋内会場で開催されており、他の2回は屋外で開催される。

 ここ数年毎回参加してみて、3回のうち春の古本市が一番充実している感じがしている。会場が屋内であるせいか、本屋さんも出店しやすいのか、本も多いし、また、内容のいい本が多い。このところ、夏、秋は何も買わないで帰ってくることが続いていたので、今回こそは何とかしていいものを探そうという気持ちがあった。

 その春の古本市は今日から始まったが、その今日の未明に、新型インフルエンザの疑いのある人が出たと厚労省の発表があった。ついに、日本にも、ウイルスが侵入しているかもしてない、という心配が出たし、人の大勢集まる会場だし、本もほごれているので、会場ではマスクをすることにした。

 数日前に、ドラッグストアでマスクを購入しようと思ったら既にほとんど売り切れ。みんな早々と対応されておられる。

 これはみんなが「冷静に」対応した結果でしょうと思うが、ちなみに、このところ、放送関係、政府関係者がテレビで「冷静に」という単語を発するごとにカリカリしている。全く何も意味する内容が無い「冷静に」という単語をいかにも物知り顔に発している連中の神経が分からない。コメンテーターが『こういう話には「冷静に」対応することが必要で・・・』と新しいニュースに対してどうコメントしてよいか分からないまま、慌てふためいて『「冷静に、冷静に」対応する必要があります』、などといっているのは、徒然草の世界を思い出すようで、おかしくて仕方ない。とにかく、「冷静に」という言葉をつかわないで、冷静に考えて、もっと適切な意味にある単語を発してほしい。

 ということでマスクは購入できなかったが、家に花粉症対策のためのマスクがなんとかあったので「冷静に」それをもっていくことにした。会場前でマスクをつけて入ったところ、同じように、「冷静に」マスクをしている人もちらほら出会って、変に少し安心した。

 春の古本市としては、例年になく人も多かったようで、また、皆さんたくさん購入しておられたようであった。その理由をつらつら考えて、今年はゴールデンウィーク中家にいる人が多いためなのか、テレビが面白くないのでその代わりのものを探そうとやってきた人が多いのか、団塊の世代が退職し暇で仕方ないので古本を求めにやってきたのか(私もその範疇に入るのかもしれないが)、などの理由が浮かんできたが、客にインタビューするわけにもいかない。

 とにかく、私も2時間じっくり探して(例年なら1時間強程度か)、8冊9000円分購入した。じっくり探した割には購入したものが少なく、また、レパートリーを見てもきわめて狭い幅に集約されているな、という感じが多いしている。まあ『深く』読書をしている証しでしょう、と家内に慰められて帰ってきた次第であった。

 

 

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ミョウガの発芽-茗荷竹

 今年の3月16日にミョウガの植付けを行なった(記事「ミョウガの植付け」参考)。

 それから46日目の今日、ミョウガの発芽を確認した。5個目が出かかっていた。

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 この状態を「茗荷竹」というのであろう。美味であるそうであるが、今年は植付を行なったばかりで根も張っていないので、貴重品である。根がしっかりするまで、つまり、来年まで、茗荷竹の収穫はお預けとしよう。茗荷竹の味を実感するのはそのときで、それまで我慢我慢。

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2009年4月29日 (水)

ゴーヤが寒さでやられたようだ

 一週間前ゴーヤの苗を4つほど購入して定植した。

 ここ2年間は5月4日に苗を買ってきて定植していたが、何度も自転車で園芸店に行くのも面倒なので、今年は4月22日に購入して定植した。

 夏野菜の中でもゴーヤ、キュウリなどは特に遅霜に弱いし、ゴールデンウィークまでは、遅霜の影響もあるから、定植はしない方が良いのであろうが、このところ、暖かだったし、天気予報もそんなに寒くはないような予報(これは誤報です!)を出していたので、4月22日に購入して定植した。

 ところが、京都市のこの3日間の最低気温は、27日が7.0度、28日が5.4度、そして今日の29日が5.9度で、連続して低い気温となり、とうとう購入した4つの苗のうち3つか元気がなくなった。1つは虫の息、といったところである。

 家庭菜園を始めて3年経つが、ここまで酷かった年は無かった。気を許したのが悪かった。うそだらけの天気予報を信用しないで、夏野菜はゴールデンウィークを過ぎてから植えるように、という昔からの教訓のほうが為になる。言い訳になるが、園芸店では4月早々と苗を売り始めるので、こちらの感覚も狂ってしまう。

 今、新型インフルエンザ発生で大騒ぎであり、「冷静に対処を」といって、何をどう冷静に対処したらよいのか分からないまま「冷静に対処を」というばかげた繰り返しをやっている。研究者・コメンテーター等も気象庁の予報官と一緒でどこまで信用できるか。結局は自らを守るしかない、これを自己責任という「無責任」。園芸店の早まった販売戦略に乗せられないのと同じように、新型インフルエンザでも研究者・コメンテーター等の「うそ情報」にも惑わされないのが大切だ。

 ゴーヤの今回の事件に懲りて、来年からは、ちゃんとやらなければ。そして、追加の定植もゴールデンウィーク中に考えなければ。縁起を担いで5月4日に再定植するかな。

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2009年4月24日 (金)

本人確認用に住基カードの入手-その過程で不愉快な思い

 最近はどこでも本人確認を求められことが多くなってきた。大体の人は運転免許証で大丈夫で不便を感ずることも無かろうが、運転免許証を持たない人にとっては本人確認が一大事で、「非国民」扱いされている、と感ずることがシバシバである。

 以前会社勤めをしていたときは、本人確認は健康保険証でやっていた。毎日が会社と自宅の往復で、それ以外の行動をほとんど取ってはいなかったので、本人確認を求められることも無かった。しかし、まさかのために健康保険証はかばんに入れて持ち歩いていた。私ひとりの保険証だったのでそれが可能であった。

 会社を辞めて無職になり、配偶者の被扶養者という立場になったとき、本人確認は健康保険証でやっていた。幸いなことに、そのときは健康保険証がカード式で、個人一枚ずつカードが発行されていたので、財布に入れて持ち運ぶことが出来た。

 しかし、最近、国民健康保険に入ることになってから困ったことになってしまった。健康保険証はカード式ではなくなり家族共有の健康保険証になったしまった。区役所では、カード式の保険証の発行コストが1枚1000円かかるのでやっていない、といっていた。赤字再建団体突入寸前のわがK市ではカード式に変える予算が無い、ということらしい。カード式でない健康保険証では持ち運びがいやだし、家族共有であればなおさら抵抗がある。

 そうこうしているうちに、近くのお店の人とのはなしで、定額給付金の申請の話題になったとき、本人確認がいるので何らかのコピーが必要というはなしになった。その人は、本人確認ように住基ネットカードを入手した、という話をしてくれた。カードなので楽だし、個人別になる、とのことであった。

 そこで私も住基ネットカードを入手することにした。早速申請を郵送で行なった。本人の顔写真にデジカメで撮った写真をつけて送った。1週間近くたって、区役所(K市のS区)の人間と称するものから電話があった。えらそうな態度で「スキャナーで顔写真をスキャンしたら粗すぎる。再提出しろ」ということであった。どこが悪かったのか、技術的にどこが悪いのか、区役所はどういうスキャナーをつかっているのか、一切説明もなく、再提出しろの一点パリ。こちらもなにが起こったのかわからないので反論することも出来ないくらい唖然として反論できなかった。仕方ないのでもう一度取り直しして「今度また、粗い、ということであれば、悪いところを、技術的に説明してくろ」との添え書きをつけて送付した。本当に気分の悪くなる「公僕」であった。

 再提出後、今日案内のはがきが来て、区役所まで取りに行った。 Aa1 (写真はカードの写真であるが、顔写真、住所、氏名、生年月日など、ほとんどが個人情報なのでブログに載せるとき、画像処理ソフトで黒で塗りつぶした。その結果見にくいものになっている)。

 4月20日から(新)住基カードになっているようであったが、(旧)住基カードがどんなものか知らないし、どこが変わったのか分からない。しかし、「本人確認用」には便利になったというポスターが区役所に貼ってあった。

 「本人確認用」には便利になったというのが本当かどうか分からない。またいつか、どこかで、「このカードは本人確認用には使えません」と、生意気に間違ったことを言う輩が出てくるかもしれない。そうなったらたとえ相手の理解不足であっても不愉快になる。この世の中はややこしさでてストレスが溜まるばかりになっている。昨日、タレントのK君が全裸になって捕まったが、人間といっても「動物」なのであるから、その「動物性を否定する」ように世の中がシステム化しているので、第二、第三のK君が出てきてもおかしくないように思う。また、それに輪をかけて、そういう人を「最低の人」と揶揄する(多くの人の死刑実施の署名をした)H前法務大臣の発言は暴言であり、それこそ(動物である)人間に対する「人間性」の侮辱であり、犯罪者に対してであっても「名誉毀損」があてはまることは当然のことと思う。

 とにかく、この1-2週間は住基カードの入手の手続きで不愉快な思いをし、なんとか入手した次第である。

 

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2009年4月23日 (木)

良寛像 粘土制作「書を読む」

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 粘土いじりの教室で良寛さんの粘土像を幾つか作ってきました。過去には、坐像かくれんぼ子供と一緒大の字、などをブログに載せました。

 しばらく報告していなかったのですが、その間に、良寛さんの像、良寛さんのレリーフ、これまであわせて10個以上が出来ています。気が向いたらブログに載せようと思っています。今回は「書を読む」ということで、良寛さんの読書姿の像です。

 

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